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343話:前座と茶番

 コロッセオの居心地は悪い。

 躾と称して乱暴しに来る兵が複数、僕の顔を見て夜いかがわしい目的で来る兵が複数、さらに大会参加の決まりだと言って僕の身ぐるみ剥ぐために兵が来たり。


「全員蹴り倒したけど不愉快には変わりないなぁ」


 結局コロッセオに来たままの姿で、僕は大会当日を迎えた。

 言われたとおり前座の目玉らしく、僕はいつまでも呼ばれない。

 牢の中の人間たちはどんどん減っていく。そして誰も戻ってこなかった。


 コロッセオの上は騒がしさが増してる。

 同時に血の臭いも漂ってきているのだから気分がいいはずもない。


「なのに、これって…………まずいなぁ」

「早く進め!」


 コロッセオの円形闘技場に続く通路で、足を止めた僕に背後から槍を構えた警備が叫ぶ。


 振り返ると怯える警備の兵士は、たぶん偉くもないし強くもない。

 聞くだけ無駄か。


「わー。本当に円形闘技場だ」


 暗い廊下から歩き出すと、そこは高い塀に囲まれた土の上。

 塀の上には階段状の客席が並んでいて、前世の記憶でイメージする古代の施設そっくりだ。


「うん? おい! 武器も防具も持たない子供じゃないか!?」


 僕の対戦相手らしい男の人がそんなことを言った。


 たぶん審判らしい人が、厳しい面持ちで淡々と答える。


「持ち物を押収することができなかったんだ。それに子供と言えど兵を何人も返り討ちにしてる。甘く見るな」

「ったく、妙に装備の制限が緩いからどんな化け物が出て来るかと思ったのに」


 対戦相手の剣闘士は明らかに不満があるみたい。


 けど僕も不満はある。

 なんだここ?


「エルフ、こっちへ来い! おい、言葉はわかるはずだろう」


 審判に呼ばれて闘技場の真ん中へ行くと、近くに寄った僕に剣闘士が目を瞠った。


「なんだ? まるで飛竜を前にしたような…………そんな姿しておいて化け物かよ」

「へぇ、飛竜と戦って生きてるの? すごいね。空を飛ぶ相手に人間がどうやって戦ったのかちょっと興味あるな」


 面白い話を聞けば気が紛れそうだ。


「いや、捕まえた段階で飛竜の羽根は折られるし、回復しないように傷口は焼くから飛ばないさ」

「聞くんじゃなかった…………。この国の人間は悪趣味な人しかいないの?」


 あぁ、苛々する。

 騒ぐ観客さえうるさくて目障りだ。


 周りに目を向けると剣闘士が眉を下げる。


「もしかして、今から何をするかわかってないのか?」

「戦うんじゃないの? 娯楽で命を懸けるなんてどうかしてると思うけど」

「待て待て! 命までは賭けない!」


 剣闘士は途端に審判に睨まれ慌てる。


「あ、あくまでそういう心づもりってだけだ。死を回避したいってのは本能だ。その本能こそが闘争心を煽り、戦いを魅せる。最初から死ぬ気で戦う奴はいない」


 剣闘士は何か考えてるらしく、僕を見て、審判を見て提案した。


「少し、ここでの戦い方を教えたい。そうじゃなきゃ、こっちもやりにくい」

「いいだろう。ただし、それで負けそうになっても止めはしないからな」


 そんなやり取りをして、審判は頷くと兵のほうに向けて手振りで何かを報せる。


 うーん、審判よりこの剣闘士のほうが話は通じそうな気がするな。


「それではお待たせしました! 今大会初の試合挑戦者! 見目麗しく繊細な姿形。されど人間にあらず! 幼く見えても我々を凌駕する長命の徒。エルフの健闘をとくとご覧あれ!」


