330話:闘技大会見物
他視点入り
憤然と孫娘が私の私室へ入って来る。
「どうして私を除け者にするの、マローネおばあさま!」
「おやおや、耳が早い。いい子だね」
私が上機嫌に手招くと、孫娘は頬を膨らませて不服を隠そうともしない。
あざとい。だがそれがいい。
男をほどほどに優位だと思わせる手管であり、私が教えたことだ。
「さて、どれのことかね?」
そう聞く私に、孫娘は怒ってみせながら考える。
常に私の手には幾つもの権謀があり、その中でこの孫娘でも掴めることと言えば三つほど。
中でも除け者と言うような内容は二つ。
王子と王女の処遇か、それとも闘技大会のことか。
「…………王子と王女を王城にある別館に隔離したことよ」
どうやら他二つは掴み切れず、この場で考えてもそれ以外に出てこなかったようだ。
今度は本気で不服な様子を滲ませる孫娘。
諦めるでなく己の至らなさを悔いる向上心は良し。
「それは元より息子の管轄だよ。私に聞くのはお門違いだね」
「おばあさまが指示を出したから別館への隔離になったのでしょう? だったら私を動かして王女周辺から影響力を奪い取る形でも良かったじゃない」
同じ年頃の王女は、その血筋から孫娘よりも注目を集める存在だ。
だからこそこの孫娘は自らが関わることで王女への視線を奪いたかったのだろう。
東の台地に行く気はあるけれどここを引き払うことはしないので、影響力を築きたいのだ。
かつての私のように世界を股にかける。それが孫娘の目標だと聞いた。
「今回は諦めなさい。向こうについてる妖精が厄介だ」
「ちゃんと妖精避けつけるわ! 趣味じゃないけどそれで身を亡ぼすほど愚かではないつもりよ! 次、妖精を祓う時になったら私にやらせて!」
「ふふ、お前のやる気は嬉しいねぇ」
「はぐらかさないで。これでジェルガエの王家に恩を売れた上にいつでも王位継承者を排除できる鬼札を手に入れたんじゃない。そんな大事な催しに除け者は嫌!」
国の未来を左右する企みを催しとは。
軽んじているのか、重要だとわかっているからあえてこちらの気に障る言葉を使ったか。
これは見極めに孫娘を関わらせてもいいかもしれない。
「しようのない子だねぇ。やるからには今まで以上に厳しくするよ?」
「やった! マローネおばあさま大好き! うふふ、機嫌がいいから聞いてくれると思ったの!」
「全くこの子は。もちろん、闘技大会中は王子と王女を押し込めておくだけだとわかっていてのことかい?」
あでやかに笑う孫娘に、これはなかなかと思わざるを得ない。
幼さがまだ不安だけれど、それでも私のために良く働いてくれそうだ。
そんな期待感を覚えるからこそ、飴も与えておかないといけない。
身内の裏切りなんて策謀家にとって下の下だ。
「闘技大会は楽しみかい?」
「えぇ、公然と他人が殺し合い苦しみ合う姿を見られるんですもの」
満面の笑顔で答え孫娘は、突然顔を曇らせる。
「今年は良い半獣が捕まらなかったと聞いているの。何かその穴を埋める良い催しがあるといいのだけれど」
闘技大会は三年に一度の大祭。
そのために南の山脈付近に住む凶暴な幻象種を捕まえて戦わせる見世物があった。
魔物同士や対人間、時には魔法使いと戦わせて楽しむ。
一番捕まえやすかったケンタウロスが何故か今年はいない。
集落はすでに冬仕舞いが済んでいて竈が潰してあったと報告されている。
「サテュロスさえ見あたらないのは、ちょっと変だね。北のほうで目撃報告のあったマンティコアも捕まえられなかったようだし」
「え? まさか代替の魔物も捕まっていないの? エフェンデルラントの傭兵に命じて獣人を攫ってくることも?」
「戦争が長引いたことと、アイベルクスが軍事行動をしたことでまず傭兵を使うことができなかったんだよ」
「むぅ…………どうしておばあさまは楽しそうなの?」
「ふふ、可愛い子。特別に教えてあげようかね」
不満顔の孫娘を指で招いて、耳に秘密を囁く。
ケンタウロスよりも獣人よりも興味深い獲物がギリギリになって網にかかった。
これを知るのは闘技大会関係者でもまだごく一部だ。
「…………え、えぇ!? 本当に? 本当にそれが見られるの!? やったー!」
飛び跳ねて喜ぶ孫娘の姿に、私も希少な獲物が闘技大会で血を流すのが待ち遠しくなった。
僕は森からアイベルクスに入って、金羊毛の六人と食堂か酒場かよくわからない店でお昼を食べていた。
