340話:公平なルール
魔王石のオパールは闘技大会の賞品になっていた。
「全員で行ってもなんだし、僕だけでちょっと聞きに行ってみるよ」
「いや、フォーさん。それはあちらさんが困ると思うぞ」
領主に会いに行こうとする僕をエックハルトが止める。
まだ何もしてないのに?
ウラは全員を見回して一つ頷いた。
「あたしらはつき合おうか。闘技大会参加となれば冒険者組合での本選手続きになるし。で、エルマーとニコルは二人一緒なら祭見学に行っていいよ。エノメナは」
ウラは意味ありげに青年へ笑う。
「あんたにお願いしようか。女でも興味持ちそうな所案内してやって」
「僕でよろしければ。他の二人もおすすめの店をお教えしますよ」
「ニコル! 昨日聞いた屋台何処か覚えてるか?」
「鳥串、チーズ鍋、包み焼、タルトでしたね。探しましょう」
青年が気を使うけど、エルマーとニコルはもう歩き出してる。
「…………途中までは、見てくれ」
ジモンが青年に頼む。
ここに来るまでは細くて目印になりそうな物のない道を通って来たから大通りまでは案内してほしいらしい。
「えっと、では、行きましょうか。エノメナさん?」
「はい、その、よろしくお願いします」
「冒険者なんですよね? 靴に興味ありますか? 女性用の割に丈夫な革靴を知ってるんです」
「まぁ、嬉しい。私は最近金羊毛にお世話になっていて、エフェンデルラントでは傭兵向けの物ばかりで合わなくて」
そんな話をしながら、一度みんなで移動を始める。
先を行くエノメナたちは楽しそうだ。
「ウラ、今のさっきでよく気が合うってわかったね」
「なんだ、フォーさんもその辺りは年相応の子供か」
エックハルトがにやにやしながら意味ありげに言う。
気づくと足元の妖精たちも三匹で楽しげに話し合ってた。
「ご主人は人が良すぎて浮いた話もなかったのに。これは好機ではなかろうか?」
「ちょいといい薬があるんだがどうだい? 森の魔女の惚れ薬でさぁ」
「ウーリ、ここで商売っ気だすのは野暮だよぉ」
恋?
そんな話なの?
「惚れっぽすぎない?」
「…………似通う空気に気づいたのかもしれない」
ジモンもわかってるらしい。
魔王石で不幸になったエノメナも天涯孤独の身の上。
曲がってはいたけれど悪人に落ちなかった心根の良さがある。
確かに青年と共通点があるようだ。
「エノメナはオパールの持ち主に会ったら自分の身の上語って手放すよう促すつもりだって言ってたし。身の上話する時間くらいとってもいいだろ」
ウラは事前にエノメナから相談されていたらしくそんなことを言った。
そして僕たちは大通りに出て、三手に別れる。
僕はエックハルト、ウラ、ジモンと一緒に領主の城へ。
エルマーとニコルは勇んで屋台に向かい、エノメナと青年は世間話をしながら買い物に向かった。
「お話はわかりました。しかし少々難しい」
行ったら領主はすぐ会ってくれた。
そして魔王石が賞品になっていることは知っていたらしい。
その上で僕に魔王石を譲るのは難しいと言う。
「代わりの賞品用意するけど? これはノームの剣っていう妖精の鍛冶屋が作ったもの。こっちはダークエルフが作った魔法のかかった服、それとこのドライアドの葉は一度死にそうな怪我をしても身代わりになってくれる」
「な、なんと…………それほどの物を容易く引き換えに? し、しかしそれでも、うぅむ」
あれ、もしかして領主はわかってない?
「妖精王がダイヤモンド持ってるでしょ? エイアーナはあれを盗んで持ち込まれたことで壊滅したようなものだよ。この国で今まで持っていた相手が善人だったから一人の不幸で済んでたんだ。放っておくと碌でもないことになる。早めに手放したほうがいい物だよ」
「こちらも歴史の語る危険性はわかっています。だからこそ封印を」
「その封印はドラゴンやドワーフ、エルフよりも強力なもの? 封印して直し込むならまだしも誰かに上げちゃうんでしょ? この国にある限り危険性は変わらないよ」
そう言えばここにあるのかな?