 観客席とは違うところでそんなことを言う人がいる。

 広い円形闘技場に響いているのは、マイクみたいな物でもあるのかな。

 まぁ、なんにしても勝手を言ってくれる。


「おい、合わせろ」


 歓声の中、短く剣闘士が言って駆け寄って来た。

 大ぶりな剣の振り下ろしに、僕は最小限の動きで避ける。


「やっぱりな。技はないが恐ろしく動き慣れてる。そのまま審判に気づかれないよう聞け」


 剣闘士が今度は盾を前に押し出して打とうと迫った。

 けれどそれはブラフで、盾の影から狙いの甘い剣が突きつけられる。


「命を懸けて名誉を得ると言うのがこの闘技大会の建前だ。だが本音は生きて金を稼いで名声を得たいってところになる」

「まぁ、死んだら終わりだしね」

「だから、この闘技場には暗黙の了解が存在する。剣闘士同士は死なない程度に血を流して観客を煽り、満足させたところで勝負を終わらせる」

「殺さないの?」

「殺さない。基本的に両手に持つ武器を失くさせるか、相手を転ばせるなりして完全に優位に立ったほうが勝ちだ」


 走って僕に肉薄しようとする剣闘士。

 僕は適度に離れすぎないよう速度を調整して一緒に走る。


「おいおい、今ここは魔法使えないようにされてるはずだぞ? 追いつけねぇ」

「魔法なんて使ってないよ。僕は魔法を使わないと一撃で相手を殺してしまうんだ」


 事実を告げると剣闘士は苦い顔をする。

 けれど同時に目に自信が光った。

 たぶん僕を飛竜並みの強敵と認識した勘を誇ってる。


「エルフってのはそんなに危険な幻象種だったのかよ?」

「たぶん僕と一緒にしたら他のエルフが怒るよ」

「そんなに違うのか? だが、お前はエルフを逃がして残ったんだろう? まさか、ダークエルフの変異か?」

「違うよ。ただ、エルフ王から森に来るって聞いてたのにこんな所に捕まってるから助けただけ」

「エルフ王? あのエルフたちは王の遣いだったのか。ち、何が運良く捕まえただ。最悪の相手じゃねぇか」


 僕が動けると見て剣闘士は盾に身を隠して三段突きを繰り出す。

 僕も息を合わせて右に左に避けた。


「よしよし、いいぞ。観客もずいぶん満足してる。ここらでちょっと怪我を負ってほしいとこだが?」

「やっぱり悪趣味だ。つき合ってられないよ」

「そう言わないでくれ。俺もこれで食べてんだ。勝ちを譲ってくれなんて言わない。ただ祭につき合ってほしい」


 勝手な言い分に思わず睨むと、剣闘士は大きく距離を取る。


 そんな剣闘士の怯えた動きに観客が身勝手な文句を投げかけた。

 僕ではなく周りのブーイングに、剣闘士は追い詰められたような顔をする。


「頼む…………」

「ねぇ、ここってなんでこんなに苛々する魔法がかかってるの?」

「苛々? あぁ、闘争心を掻き立てる術がかけられてると聞いたことがある。捕まえた動物や魔物の中には守りに徹して動かなくなる奴がいるからな」


 それじゃ見世物にならないって?

 ふざけるな。


「おい、試合を放棄するなら二人とも首が飛ぶぞ!」


 見つめ合う僕たちに審判が発破をかけようと脅しかける。


「うるさいな…………」

「待て待て、落ち着け。審判に手を出せば問答無用で失格。この場に兵がなだれ込んで囲まれるだけだ」

「それで? 何が問題なの?」


 人間相手に負ける気のない僕に、剣闘士は覚悟の顔で剣を構え直す。

 生きるために知恵と勇気を振り絞ってるのが見ていてわかった。


 けど僕は苛立ちで無意識に足が動く。

 気づけば蹄の要領で地面を掻いてた。


「あぁ、駄目だな。ここは嫌だ。怒りに流されそうになる。…………時間をかけるだけ僕の理性が薄れるだけだ。一つだけ聞くから答えて」


 剣闘士はまるで僕を刺激しないようにゆっくり頷く。

 僕の攻撃の気配に審判も一歩引いた。


「君にとって大事なのは命懸けの名誉? それとも生きるための手段?」

「生きるための手段だ」


 剣闘士は迷いなく答えた。

 だから僕ももう茶番を終わらせる。


 目の前の剣闘士にだけ威圧を放った。

 アルフの言葉を借りれば問答無用で精神を殴りつけた。


「は? え? お、おい?」


 突然倒れた剣闘士に審判が僕と見比べる。

 動かない剣闘士に走り寄った審判は、意識を失っただけだと確認した。


 それをどうやら手振りだけで周囲に報せる。

 途端に闘技場にはブーイングの嵐が吹き荒れた。


「なんと無様な敗北! エルフに一撃も入れられず地に伏したー!」


 イラッとして実況する人間を見ると、観客たちが揃って人差し指を下に向けてる。


「何あれ?」

「無様な敗北を喫した剣闘士に止めを指せと言っているんだ。やれ」


 感情を殺したような審判の短い言葉に、もう考えるのが面倒になって来た。


 あぁ、本当に悪趣味でしかないんだ。

 この国の人間は。


隔日更新

次回:生殺与奪の権利

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