332話:傭兵の稼ぎ場
アイベルクスの商会の大旦那に請われて、僕たちは豪華な部屋で一泊することになった。
「フォーさん、どうして議会の総辞職を止めたんだ?」
広すぎて落ちつかないと、みんなで僕が宛がわれた部屋に集まった中、エックハルトがそう聞いた。
「たぶん春になったら流浪の民動くし、その頃にはこっちも迎え撃つつもりなんだ。となると、森の周辺の国で一つくらい流浪の民が付け入る隙残しておかないといけないかなと思って」
行き当たりばったりだったけど、僕って森周辺の国で問題起こし続けてる。
うん、ブラウウェルとウィスクに言われてそう言えばって思ったんだよ。
アルフの解放が先だけど、せっかく集めたし魔王石を餌に使いたい。
そうなると流浪の民はまたどこかの国を隠れ蓑に使うと思うから、今のところ無傷なこのアイベルクスかなぁと。
「それにジェルガエが春になったらアイベルクス攻めるんでしょ? だったらそれまで森に侵攻した人たちに残ってもらって痛い目見てほしいなって」
「ちょ、フォーさん!? こういう所は見張りが隠れてるもんで!」
「それならもうウーリとモッペルが眠らせたよ、ウラ」
僕の声にベッドの上で転げ回っていたウーリとモッペルが立ち上がる。
「へっへっへ、この眠りの妖精の砂があれば人間なんていちころでさぁ」
「流浪の民見つけられなかったし、その砂ユニコーンの旦那さんがくれたんだけどね」
「本当におめぇは余計なことばかり!」
ウーリが背中をしならせて飛びつくけど、モッペルは楽しそうに尻尾を振ってる。
「じゃ、ここなら何言ってもいいんすか? やった!」
「違います。フォーさんもジェルガエに行った時のことを話し合うために手を回されたんですよ」
口が滑らないように息を詰めていたエルマーにニコルが呆れた。
「フォーさま、その、ジェルガエには…………あのオパールがあるんですよね」
エノメナは亡き父親が魔王石オパールの持ち主だった。
それで本人も苦しい生活を送ったため、他人ごとでない深刻な顔をしている。
同じ村の出身であるエックハルト、ウラ、ジモンも思うところがあるみたいだ。
「時間があるなら一緒にオパールの持ち主訪ねてみる?」
僕の誘いにエノメナは金羊毛を見る。
即答しないエックハルトと対照的に、エルマーが好奇心のまま答えた。
「でっかい宝石なんすよね? 見たいっす!」
「だから、そういうことじゃないんですよ」
ニコルが突っ込むけれど、無邪気な言葉にエックハルトは力を抜くように笑う。
「行っていいんならつき合わせてもらおうか。こっちもファザスからは様子見て来いなんて適当な指示しか受けてないんでね」
「あ、そう言えばエフェンデルラントに密使ってどういうこと?」
聞くとジモンが基本的なことを確認した。
「…………国同士の関係は?」
「エフェンデルラントとジェルガエ? 知らないね」
するとウラが指を立てて説明してくれる。
「エフェンデルラントが傭兵の国ってのは知ってるだろ? で、アイベルクスとジェルガエは王国が分裂して以来、何かにつけて小競り合いをしてるんだ」
「オイセンとエフェンデルラントみたいに?」
「いやー、もっと一方的って聞いてるっすよ。アイベルクスが強いんっす」
「アイベルクスとジェルガエでは国力が違うんです。物資はあっても兵の弱いオイセンと物資は乏しくても兵の強いエフェンデルラントほどの拮抗はしないんです」
どうやら経済的に裕福なアイベルクスに、ジェルガエは勝るところがないようだ。
「戦争するにしてもジェルガエは正規軍からして数が少ない。ってことは、他所から調達するしかないわけで」
「エフェンデルラントが傭兵業に力を入れてるのも南にいい稼ぎ場があるからなんだよ」
「…………兵数を抑制するため、アイベルクスも傭兵を雇う」
「けど扱い悪いらしいっすよ。オイセンとはまた違った高慢ちきだって傭兵のおっちゃんが言ってたっす」
「とはいえ、やはり金払いがいいのはアイベルクスなので、傭兵たちはその時々でアイベルクスにもジェルガエにも加担するそうです」
金羊毛もオイセンから移って来た人間なので、内情は基本また聞きだった。
ファザスはだからこそ直接見て来いと命じたのかもしれない。
「けれど今回はジェルガエに雇われる気があるそうなのですよ、フォーさま。アイベルクスが森へ侵攻したために」
エノメナが笑顔でエフェンデルラントのたぶん極秘事項を教えてくれる。
まぁ、獣人との戦争でアルフが出て来たし、エフェンデルラントとしてはまた森を敵に回すの嫌なんだろうな。
「シィグダムに行ってみたが、あっちでは緘口令も無駄で色んな憶測が飛び交っててな。森へ侵攻して妖精王に報復されたって話もあったし。まぁ、爆走する化け物の目撃話なんかもあったな」
それ悪魔の使い魔で僕じゃないよ、エックハルト。
いや、その後ろを僕も追い駆けてたから爆走する化け物は僕でもいいのかな?
