326話:エメラルド
すでに積雪が始まっているディルヴェティカを通るため、僕たちは魔王石を受け取るとすぐエルフの国を出た。
「ユウェルにも会えなかったね」
「必要あらば自ら来るだろう。追放されたエルフに送られた使者もまた下僕の教え子というからな」
換魂のエルフの様子を伝えるために、森にいるブラウウェルへと使者が送られたそうだ。
エルフ王からは森へ入る際の口添えを頼まれている。
確かに心配ならユウェル自身が来るだろう。
僕はそんな話をしながらグライフとまた山登り。
ロベロとはエルフの国で別れている。
「わー、雪初めて! グライフは見たことある?」
「当たり前だ。大グリフォンの街にも降るぞ」
「え、そうなの? みんな露出多くてそんな冷えなさそうだったのに」
「寒暖差が極端なのだ。雪が降れば全ての窓は塞がれる」
大グリフォンが出入りできる宮殿の窓を僕は思い浮かべる。
あれを塞ぐのは大変そうだ。
「あれ? そう言えば雪降るくらいになってるけど、冬至の祭ってそろそろかな?」
「仔馬、冬至は場所によって違うぞ」
「そうなの? あ、そうか」
前世の知識で冬至は寒さが深まるはじめだとか、一日の中で昼が一番短い時期だとか出て来る。
けれど日本の季節行事は本来旧暦が基準で二カ月くらいずれたはず。
さらにこっちの世界は西洋風の土地柄。
確か冬至の祭って西洋だとクリスマス? ハロウィンだっけ?
「無駄口よりも足を動かせ。こんな寒い所さっさと行くぞ」
「待ってよ、グライフ」
言葉少ないと思ったら寒がってたのか。
僕は先に行ってしまうグライフを追うためユニコーンに戻る。
「で、森まで走り続けて戻って来たと。んで、そのフォーレンにつき合った傷物グリフォンは体力なくなって潰れてると…………ぷ」
「ぐぅ…………羽虫の、分際、で…………」
戻ってきてアルフに説明するとそんな意訳をされた。
笑われてもグライフは言い返せないくらいに消耗してる。
先に戻ってたウェベンが僕にだけ椅子を勧めた。
小さな妖精たちが珍しく動かないグライフの周りに集まり遊んでいる。
「ボリスちょうどいい所に。山脈に雪降ってて寒かったから館にお湯沸かしてくれる?」
「よし、任せろフォーレン。そこのグリフォンお湯にぶち込むんだな!」
元気に応じるボリスだけど、言い方が気に食わなかったグライフが羽根で風を起こして飛ばしてしまう。
「あとガウナとラスバブ、このグリフォンの羽根で団扇作れる?」
「おや、見たことのない羽根模様ですね。なるほど、いい大きさです」
「できるよー! 他の妖精たちも使えるように木で作っていい?」
「うん、いいよ。大グリフォンの街で倒したグリフォンから貰って来たんだ」
「わー、何それ。俺と話す前か?」
そう言えばアルフには大グリフォンの前に、普通の大きさのグリフォンに襲われたこと言ってなかった。
僕はコボルトに羽根を渡して、アルフの声がする木彫りを見る。
「うん。争いに行ったつもりないのにグライフがさぁ」
僕は大グリフォンの街についてからのことを話して聞かせた。
そして魔王石のオブシディアンを回収するまでとその後についても。
「ひぃ、は、はは、あはははは! いいな! 見たかった! やっぱりこの封印から早く出たいぜ!」
「そこで笑うな妖精の王が」
グライフは憎々しげに吐き捨てる。
事の重大さがとか言ってるけど、アルフは笑って聞いてない。
「で、エルフ王からサファイアも借りて来たよ」
「そういえば魔王石二つ持って大丈夫だったか?」
「うん、オブシディアン触った時も平気だったよ。あ、でも大グリフォンとグライフがなんか僕は魔王石に影響受けてるって」
「え、どういうことだ?」
グライフは疲れて寝そべったまま。
だから僕は聞いたままをアルフに伝える。
「アルフが封印されて僕がシィグダムに殴り込んだでしょ? あの時にグライフは気づいたらしいんだけど、大グリフォンも同じ見解だったことで僕にも魔王石の影響があるって確信したみたい」
「暴走の時の不調と穢れじゃないってことか。そうなると俺と一時的に繋がり切れてた時だな。…………グリフォンってそんなのわかる機能あるのか?」
「森の他の幻象種には聞いて回ったみたいだよ。けどアルフにも共通する気配らしくて、それが魔王石のことだって疑ってたのはグライフだけだったみたい」
アルフが考え込むように沈黙すると、グライフが身を起こす。
「そこの悪魔でいい。仔馬、魔王石などいらんと言って見ろ」
「いきなりだね。ウェベン、僕魔王石なんていらないよ」
「存じ上げております、ご主人さま」
嬉しそうに答えられたけど、これでいいの?
