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327話:風呂の使い方

 南にある山脈の向こうから帰って三日、今いるのは傷物の館。

 その一画を丸々使ったお風呂の中で、僕は暖を取っていた。


 と言っても脱いでないし湿気もない。


「お風呂ってこんな使い方あるんだねぇ」


 石でできた寝椅子の上で、僕は伝わる温もりに体を伸ばす。

 この石の下には地下のボイラーから昇る熱気を通す管が通っているそうだ。

 だから石全体が暖かくて、読んで字のごとく温石になってる。


 壁沿いに作りつけの椅子が並んだここは、前世の知識で言うとスパのような施設なのかな?


「下が騒がしいのは難点だがな」


 とか言ってべったり寝椅子にくっついてるグライフが文句をつける。


 ボイラー施設は火の妖精の住処になっていて普段は下火。

 そこに香りのいい薪や炎の色が変わる鉱物の粉末をあげると騒いで強火になってくれる。

 だから耳のいいグライフは地下の妖精たちの騒ぎが聞こえてるみたいだ。


「こうした温泉施設は古くからの社交場として寛ぎやすいよう考えられたものでね。魔王の時代には何処の地域にも一つはこうした温泉施設と娯楽施設があったものだった」


 ダークエルフのスヴァルトは、森の見回りで来ていた。

 寒がる僕たちにここの使い方を教えてくれている。

 森って木々が生い茂っていて日差しが差し込みにくいせいで案外冷えるんだ。


「ふにゃぁん、もうここから離れたくないですなぁ」

「あれ、ウーリはもうジェルガエ行かないの? 悪魔に譲る?」


 猫と犬の妖精、ウーリとモッペルもいつの間にか暖を取っている。

 見た目どおり性質も猫のウーリは迷うように尻尾の先を振った。


「…………行く。行きまさぁね。みすみす妖精王さまに貢献できる手柄を悪魔に譲る謂れはねぇってもんだ」


 僕を見てそう雄々しく言いつつ、丸めた体を伸ばそうとはしないウーリ。


 ウーリにやる気はあるようだけど、義理なのか損得なのかいまいちわからない。

 モッペルは自分で聞いておいて興味なさそうに石の上に伏せてるし。

 うーん、マイペース。


「フォーレンくん、ジェルガエである闘技大会、あれが行われる闘技場も魔王時代の娯楽施設として作られた物だ」

「へー、魔王って思ったより南にも進行してたんだね。スヴァルトはジェルガエに行ったことあるの?」

「一度の侵攻で攻めきれず、狙いのケルベロスにも到達しなかったことで、森に多方面から侵入しようと計画されたのだ。森にある大道はそのために魔王軍が拓いた道だ。その際に森の案内として少しな」

「そうか。あんな大きな道誰が拓いたんだろうって思ってたよ」

「海側はエイアーナとシィグダム辺りを拓いた時点で南下せず、南の山脈を越える道をのちのち拓く算段で東のほうの国々を整えたのだ」


 つまり森の西、シィグダムより南の国は魔王以後の人間が拓いたのか。

 山越えを想定して拓かれたジェルガエ辺りは、魔王が生きてたらディルヴェティカを攻めてたとか?


「森が人間の国に包囲されるみたいになってるのって、魔王の戦略だったんだね」

「まだ妖精王さまもいらっしゃらなかったため、今よりずっと多様で凶暴な…………多様な種が生息していた」


 なんで僕やグライフを見て言い直したの?

 今いる僕たちに比べたら、まだ昔の森を住処にしてた相手のほうが大人しかったの?


「時間と共に森を削ぎ取るつもりが、その前に陣頭指揮を執っていた魔王が倒れ、その魔王の手下が逃げ込むとはな」


 せせら笑うグライフだけど、恰好がウーリと変わらない。

 スヴァルトも反論せず苦笑するだけ。


 そこに元気な声が入って来た。


「早く動くのよ! 短い足を止めるななのよ!」


 なんかクローテリアが酷いこと言ってる?


