331話:アイベルクスという国
「共和国? ってことは、ここって王さまいないの?」
「お、通じた。そう、このアイベルクスは共和制の国だ」
一緒にジェルガエに向かうと決まった金羊毛のエックハルトが笑う。
今いるのは昨日別れた商隊の大本の建物。
本店とか言ってたから支店を持つそれなりの商家らしい。
そこの待合室に通されて手持ち無沙汰にそんな話をしていた。
「あたしらもよくわかってはいないんだけどね。アイベルクスで偉いのは議会のお歴々ってことになってる」
「…………議会に入るには、金」
ウラの後にジモンが身もふたもないことを言う。
そんな話を聞いてると、前世の知識に民主主義共和国とか社会主義共和国とか出て来る。
うん、あまり深く考えてもいいか。
「確かジェルガエと昔は一緒の国だったとかって言ってたっすよね?」
「魔王との最終決戦時、いち早く独立を表明して王国を作ったんですよ。けれど建国二百年を待たずに分裂、ここ百年は共和国で続いていますが、その前には王国や公国にもなったとか」
あやふやなエルマーとしっかりしたニコルが対照的な説明をする。
そこに村以外に詳しくないエノメナが疑問を投げかけた。
「あら? 今はジェルガエが公国と聞いたけれど、その時のアイベルクスと何か関係が?」
「えぇ、そのとおり。かつてこの地で公国を築いた者が民に追われてジェルガエを支配したのだよ」
答えながら入って来たのは、身なりの良いおじさん。
人の良さそうな笑顔を浮かべながら、僕たちを観察してる気がする。
「こりゃ、まさか大旦那がいらっしゃるとは」
どうも大物らしくエックハルトが対応する。
その陰でウラが僕に耳打ちをした。
「商会の一番上だよ。冒険者なんかに直接会うようなたまじゃない」
その声には警戒が滲むけど、大旦那のほうは歓迎ムードだ。
「…………よほどの評価」
ジモンが言うには、どうやら商隊を守ったことを評価されたようだ。
色んな食べ物や飲み物を持って来られて、食事が落ち着くまでたっぷり時間を取ってもらう。
「今日お伺いしたのは、俺らジェルガエに向かう商隊を探してまして」
「おや、闘技大会見物かな?」
エックハルトと大旦那はお酒を片手に本題に入る。
どうやらすぐに通じるくらいこの時期のジェルガエ行きはメジャーなようだ。
そして国から国へと移動するために相乗り的に集団に同行はポピュラー。
よく考えると僕やグライフみたいに単独でうろつくほうが少ないんだよね。
「金羊毛が同道してくれるのなら喜んで」
どうやら商隊への相乗りは快諾された。
その上森ほどの危険もないのに森と同じ値段の護衛料を払ってくれるそうだ。
本当に評価されてるんだなぁ。
「これ唾つけられてるんじゃないっすか?」
「この程度はまだ顔繋ぎみたいなものですよ」
厚遇の大旦那に警戒を強めるエルマーとニコル。
小さなブドウを摘まんでたエノメナが、きょろきょろする僕に気づいた。
「フォーさま、どうなさいました?」
「あ、うん。ちょっと」
「何か私に?」
僕の視線に気づいて大旦那が声をかけて来た。
うーん、好印象みたいだし直接聞くか。
「服の下に、何下げてるの?」
大旦那は笑顔だけど、押さえ込まれた動揺を感じる。
これが読み取る力ってやつかな。
「何って聞き方はずるいね。僕はそれと同じ物を見たことがある。何処でそれを手に入れたの?」
僕の様子にエックハルトが声を落とした。
「大旦那。このフォーさんはそこらのエルフでも恐れおののくおひとだ。森でも上位の力を持つ。下手な隠し事は通じないと思ってくれ」
「いやいや、わかっているとも。オイセンで妖精王の代理を名乗るエルフの少女については聞いている」
うん、すでに間違ってる。けど今はいいや。
「これのことかな?」
大旦那が服の下から出すのは、幾何学模様の装飾が施されたメダルの首飾り。
「ははぁん? 精神に影響する魔法を防ぐ装飾でさぁ」
「物は古くないけど、これ流浪の民の装身具だね」
ウーリとモッペルが僕の膝に乗り上がってそう言った。
金羊毛が揃って顔色を変えると、あまりの反応に大旦那は驚きを隠せず肩を跳ね上げる。
「歓待の途中で申し訳ねぇが、今回の話はなかったことにしてくれ」
「な、何故突然」
「あたしらも命が大事なんでね」
断りを入れるエックハルトとウラに大旦那は困惑する。
気にせず席を立つ金羊毛を、僕が手を上げて止めた。