「フォーレン、ウェベンの奴は何かしようとしてるか?」
「何かって言われても困るよ、アルフ。さっきから燃える羽根広げて自分から暖房器具になってるし」
裾なんかが雪で濡れた僕に対する、ウェベンなりのできる従僕アピールらしい。
「悪魔に嘘は通じないから、フォーレンが本当は魔王石欲しいとか思ったらこれ幸いと拾いに行くと思ったんだろうな」
アルフがグライフの目論見をそう説明した。
ウェベンが動かないなら僕は魔王石が欲しくないのは本当ということらしい。
「でも僕集めたいとは思ってるよ」
「邪な願いであれば悪魔は喜び勇んで叶えようとするだろう」
グライフに言われて、納得してしまう。
つまりウェベンが反応しないのは、悪用とかじゃなく、あくまでアルフを助けるためだかららしい。
「あれ? でも魔王石って精神体にも影響するんだよね? なのに悪魔は嫌がらずに拾いに行くの?」
「そこのグリフォン曰く、俺も封印してる内になんかなってたみたいだし、長く持ってりゃ精神体に影響はするだろうな」
「その悪魔もオブシディアンを手にしてとんだことをしでかしたであろう。影響があっても気にしなければ行動するのではないのか」
あの大グリフォンに魔王石を送り込んだ時に見せた悪辣さは、オブシディアンの影響もあるのか。
笑顔のウェベンを見ると、やっぱり野放しは危なさそうだ。
悪影響あるのわかってて、今も魔王石拾ってくるのを否定しないし。
「ともかく、フォーレンが持ってても害しかないなら魔王石入れてくれ」
「わかった」
僕はオブシディアンとサファイアを取り出して鉛色の卵に投げた。
もう見慣れた鉛色の触手のようなものが魔王石を掴んで引きずり込む。
「あれ? 最初より反応鈍くなってる?」
「さすがに魔王石五つ入ってる状態だしな。…………お、封印の期限が四百年切ったな。ここまで来れば俺のほうから封印の術式に干渉する余地もあるだろ」
今封印に入っている魔王石は七つ。
中がどうなってるのかわからないけど、精神体に影響するならアルフも良い状態じゃないんだろう。
「フォーレン、一回魔王石集めるのやめたほうがいいんじゃないか」
「え、なんで?」
「影響があるとわかった以上は、様子見したほうがいいだろ。また暴走なんてなったら」
「そんなのアルフを放っておく理由にはならないよ。アルフのほうが魔王石の影響受ける状況なんだし」
アルフが黙ったので鉛色の卵に触ると、不服そうな感情が伝わってくる。
「だいたいその状態で四百年ももたないでしょ」
「その、精神の繋がりはフォーレンのお蔭で確立できたし、状態のわからない危険な魔王石探すよりも、きっちり封印されてる妖精女王のエメラルドとか借りる手もあるしさ」
そう言えば、妖精女王はアルフと同じように五百年封印し続けてるんだっけ。
「妖精女王と連絡取れるの?」
「フォーレンと大グリフォンの街までできたんだ。その辺り弄ればどうにか。いっそフォーレンがあいつの所行ってくれればそれで話は通じる」
「場所の確定している上に近場のオパールとアメジストを無視するほどの説得力はないな。仔馬、妖精女王の森は西の海を渡ってさらに山を越えた先だ」
「つまりすごく遠い分時間がかかるってことだね? だったらアルフは大人しく待ってて」
「えー」
そこでウェベンが羽根を音が立つほど大きく広げて僕たちの気を引く。
「ご主人さま、あなたのお役に立つためあなたの僕たるこのわたくしが、こちらをご用意させていただきました!」
なんかウェベンが巻紙を差し出してきた。
あ、羊皮紙だすごーい。
「中見ていいの? …………うん? これ、ケイスマルクの冬至祭への参加許可証?」
「参加許可だと? どういうことだ?」
グライフも驚くけど、アルフは知ってるらしく何も言わない。
そしてウェベンは嬉しげに羽根を動かす。
「ご主人さまを思いわたくしが書き上げました全五十篇の詩集が冬至祭の詩文部門の最終選考に残ったのです!」
「待って待って、色々聞きたいことあるけど、え?」
「フォーレンが大グリフォンの街行った後に届いてさ。こいつケイスマルクの冬至祭目指すってわかって書き始めたらしくて。朗読会とかやって聞いたけど、いやー、一大叙情詩になってたぞ」
どうやらアルフはその詩集の中身を知ってるらしい。
「…………今回は役立つから不問にするけど、今後勝手に僕のことを創作のネタにしないでね」
「なんと!?」
ウェベンは心底驚いた様子で羽根が萎れる。
だいぶ薄れたけど日本人的な感覚からするととても恥ずかしいんだよ。
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