「…………あれ? このお城に置いてあるんじゃないんだね。気配がしない」
何度も魔王石に触ってるせいか、僕にもわかるようになってた。
気づいたのはエリマキトカゲを勢いで攻撃した時だ。
なんとなく何処にあるのかわかって、飲み込む前に刺した。
「おわかりになりますか。闘技大会の賞品は、すでにコロッセオにて厳重に封印されているのです」
領主の周りの人たちもざわざわしてる。
昨日、僕を犯罪者って言ってきた人たちは渋い顔で黙り込んでた。
「実は、主催は私なのですが、運営は別でして。その上部門ごとに独立して動くようになっており、他所が口を出すことはできない仕組みなのです。それによって、運営と選手で共謀を図れぬよう取り決められております」
どうやらいかさま試合を禁止するため、領主も口を出せない仕組みだそうだ。
すでに賞品としてオパールは決定し、今さら別の物には変えられないらしい。
「うーん、しょうがないね。じゃあ、僕が闘技大会に出てもいい?」
「それはもちろん。命捧ぐ勇気のある者であるならば、うん?」
すぐに応じた領主は、金羊毛の動きに気づく。
振り返ると、三人揃って僕の後ろで首を横に振って止めてた。
「僕が出ると人間相手じゃ試合にならないから、それは迷惑になるってこの金羊毛たちが言うんだ」
「いやいや、確かに魔法でエルフには敵いませんが鍛え抜いた勇士であるなら、うん?」
また金羊毛が必死に止める。
通じないから今度は言葉も出した。
「フォーさんをただのエルフと思わないほうがいい。このおひとは手加減をするために魔法を使うんだ」
「妖精の手を借りるのだってそうさ。人間を殺さないために弱い妖精たちに頼るんですよ」
「…………魔法も多種多様」
反応は今一。
困る領主に周りのたぶん偉い人たちも意見を出す。
「でしたらいっそ魔法禁止の拳闘試合に限定しては如何でしょう?」
「おぉ、確かにこの方が出場するとなればたとえ勝ち抜いたとて華となるでしょう」
僕はそれでもいいけど、金羊毛が言うのは違うんだよなぁ。
「いや、それは逆効果であろう。見るからに鍛え抜かれた勇士の戦いを見に来た者たちの前にこの方が出て見ろ」
「うーむ、実力で勝ったとしても演出を疑われかねんな」
「なればこちらで用意した装備の元に戦う剣闘であれば良いのではないか?」
「確かに僕は剣とか道具使うほうが苦手だけど」
闘技大会は装備ごとに試合の種類があるらしい。
一対一もあれば、団体戦や魔法戦もあるんだとか。
ともかくエルフだと思われてる僕は魔法禁止を中心に考えられてしまうようだ。
「だから、素手でやらせるほうが危ないんだって」
通じていない様子にエックハルトもぼやくように繰り返す。
「いっそ特別選出かなんかで、最初から強いぞって相手にも印象づけてやることはできないんですかね?」
「…………勝っても疲労の度合いを理由にできる」
ウラとジモンが案を出す。
どうやらこの闘技大会にはシード枠のような規定があるそうだ。
「それはすでに埋まっている。今から参加となれば一般の飛び込みしか無理なのだ」
領主の権力でねじ込めない状況。
だからこそ公平な勝敗になるんだろう。
ただ僕が出ると種族的に公平じゃなくなるんだよね。
たぶん人間ってただの馬相手にも一対一じゃ素手で勝てないだろうし。
「僕は魔王石が回収できればそれでいいんだけど」
「領主さまが恩を感じるお心に付け込んで、無理を通そうとするのは如何なものかな?」
昨日文句を言った人が食い下がる僕たちに苦言を呈す。
確かに賞品を横取りするような状況に近いんだろうけど。
ただすごく悪意を感じる声をしてる。
なんでだろう?
「妖精の力はコロッセオにおいては発揮できぬようになっております。妖精王の使者どのがもし致命傷を受けられた場合、責任の所在も確としていただかねば」
文句を言った人の言葉で僕の参加に難色を示す人たちが声を出し始めた。
「妖精の力を借りる気はないよ。それすると百対一みたいになるから、さすがに闘技大会が白けるのはわかるし」
「ではやはり一般枠で」
「待て、参加自体が問題の種だ。そも妖精王の使者とはどのような身分として扱うべきか?」
「そうだ。冒険者なのだろう? であれば」
「いやいや、そう簡単に済ませられる問題ではない」
なんだか白熱してきた。
困ったなぁ。
領主を見ると最初に会った髭のおじさんと話してる。
「こほん、すぐに運営委員会を招集し、妖精王代理どのの参加の可否について協議したく思います」
「えー、否決された場合においては、優勝者とのえー、交渉の席を用意させていただこう」
つまり参加できなかったら魔王石手に入れた相手と個人的に話をつけろと。
それはいいけどこの国には流浪の民がいるらしいし、賞品にまでなってるオパールに気づいてないはずない。
ビーンセイズで奪われたトルマリンのこともあるし、少し手を打っておこうかな。
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