「ウーリ、モッペル。商会に流浪の民がいるかどうか捜して」
「合点承知!」
「じゃ、おいらはその首飾りの臭いを辿るよ」
ウーリとモッペル消えるように部屋を出る。
「流浪の民はすでに色んな所にいるのはわかってるから、関わってるだけでいきなり襲ったりはしないよ。みんな座って」
襲うという言葉に今度は大旦那が警戒し、隣の部屋で聞き耳立てていた人たちが動きだす。
「物音が気になるなぁ。変に警戒されて話し中断されるのも嫌だし隣の人たち部屋に入れていいよ」
「人間が束になってもフォーさんには敵わねぇっすもんね」
エルマーが余計な一言を言ったせいで、さらに警戒させてしまう。
けれどニコルはエルマーの軽口より隣で聞き耳を当ててた人のほうが気になったようだ。
「歓待するふりをして兵を伏せるなんて」
「アイベルクスからしたら森から来た妖精王の代理なんてそんなものだと思うよ」
僕たちがそんな話をしてる間に大旦那は熟考していたようだ。
そして誰も部屋には呼ばずいっそ開き直るように居住まいを正した。
「確かにこれは流浪の民から買い受けた物。もちろん、森の妖精が人間を惑わすのは有名な話しだからね。用心をしたまでのこと」
「うん、けどそれでも防げない手を僕は持ってるけどね」
妖精の背嚢を叩いた途端、金羊毛の顔が引きつる。
そう言えば改心薬は金羊毛の前でも使ったことあった。
「で、単刀直入に言うと、シィグダムとアイベルクスの森への侵攻を裏で操っていたのが流浪の民なんだ。アイベルクスからは東の台地に引き上げたって聞いてたから、いるなら話を聞きたかったんだけど」
「そういう、ことか。…………これを売った者は確かに森への侵攻前まではいた。だが、その後行方をくらませたのだ」
「そっか、残念。シィグダム側は全員殺してしまったから、あの時の内情を話してくれる人がいて欲しかったけど」
大旦那は頬を引きつらせてエックハルトに目をやる。
エックハルトはただ頷くだけ。
「…………出兵を決めた、議会の議事録には、おかしなところがあった。まるで魔法にかけられたかのようにシィグダムからの出兵要請に賛成多数となったのだ。あの出兵は、アイベルクスの民から見ても、ありえない暴挙だ」
「うん、争いを好む悪魔が入り込んだ可能性があるんだよ。そっちには逃げられたけど、シィグダムにいた悪魔から話は聞いてる」
「あ、悪魔? もしや、エルフと流浪の民は悪魔を使役してるのか?」
使役してるのは元からの上司であるアシュトルで、悪魔本人だけど。
「流浪の民は最近、身内を生贄に呼び出したんだって。森には元から魔王の悪魔がいるから、僕が話を聞いたのはそっちね」
「莫大な財宝が眠る悪魔の城が森にはあると聞いたが、伝説ではなかったのか」
「城ではないかな。聖堂みたいなのがあるよ。財宝、あってもおかしくないけど欲は出さないほうがいいんじゃないかな。僕でも死ぬだろうし」
「はぁ!? フォーさんが!? どれだけ堅固なんだよ!?」
「エックハルト、僕だって最強じゃないんだから。それに悪魔の試練ってただ壊すとか殺すだけで済まないものみたいなんだよ」
コーニッシュの試練なんて越えられる気がしない。
さすがに胃袋には限界がある。
大旦那は瞬きも忘れて唾を呑む。
まるで死地に瀕して生き残る道を探すような必死さがあった。
襲わないって言ったはずなんだけどなぁ。
「誓って、我々アイベルクスは、妖精王の治める森を悪戯に騒がせる気などなかった。あくまでシィグダムの要請、また流浪の民が使役するという悪魔の魔の手によるものだ。議会にも今回のことで総辞職の声が」
青い顔で言い募る大旦那は、もしかしてシィグダムのお城のこと知ってるのかな?
だとしたらやっぱりあれはやりすぎたな。
まだ魔王石を集めるために動かなきゃいけないのに、警戒され過ぎるのは問題だ。
「うーん、こっちが警戒してるのは流浪の民とそれに協力する相手だから、別に議会に総辞職しろなんて言わないよ。僕にこの国を潰すつもりはないからそんなに怯えないで。ちょっと話をしよう?」
「フォーさん、それ逆効果だぜ。どう聞いても勝手に喋ってんじゃねぇ。こっちの話聞けやコラって聞こえる」
「え、なんで?」
エックハルトの曲解に僕が驚くと、ようやく大旦那は細く息を吐き出した。
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