34話:命乞いの結果
ツインドリル団長が怒ったら、姫騎士団全員がやる気になっちゃった。
馬の手綱を片手で操り、武器を構えた姫騎士たちが前面に立つ。短髪従者のような不慣れな者は後ろで魔法の準備を始めるようだ。
「仔馬。このままでは結界に閉じ込められ、逃亡もままならなくなるぞ?」
「グライフどうするの?」
「貴様が助けを請うなら、あれらを引き裂いてやろう」
「駄目だってば」
「けどフォーレン。騎馬相手だとこっちの有利が生きないぜ?」
人間の機動力のなさを補う騎馬での戦法。
今のところ軍馬のほうが僕より体格はいい。体当たりして勝てるかな? 動きを止めたらきっと、騎乗した姫騎士に刺されるんだろう。
と思って何げなく軍馬を見たら、目を逸らされた。
「あれ? ねぇ、馬って言葉通じる?」
「通じるぞ。というか、人間の言葉が回りくどすぎて他種との交感に合わんのだ」
グライフ曰く、幻象種は大抵の生き物と簡単な意思疎通ができるそうだ。
「じゃ、ちょっと姫騎士団を弱らせてみようかな。そうしたら話聞いてくれるかもしれないし」
「お、何か思いついたのか、フォーレン? 交渉事はまず自分の優位を殴りつけてでもわからせるのも手だ」
「いや、そこまで…………」
「この期に及んで甘いことを言うな」
グライフに首を嘴で突かれたのを振り払うついでに、威圧を放ってみる。
グライフは嘴を放すだけだったけど、馬たちは不自然に動きを止めた。
「く、どうした? 何か魔法か?」
「耐魔の護符はついているのに?」
手綱を引いても反応しない軍馬に、ツインドリル団長と赤毛副団長が見当違いなことを懸念する。
うん、魔法なんて難しいもんじゃなくて、単に恫喝気味に嘶いただけなんだよね。
けど、これでわかった。
あの軍馬たち、仔馬の僕にも敵わないことわかってるし、怯えてる。
「よし、ちょっと行ってくる。二人はここで待ってて」
「「は?」」
僕は前足を振り上げて走り出した。
「走れー!」
そう嘶くと、軍馬たちは慌てて僕から逃げるように走り出した。
「ま、待て! 止まれ!」
「ひーえー!? おち、落ちますー!」
「いきなりどうした!?」
姫騎士団は恐慌状態で走り出した軍馬にしがみつき、中には武器を取り落す者まで出る。
「走れー。走ってたら刺さないよー。はぐれたら刺すよー」
後ろから追い駆けそう拍車をかけると、軍馬は両耳を僕に向けて一心に走る。
その走りは人間に制御された安定感はなく、騎手など顧みない荒々しいものだった。
そんな状況で僕に攻撃できる姫騎士はおらず、軍馬の制御を取り戻せる者もいない。
たぶん、一人も落馬してないのがすごいんだろうな。
なんて思いながら、王都近くの山裾をぐるっと一周させた。
一時間かからないくらいかな? 軍馬の全速力だったし。
元の場所に戻ると、地に伏せたグライフを背もたれに、アルフも座り込んで待ってた。
「もういいよー」
僕がそう言ってアルフたちに合流していくと、軍馬は散らばるように足を止めた。
中には座り込んでしまう馬や、泡を吐いて震える馬もいる。
何より顕著なのは、軍馬の減速と共に地面に落ちる姫騎士団だった。
「何したんだよ、フォーレン? 姫騎士団の半数以上がもう戦闘不能じゃん」
「グライフが、僕に乗り続けるのきついって言ってたから、軍馬でも行けるんじゃないかと思って。それにここまで急いで追って来ただろうし、体力削げるかなぁって」
「おい、嘔吐している者までいるぞ」
「馬が思ったよりも臆病でさ。人間乗せてるの忘れて暴れ走るから。後ろから見てても滅茶苦茶揺れてたんだよね」
ちょっと脅しながら走っただけなのになぁ。
馬って繊細な生き物らしい。
「ま、ここまで集中力切れてりゃ行けるか?」
僕の角より高い位置に浮かんだアルフは、姫騎士団に向かって両腕を伸ばした。
すると、姫騎士団を覆うように魔法陣が現れ、姫騎士団の体から燐光が魔法陣へと吸い込まれて行く。
「お、おのれ! 付加消去か!」
いち早く気づいたツインドリル団長だったけど、気づいた時にはアルフの魔法は終わっていた。
ツインドリル団長の声で、姫騎士たちはブローチを掴んで魔法を唱えるけど、何も起こらない。どうやらあのブローチに仕掛けてあった呪文短縮の付与魔法を無効化したようだ。
今の、僕でもできそうな気がするな。
やり方はアルフの知識にある。
対象を複数にしたことで、アルフが無効化できたのは魔法を速射できるブローチだけ。
魔法で威力が上げられた武器を無効化できれば、こっちの危険はさらに減る。
「やりたいのか、フォーレン。だったら、まずは一人を対象にやってみろよ」
