35話:戦意の挫き方
何故か、僕とツインドリル団長の一騎打ちになりました。
軍馬は僕に怯えて立ちさえしないから、ツインドリル団長は光を失った聖剣構えて立ってる。
不安で振り返ると、グライフに威嚇された。
「なんで、こうなるの?」
「つべこべ言うな。貴様がやらないなら俺が食い殺すぞ、仔馬」
それ、ツインドリル団長のこと? それとも僕?
「どっち」なんて聞いて藪蛇になるのも嫌だし、僕はツインドリル団長に向き直った。
「まだ、名乗ってさえいなかったな。私はシェーリエ姫騎士団団長を務める、ランシェリス=シェーリエ=ラファーマ」
「ユニコーンの、子供の、フォーレン」
「そうか、やはりまだ仔馬か」
なんか、余計に警戒強くされたー。
このランシェリスって、微妙に何考えてるかわかりやすくて怖いよ。
子供でこれなら今殺しとかなきゃって、目が言ってる気がする。
「おい、フォーレン争い嫌いなんだって。やらせるなよ」
「うるさいぞ、羽虫。貴様がそうして甘やかすから、あんな腑抜けたユニコーンになるのだ。やれる者にやらせずしてどうする」
「フォーレンの性格は俺が会う前からだし、やりたくない奴にはやらせなくていいだろ」
アルフはグライフに踏まれてる。
風の魔法がビュンビュン言ってるから、逃げようとするアルフと押さえつけるグライフの間ですでに戦いは始まっていた。
あっちに加わるのもやだな。
「えっと、こういうのってどうしたら勝ちなの?」
「私たちのやり方に、合せると?」
「うん、やり方知らないし」
「では、殺すかもしくは参ったと言ったなら」
「わかった」
なんかグライフが生ぬるいって文句言って唸ったけど、無視しておこう。
「私たちのやり方でいいのなら、開始と終了の合図は私がさせてもらおう。シェーリエ姫騎士団副団長、ローズ=パル=フューシャだ」
副団長のローズが、グライフからの物言いが入る前に片手を掲げた。
「それでは、始め!」
副団長という気心の知れた仲だからか、ランシェリスは僕よりも早く反応して動いた。
最短距離を、真っ直ぐに進む。たぶん、僕の角が届かない内側に入ろうとしてる。
ので、あえて僕からも正面に走った。
すると、僕が頭を下げられないだろう、さらに低く構えてくる。本当に、ユニコーン相手の戦い方を熟知してるんだ。
「うわっと」
僕は聖剣を振られる直前で跳んだ。
頭上を飛び越えて背後に回ると、ランシェリスは転がって体勢を立て直した。背後からの攻撃を警戒しての動きみたいだけど、本当に戦い慣れてるのが良くわかる無駄のない動きだった。
まぁ、僕は立ってるだけだから回避行動は無駄だったんだけどね。
「…………行ける」
そう呟いたのは、ランシェリスじゃなくて合図係を申し出たローズだった。
僕が気を逸らしたことに気づいたように、ランシェリスはまた突進してくる。
同じことしても対応されるのは、地下道でグライフの羽根を断とうとした動きからわかってた。
だったら、素直に横に逃げる。
「逃がさない!」
強い踏み込みで僕の動きを追って来た。その上、進行方向を予測して、横腹を狙ってくる臨機応変さ。
しょうがないから僕もちょっと踏み込みを強くして、風魔法で進行方向を補助し、ランシェリスの背後に回る。
「なに…………!? まだ早くなるのか!」
どんどん殺気立つランシェリスと追いかけっこを続けた結果。
僕が背後に立つこと五回目にして、ランシェリスは動きを止めた。
「…………参った」
「ランシェリス!?」
「ローズ、降参だ。私は今ので、五回は死んでいる」
あ、気づいてくれた。
そう、僕はわざと背後に回って攻撃をしなかったんだ。
僕の角はすでに聖剣を欠けさせるほどの強度があるとわかってる。なら、その聖剣は届かず、僕の角はいつでも背後にあるとなれば、戦意喪失してくれるかなと思って。
「私の、負けだ。どうか、姫騎士団の者たちには、手を出さないでくれ」
「く…………。それまで…………」
僕に向き直ったランシェリスは、ローズの終了の合図受けて、跪き聖剣を地面に置いた。
胸の前で指を組み合わせると、深く項垂れて動かない。
その無防備な姿勢に、姫騎士団からは悲嘆の声が上がった。
「グライフ、僕の勝ちらしいよ?」
「であれば、敗者を処断せよ」
「処断って? え?」
…………あ! ランシェリスのこれ、殺されるの待ってるのか!