 脱衣所のほうにある扉が開く音がすると、入って来る足音は二つ。


「他人を乗り物扱いしておいてなんだその物言いは。欲で身を滅ぼした礼節を弁えない怪物め」


 クローテリアを責めるのはブラウウェルだ。

 そう言えばクローテリアってみんなのいる前で正体明かしてたな。

 あれって、木彫りを触媒に封印の外の様子を探ろうとしてたアルフが起こした混線だったと後から聞いた。


 そんなことを考えている間にやって来たクローテリアとブラウウェルは、動きの鈍いドワーフのウィスクと一緒だった。


「お帰り、どうしたの?」

「地下に降りるよりこっちに来て正解なのよ!」


 クローテリアは上手く羽根が動かないみたいで、ウィスクの頭に乗っかっている。

 寝椅子から降りて触ると、黒い鱗がすごく冷たかった。


「あ、そうか、クローテリアって変温動物なんだね。飛竜のロベロは冬眠が必要だとか言ってたけど、クローテリアはいいの?」

「うぅ、地下だとここまで顕著に寒くならないのよ」

「ってことは、もしかしてウィスクが喋らないのも凍えてる?」


 見るとすでに温かい石の台にべったり抱きついてた。


 ドワーフって太陽光にも弱ければ寒さにも弱いらしい。

 まだ冬本番でもないのに、これは大変だ。

 僕も肌寒さは感じたけど動けないほどじゃないし。


「ふむ、先生から火鉢と毛皮を借り受けて来よう。あちらは常に火の側にいたので失念していたな」


 ウィスクの様子を見て、スヴァルトが防寒器具を用意するために出て行く。

 グライフは暖かさと眠気で喋る気もないようだ。

 本当にこういうところは猫っぽい。


 下半身ライオンだけど。


「そっちのほうが早く戻っていたのか。見たところ怪我はないようだな」

「うん、三日前にね。ブラウウェルたちは僕たちが帰るのと入れ替わりに出て行ったんでしょ? 二人が戻ってくるの待ってたんだ。オイセンどうだった?」


 ブラウウェルとウィスクは人間との交渉のためオイセンへと向かった。

 ついでに戦争が本当かを調べに行ったそうだ。


「すぐジェルガエに発っても良かったけど、アルフが魔王石の影響を心配しててさ。経過観察と情報を待つってことで残ってたんだ」

「いろいろ聞きたいことはあるが、まず、森にいる間余計なことはしてないだろうな?」

「何を心配してるの、ブラウウェル? 余計かはわからないけど、僕が次に暴走した時にはアルフも身を守れるように仕かけ増やしたらってことは言ったけど」

「な、何をするつもりだ?」

「さぁ? 僕対策だから僕には知らせない形で作ってもらってるんだよね」


 この傷物の館の地下にも、僕を驚かせようと地下を崩落させる仕掛けを作っていたアルフ。

 思ったより乗り気で、魔王石集めへの心配はちょっと忘れてくれたようだ。


「あ、後でゴーゴンに確認をしよう。それで? 何が知りたい?」

「隣のオイセンが戦争始めたら、ケイスマルクの冬至祭なくなるかもしれないって聞いたから。そしたらアメジスト手に入れるの難しくなるし、場合によってはオイセンの戦争止めないといけないかもしれないんじゃない?」

「気軽に言うな。できるからこそそう軽く言われると恐怖しかない」

「あ、うん…………」

「なんだその妙な返事は?」


 ブラウウェルはオイセンへの旅で着ていたマントを脱ぎながら、僕に疑いのまなざしを向けて来る。


「止めるだけだから最初から力尽くなんてしないって言おうと思ったんだけど、大グリフォンの街では話し合う前に力尽くで話し合いの席に着かせることからだったから、エルフもそういう前提の考え方なのかなって」

「なんたる侮辱!」


 怒られた。

 すると暖かい石に抱きついたまま、ウィスクがようやくまともに喋り出す。


「待つのじゃ。気にすべきではそこではないぞ。大グリフォンの街には偵察で行ったのではなかったのか?」


 恰好はあれだけど冷静に話を聞いていたようだ。


 僕はまた大グリフォンの街でのことを話すことになった。

 あとエルフの国でのことも伝えておこう。


「そうそう。ブラウウェルを訪ねてくるエルフがいるはずだけど、僕たちが帰ってくる前にいなかった?」

「いや、ちょっと、ちょっと待ってくれ…………。うん? 大グリフォンを精霊の司る力で叩き伏せた上に、何処かの精霊の半身が魔王石を取り込んでいたのを一刺しで倒した?」

「若きエルフよ、事実起こったことのみに専心せよ。そこのグリフォンが口を挟まぬことを思えば嘘も大袈裟もない。ならば全ては事実。そこからどのような問題が起き、対処すべきか。それを考えるのじゃ」


 混乱するブラウウェルに、ウィスクが諭す。

 そのウィスクもすごい遠い目をしてるけど。


 確かに大グリフォン強いし、さらに同じかそれ以上に強そうな嵐の精霊もいた。

 僕を舐めてかかったことや、雷攻撃で相手の虚を突いたことが良かっただけ。

 たぶん最初から本気だったら僕は負けてたし、これもアルフの加護の運に助けられた末の大金星なのかな?


「それでそっちは?」

「あ、あぁ。オイセンはやはり春にも侵攻を行うつもりのようだ。ただケイスマルクには共に侵攻を行おうと声をかけたが袖にされたらしい。冬至祭に支障はないだろう」


 ケイスマルクはその冬至祭で忙しいと言う理由で拒否したそうだ。


「それでしたら、問題なくジェルガエに行けやすね」


 耳だけ立てたウーリが言うと、寄り添って寝てるモッペルは首を上げた。


「祭は稼ぎ時だもんね。恩返ししたい妖精たちが魔法の武器や薬を欲しがるんだ」


 あー、長靴を履いた猫みたいな?

 あれ? けど闘技大会にそれってルール大丈夫?


「まぁ、いいか。ウーリ、モッペル、旅の準備するんでしょ。行こう」

「そんな殺生な。もう少しだけ」

「それ日暮れになっても動かない時の常套句だよね~」


 石の台に懐くウーリを、モッペルが大きくなって口に咥える。

 首筋を咥えられて動けないウーリは低い不満の鳴き声を上げた。


「グライフやクローテリアはどうする?」


 聞いてみるけど二人とも石の台から顔も上げない。

 なんかこたつと同じ魔力を感じるなぁ。


「ブラウウェル、エルフが来たら森の南にいるケンタウロスかヴァナラたちの所で一度止めてもらうよう言ってあるから。スヴァルトか誰かと一緒に迎えに行ってあげて」

「わかった。…………その、助かる」


 上から目線はエルフの国にいた頃に戻ってるのに、なんか素直になって来てる?

 そんな変化にちょっと笑ってしまった。


隔日更新

次回:武装商隊

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