「わかった。…………付加消去」
僕の目的を察したアルフに従って、刃毀れした聖剣を構えるツインドリル団長を標的にした。
で、気づいた。聖剣、魔法かかってないかも。光り方違うし、魔法剣じゃないし。
とは思ったけど、もう魔法起動したからかけてみる。駄目元ってやつだ。
「…………ばか、な…………そんな、馬鹿な!?」
結果に、僕よりもツインドリル団長が驚いて悲鳴染みた声を上げた。
ツインドリル団長が構えていた聖剣は、僕の魔法を受けて水が引くように光を失う。
「あれ? 成功した?」
「おい、羽虫。仔馬が特殊個体であっても、これは明らかに貴様の影響だろう」
「うわ…………、俺の影響受けすぎ?」
アルフが両手で口元を覆って驚いたように言う。けど、僕に伝わる感情は何処か面白がってるんだよね。
あんまりこの結果に困ってないっていうか。驚いてはいるんだけど、珍しいもの見れたなーくらいの気楽さ。まぁ、グライフも他人ごとなんだけどね。
そんな僕たちとは対照的に、姫騎士団は声も上げられない緊張状態だった。
「…………命令だ、撤退せよ」
「ランシェリス!?」
ツインドリル団長の真剣さに、赤毛副団長が何かを察したようだ。
「私が殿を務める。このユニコーンは異常だ。何をしてもこの情報をヘイリンペリアムに持ち帰れ!」
「上への報告は団長の務めでしょうが! 殿なら私が!」
「ローズ! 私が倒れた後は、あなたにしか頼めない」
「お断りよ」
赤毛副団長は迷いなく槍を構えてツインドリル団長の隣に並んだ。
「生まれた時から一蓮托生。だったら私は、あなたより後に死ぬ気はないの」
「ローズ!」
赤毛副団長を説得しようとしたツインドリル団長を、遮るように短髪従者が声を上げた。
さっきまで吐いてたのに、大丈夫?
「ランシェリスさま! どうか、共に戦えと命じてください!」
「ブランカ?」
「逃げるよりも、あなたの盾になりたいんです!」
「な、何を…………?」
「ランシェリス、我が騎士団に、団長を残して逃げる恥知らずは、従者に至るまでいないのよ!」
赤毛副団長の言葉に、それまで立つのもやっとだった姫騎士たちが武器を握って立ち上がる。
その姿に、ツインドリル団長は一度泣きそうに顔を歪めて、振り切るように笑った。
「皆の命、預かるぞ!」
「「「はい!」」」
「不遜よな、人間」
いや、ここでそんなこと言ったら完全悪役だよ、グライフ?
そしてやる気にならないで。いきのいい獲物のほうが燃えるたちなの?
「私が聖女さまの御力を受けてユニコーンに一撃を入れる。後は任せるわよ、ローズ」
「命がけのとこ悪いが、俺に使徒の力は効かないぜ? 無駄に命を散らせるなよ」
「なに!?」
そして余裕ぶって忠告するアルフ。なんかラスボスっぽいな。小さいけど。
忠告してる割に尊大な雰囲気あって、悪役の風情がグライフと同格になってる。
書いて字の如く必死なんだから、もう少し受け止めてあげようよ。
「…………まさか!」
何か気づいた赤毛副団長が、ツインドリル団長に耳打ちする。
途端に驚愕に彩られたツインドリル団長の青い瞳が見開かれた。
うーん、僕風上にいるから聞こえなーい。
「あり得るのか? 妖精ぉ」
「しー」
何か言おうとしたツインドリル団長に、アルフが悪戯っぽく笑いながら口止めした。
けど、それでなんかツインドリル団長の敵意が削がれてしまう。
自ら光を失った聖剣を降ろして、部下にも片手を上げて戦闘態勢を解除させた。
「もし、あなたが『そう』であるなら…………どうか、慈悲を。攻撃を命じたのは団長である私だ」
「ランシェリス!」
赤毛副団長が責めるけど、ツインドリル団長は真剣な表情でアルフに向かって言う。
「だってよ、フォーレン。どうする?」
「どうって? え、何がどうなってるの?」
「阿呆。あの人間どもが命乞いをしておるのだ」
「なんで? さっきあんなに悲壮な決意固めてたのに」
「「…………」」
睨むグライフにアルフは顔ごと逸らした。
わからないままでいると、グライフはなんでか今度は僕を睨んだ。
「よし、そこの聖剣を持つ女。貴様、この仔馬と戦え」
「え、えぇ!? ちょ、グライフ押さないでよ」
「…………それで他を見逃してくれるのか?」
「そこは頭であるお前が言い聞かせろ」
「わかった」
「「「団長!?」」」
ツインドリル団長を止める姫騎士団と、置いてきぼりで押し出される僕。
えー? 命乞いどうなったの?
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