「何それ!?」
「決闘って落とし前つける方法なんだよ、フォーレン」
「そのままだと、その女は生き恥だぞ」
アルフとグライフの説明に、姫騎士団から否定の声は上がらない。
どうやら、そういうものらしい。
けど、僕には無理だ。なんだそれ? 受け入れられるわけがない。
「生き恥でいいよ。これだけ生きることを望まれてる人なら恥ずかしくても生きていればいいじゃないか」
ランシェリスは胸の前で組んでいた指をほどいて僕を見上げた。
その目には白い影が映り込んでいる。
ユニコーン姿の僕だ。うん、瞳の中に映り切らないほどに顔大きいや。
「もし、命を差し出すと言うなら、生きて役立ってもらえればいいよ」
僕は人化して、行き場もなく浮いてるランシェリスの手を握った。
そのまま引いて立ち上がってもらうと…………、僕のほうが小さい。
子供の体とは言え、男としてこれは、ちょっと…………。
「え、なんでフォーレン俺に怒ってんの?」
「可愛い…………」
ランシェリスの呟きは、僕の心を打ち負かすには十分だった。
「この顔は、気にしないで…………。どっかの迷惑な妖精の被害だから」
「人化が、できるのか? ユニコーンが、わざわざ覚えたの?」
困ったように言うランシェリスは、可愛い僕の外見に戸惑っているらしく、ちょっと言葉つきが優しくなる。
まぁ、この美少女顔相手に剣で追いかけ回すとかする気は起きないよね。
最初から人化しておけば良かった。
「グライフ、やっぱり人化したほうが怖がられないみたいだし、グライフも人化してよ」
「全く、殺すほうが楽であろう」
「あー、それ自分のことか?」
「何が言いたい、羽虫?」
「フォーレンに手加減されて生き残った何処かの傷物グリフォンの話ですー」
人化したグライフの前足から解放されたアルフの嫌味に、グライフは鉤爪の残る腕を振ってアルフの翅を狙った。
攻撃を予測していたアルフは、すぐさま僕のほうに飛んできて肩に座る。
「そうそう、俺も自己紹介しておくぜ。フォーレンの友達のアルフって言うんだ。乙女の誘惑がフォーレンに効かないのは、俺が関係してるんだけど、まぁ、たぶんフォーレンは特殊個体だから舐めたら痛い目見るぜ」
「そうなの、アルフ?」
「ユニコーン相手に慣れたこいつらが戸惑うなら、フォーレンはもう特殊個体としか言いようがないって」
そんな基準でいいのかな?
グライフも近寄って来たけど、僕の肩のアルフを睨むだけで手は出してこない。
「グリフォンもドラゴンも、ユニコーンに負けるような種ではない。そこの羽虫がついていたことを差し引いても、俺と蜥蜴を敵に回して無傷は異常だ」
「そこはグライフたちが優位に油断しすぎたんだって」
「聞いてもいいだろうか?」
険しい表情で近づいてくるローズを片手で制して、ランシェリスが言った。
「フォーレン、どのは」
「どの? フォーレンでいいよ」
「では、フォーレンはグリフォンとドラゴンの両方を退治したことがあるの?」
「退治っていうか…………。ドラゴンはどうなったか知らないけど、グリフォンならここでこうして生きてるよ」
「あの蜥蜴も生きてはいよう。が、俺よりも当たった場所が悪かったな」
「吹っ飛んだ先で上手く隠れられなかったら人間にもやられてそうな傷だったよな」
「そ、それほどの痛手を?」
「殺す気はなかったけど、本気で蹴っちゃったからなぁ」
なんでか姫騎士団がドン引きの雰囲気。
まだ戦闘意欲のあったローズまで消沈してしまった。
「わかったと思うけど、フォーレン相当理性的だからな? だからって決して弱いわけじゃない」
「そ、そのようなユニコーンと何故連れ立っておられる?」
ふーん。ランシェリスもアルフには丁寧に接するんだ。
「俺の目的は知ってのとおりダイヤの奪還。で、フォーレンは友達だから手伝ってくれてる。こっちのグリフォンはただのもの好きだ」
「あ、グライフ。この人たちには手伝ってもらうから、怪我させないでね」
「ふん。敗者になど興味はない」
ランシェリスとローズは頬が触れ合うほど顔を寄せ合って、意見交換をしているのが聞こえる。
「関係性としては、行動の指針は妖精ね。ダイヤの奪還なら頷ける」
「えぇ、でも中核はフォーレン。妖精が自ら友と名乗るほど温厚な特殊個体ね」
僕たちの耳の良さ知らないみたいだけど、グライフも聞かないふりしてるしいいか。
「それで、私に、いや、私たちにダイヤの奪還を手伝えと?」
「ううん。ダイヤ持って帰らないと怒られるんじゃないの?」
「え、いや。怒られ、はしないけど」
あれ、違った?
組織立って動いてるから、上からの命令に添う行動しかできないのかと思ってた。
「フォーレン、こういう場合は罰されるとか言うべきだと思うぜ?」
「あ、そうか。えーと、ともかくダイヤ諦めろって言ってもできない理由とかありそうだし、途中で出し抜かれるより、王都に入るのだけ手伝ってもらえればいいかなって」
「貴様の危険の判断はどうなっているのだ、仔馬。そこまで考えるなら後腐れなく殺しておけ」
「いや、後腐れあるよ? 絶対一人殺したら全員が死ぬまで追いかけてくるタイプだよ、この人たち」
思わず本人を前に言っちゃったけど、ランシェリス以外が揃って首を縦に振ったのは、怖かった。
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