商隊とはすでに別れた後で、個室のある店だったので周りを気にせず話す。
「フォーさんのお蔭で依頼料に上乗せしてもらえてありがたかったぜ」
「本当だよ。またファザスの危険度外視のクソ依頼だと思ってたのに」
エックハルトとウラが豪快に酒を飲みつつ僕に笑いかける。
「…………この後はどうする?」
「あ、そう言えば森で何処行くか聞いてる途中だったすね」
肉を食べながらジモンとエルマーが話を振って来た。
「そう言えばそうだね。実はジェルガエに行くんだ」
「もしや闘技大会の見物ですか?」
「そんなところ?」
ニコルに答えると、エックハルトたちは疑わしげだ。
視線はフォークを使って肉を食べるウーリとモッペルに向く。
「あら、もしかして海の塩をジェルガエに売りに行くのですか?」
エノメナが思い出したように言った。
そう言えばウーリとモッペルが、姫騎士のブランカとシアナスと一緒に森に戻った頃いたんだった。
そして妖精たちは金羊毛の視線に気づいて耳を震わせる。
「にゃふん、これは失礼。申し遅れました。あっしはケット・シーのウーリと申しやす」
「おいらはクー・シーのモッペルだよ。館周辺にいたから君たち見たことあるよ」
注目を受けてウーリとモッペルは二足でテーブルに立ち上がった。
最初からただの犬猫じゃないとわかってた金羊毛はそこまで驚かず。
「売りに行くのは闘技大会に役立つ道具や薬、かな?」
「薬? もしかして魔女の里の薬なんか持ってるのかい?」
ウラが反応すると、ウーリが勿体ぶった様子で髭を撫でる。
「持っておりやすが、あっしらは妖精相手の行商でござんす。そちらさんが妖精のために何かしたと言うのなら商いも吝かじゃぁございやせんが」
「何言ってるの、ウーリ。森で魔女や悪魔相手に塩売ったじゃないか~」
食事に戻ったモッペルが実情を暴露。
その様子を見ただけで森専門の冒険者はすぐに対応した。
「なぁ、ちょっと見せてくれるだけでいいんだ。妖精の商売人なんて俺ら見たことないんだよ。そんな希少な妖精のあんたが、どんなものを扱ってるのか興味が湧いてさ」
エックハルトがそれとなく持ち上げて言うと、ウーリも乗せられて、見せるだけと言いつつ商品を出す。
あとは冒険者たちの押しで幾つか魔女の里の薬を売ることになった。
うん、ウーリも結局はノリの軽い妖精なんだな。
「全く人間はしょうがねぇ」
「とか言って荷物軽くなって良かったと思ってるんだよ~」
一言多いモッペルにウーリの猫パンチが炸裂。
けれど本性に差がありすぎるためほとんど効いてないようだ。
「いやぁ、本当フォーさんといると危険もあるが見返りもあるぜ」
「これならやっぱりジェルガエへも一緒に行ってもらったほうがいいだろうね」
「え? エフェンデルラントに帰るんじゃないの?」
「…………表向きの依頼は、商隊の護衛」
「けどファザスからは闘技大会観光を理由にジェルガエ探って来いって言われてるっす」
「どうも城のほうにジェルガエからの密使が来ていたらしくて。サンデル=ファザスさんでは内容の詳しいところまでは」
「フォーさま、もしかしたら戦争になるかもしれないと言われていたのです」
エノメナまで金羊毛側に立って僕に話を持ちかける。
思ったよりちゃんと金羊毛の仲間やってるらしい。
「森を相手にするなら潰すだけだけど、ジェルガエって確か森に接してないんだよね?」
「あんたが言うと企み潰すのか国自体を潰すつもりなのか、わかんなくて怖ぇよ」
エックハルトが苦笑いで呟く。
僕はどっちでもいいけど、ここは旅は道連れってことにしておこう。
「うん、いいよ。一緒にジェルガエ行こう。金羊毛も無関係の話じゃないし」
僕は言ってエノメナを見る。
金羊毛たちは顔を見合わせて首を傾げた。
「実は魔王石のオパールの在り処がわかったんだ」
オパールのことを話題に出すと、鈍くない金羊毛たちは椅子を鳴らすほど動揺する。
「ジェルガエにあるよ。僕はそれを回収に行くんだ」
「やっぱりここは大人しくエフェンデルラント戻るか?」
そんなこと言いつつ、エックハルトはエノメナを見る。
今までにない真剣なエノメナの目に、金羊毛たちは諦めように溜め息を吐いた。
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次回:アイベルクスという国
 