「王都から逃げてきた奴らは、城や王位は呪われたんだなんて話になってるってのを聞いたね」
「金羊毛は王都まで行ってないの?」
「…………王都の支店はすでに店を畳んだ」
「俺らその支店への中継地点から荷物引き上げるための護衛だったっす」
「その、皆殺しというのは、本当に妖精王が? それともユニコーンが暴れた結果なのでしょうか?」
ニコルの質問に僕より他の金羊毛が顔色を悪くする。
「そこ重要? ユニコーンだけど」
「でしたら討伐の騎士がユニコーンを追うことになるでしょうね」
「あ、それは平気。シィグダムで姫騎士に会っちゃったし、森にも確認で人が来たから」
「まぁ、あの子たちの騎士団ですよね、フォーさま」
こういう言い方するエノメナは、そう言えば年上だったなと思い出す。
金羊毛も館で会ってるから、姫騎士を直接知らないのはニコルだけ。
「ニコル、森のユニコーンは妖精王の加護で乙女の誘惑が効かねぇんだよ」
「シィグダムでそのユニコーンと会って生きてるなら正面から戦う気はないだろうね」
「…………森の脅威はユニコーンだけではない」
「森に討伐って、無謀にもほどがあるっすよね」
姫騎士は僕を討伐には来ないと金羊毛は意見を一致させるけど、ニコルは事態が飲み込めないみたいだ。
「ニコルも森の館に来てみる? たぶん見たほうが早いけど」
「「「「やめとけ!」」」」
気軽に誘ったら金羊毛に止められた。
僕と一緒にエノメナも驚く。
「心臓が凍るほどに恐ろしい方々もいるけれど、害をなさなければ美しい館と美味しいご飯のあるいい所よ?」
悪意のないエノメナにニコルも顔が引き攣る。
「僕にはまだ、早いようです」
「そう?」
「…………フォーさん、オパール回収だけが目的でジェルガエ行くんだよな?」
「そうだけど、何、エックハルト?」
「ジェルガエの闘技大会って闘技場での大会以外にも街で腕試し的な催しがあるんだけどよ」
「まさかあんた! フォーさんを金羊毛名義で優勝かっさらわせようっての!?」
「…………金羊毛の実力を越える」
「えー? こっちじゃ名前知らない奴ら多いし宣伝にはいいんじゃないっすか?」
金羊毛たちで意見が割れる。
わからない顔の僕に、ニコルとエノメナが教えてくれた。
「僕たち、ファザスさんにもう少し知名度を上げるためにも闘技大会に参加してはどうかとも言われていて」
「冒険者は賞金目当てで飛び込み参加をする者も良くいるそうなのです」
「あー、知名度上げるだけなら金羊毛で僕が何かすればその分安全に成果が得られるって? それはジモンの言うとおり金羊毛という冒険者にとっては良くないと思うよ」
言ってみただけらしく、エックハルトは頭を掻いてそれ以上言わない。
そこにウーリが取り成すように入って来た。
「まぁまぁ、旦那。闘技大会は祭でさぁ。ちょっとやそっとの番狂わせがあってこそ燃えることもあるってもんで」
「ジェルガエの流浪の民については僕たちの仲間が調べてるから、お祭楽しむことをしてもいいと思うよ」
近寄って来た妖精をジモンはじっと見つめる。
視線を感じたウーリも、猫らしくじっと見つめ返した。
「どうしたの?」
「…………最初から、見えているなと」
「あぁ、森の妖精と違って? そっか、人間は普通見えないんだったね」
僕は初めてアルフを見た時から見えてるけれど、人間は見えないのが普通だった。
見える人間って魔女を抜かせば姫騎士のブランカと金羊毛の雇い主ファザスだけしか会ったことがない。
「あっしらは物質体のガワ着てんでさぁ。森の妖精のように飛んだり壁抜けしたりはできやしませんが、子を残していくことでお互いの連携を強めてんでやすよ」
「僕は番をする妖精だから、目に見える体を持ってるんだ~。ウーリたちと違って変身もできないんだけど、この姿は妖精王さまに手を貸してもらってるんだよ」
そうだったのか。
ウーリが変身してるところは見たことないけど、モッペルのこの子犬のような姿はアルフのお蔭らしい。
エックハルトも興味を持ったようで話しかける。
「お前さんら森の妖精と違って落ち着いてるな。あいつらすぐよそ事に興味移っちまって会話もままならないのに」
あ、そういう認識なんだ。
確かにシルフのニーナとネーナは呼んだらすぐ来るけどいつも森の何処かをうろうろしてる。
それに比べれば火の精のボリスのほうが館なんかの特定の場所にいた。
そんなことを考えていた僕は、真剣と言うには思いつめた色の浮かんだ目でウーリとモッペルを見つめるウラに気づいた。
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