323話:投石
心象風景から戻った僕は、同じ場所でオブシディアンを手に立っていた。
「あれ? 今回は何もなかった?」
「「「「「あ」」」」」
瞬きをした途端、ワイアームが石を投げつけて来た。
「ちょ、何するの!?」
慌てて角で弾くと石が割れる。
けどほどほどに硬いし、人化しててもドラゴンの攻撃だしで身の危険を感じるレベルだった。
ワイアームを睨むと、グライフが上空で舌打ちをする。
「ち、だからさっさとやれと言ったのに」
「そうだそうだ。怪物のドラゴンってのは肝が小さいな」
ロベロもワイアームに野次を飛ばすと、上空の二体はブレスを吐きかけられた。
ナーガのヴァラとリッチのヴィドランドルは、少しずつワイアームから離れ、目の合った僕に愛想笑いをする。
「あー、ユニコーンの仔馬よ。これは一つの探求の結果というか、決して悪意ある攻撃ではなくてじゃのう」
「そうだ。決して敵対する意図はなく、魔王石の危険性を検証するための、な?」
「一応聞くけど、ワイアームの言い分は?」
周りに味方がいないのを呆れた視線で確かめて、ワイアームは悪びれもせず答えた。
「そなたが魔王石を持って動かなくなったのが奇異だったのだ。聞けばそれが今までどおりで、我に襲いかかったことが今までにない反応だったらしいではないか」
ワイアームにそれを教えたのはグライフかな?
僕がダイヤとサファイアを握ったところ見てる。
ってそう言えばヴィドランドルもカーネリアンを握ったのを見てたか。
「では違いは何か。魔王石を二つ所持していたというのも一つ異変だが、もう一つ敵を前にした状態であったと差異を挙げられた」
「そうだね。確かに他は特に危ない状況じゃなかったかも」
「ならば、攻撃を行えばどうなるかを実験することになり、不服ながら我が試すことになったのだ」
よく見ると地面に五等分された円が書かれてる。
その真ん中に棒が倒れてた。
あれで倒れた向きにいたひとが僕に攻撃することになったってことか。
「何してるの。やめてよ、もう」
また目が覚めた途端血みどろとか嫌だよ。
僕はいい大人たちを見回しながら、魔王石のオブシディアンを袋に直す。
もうここには用もないし、歩き出すとみんなついて来た。
「仔馬、また羽虫と会ったとは言うまいな?」
「会ってないよ、グライフ」
会ってないけど心象風景に変化はあったんだよね。
心象風景で見た電子辞書の文字は覚えてる。
ジョハリの窓。あれは対人関係に対しての心理学の言葉。
草原が見えた窓は、自分と他人の共通認識の僕を表す。
マジックミラーは他人からしかわからない僕の姿。
カーテンが開かなかったのは僕しかわからない僕の認識。
そして僕からじゃ見えなかった窓は、まだ誰も知らない僕の一面。
「何処向かってんだ? まだ何かするのか?」
考え込んでたらロベロがそんなことを聞いて来た。
「え、大グリフォンの所だよ。オブシディアン手に入れたから報告しようかなって」
「嫌がらせにしか聞こえないが全く邪気がないのが不思議じゃ」
ヴァラが岩の体を引き摺りつつそんなことを言う。
なんで嫌がらせ?
「目的を達したならその後はエルフの国か。できれば換魂のエルフに害を加えないでほしいのだが」
「しないよ。君をエルフの国に行ってほしいって言ったの僕なのに」
ヴィドランドルは何か邪推してる?
あれ、そう言えばロベロ、ヴァラ、ヴィドランドルは戻る時一緒の方向なんだけど、ワイアームはなんでついて来たんだろう?
用が済んだら勝手に帰りそうなのに。
「君、ここにいていいの? 宝をドワーフに狙われるんじゃなかった?」
思ったままを聞いたらすごく悪い笑みを返された。
え、そんな表情初めて見たよ。
あとこうして見ると人化したワイアームってすごく整った顔してるのに悪人面だ。
「そなたの案を採用した」
「案? 僕何か言ったっけ?」
「言った。水に沈めればドワーフどもは手出しができぬとな」
「あ、え? つまり宝を水に沈めて来たの? 何処にそんな水が?」
ワイアームが住んでるのは、山の中のさらに地中。
抱え込んで移動できない量の宝があるはずだし、魔法でどうにかしたにしても、怪我を負ったままそんな重労働したの?
「そなたが呼び出したウンディーネたちよ。我が穴を掘り、そこを満たすよう指示した。そなたの力で一時水源から自由を得ておりまだ遊び足りぬというのでな」
そう言えば宝を洗わせると勝手に連れて行ってたような。
ウンディーネって必要以上に水から離れられないんだっけ?
ロミー見慣れてたせいで忘れてたな。
驚く僕に気を良くしたのかワイアームはさらに邪悪に笑った。
「くっくっく。戻った時、どれほどのドワーフが浮いているか楽しみだ」
言うことも邪悪だった。
けどドワーフならそういう考えなしなことしそうだよね。
宝に目が眩んで焦って突っ込んで水に落ちたりとか。
「語弊があるからそれ、僕の発案とか言わないでね」
そんなことを話しながら大グリフォンの街まで戻る。
門で金貨を出そうとしたら素通りさせてくれた。
というか街のひとたちが僕らを避けてる。
うん、大グリフォンとやり合ったし、メンバーが凶悪なの忘れてた。
「…………嫌がらせか?」
結局大グリフォンにまで言われた。
何があったか説明しただけなのになぁ。
「貴様が手に負えなかった宝を得たぞと自慢しに来たようなものだな」
「しかもこの顔ぶれでもう一度乗り込むとか喧嘩売ってるよな」
「別の幻象種との諍いの種を持ち込んでいるようにしか聞こえはせんのう」
「あちらが反乱だなんだとしていなかったら責任問題を丸投げしに来たようなものか」
「いらん手間をかける裏を疑うなというほうがおかしいかろう」
グライフたちからも散々な言われようだ。
どうやら本当に嫌がらせを疑われるだけの行動だったらしい。
どうなったか知りたくなかったのかな?
「えーと、だったらもう用は終わったし西に戻るよ。オブシディアンは確かに回収したから」
「次はそこの小子に精霊への賛美の仕方でも習ってからにしろ」
グライフを見ると投げやりにこの場で教えられた。
「この宮殿に上がる者は、まず嵐の精霊に賛美を送って挨拶とする。貴様は賛美を表す言葉も所作も供物も何も差し出してはおらんからな」
何それ、言ってよ。
エルフ王の時と同じことしてるんじゃん。
もしかして大グリフォンっておおらかなほうなのかなぁ?
「けど嵐の精霊のことよく知らないし、いきなり賛美って言われても」
「ユニコーンの仔馬よ、こういう時には定型句というものがあるのじゃ。荒々しくも恵み溢るるなどの」
ヴァラが二股に割れた舌を揺らして教えてくれるけど、それって賛美なの?
「嵐で荒々しいのはわかるけど、恵み? リルって聞いて歌ってるみたいな綺麗な名前だなって思ったけど、姿が見えないのに褒めるって難しくない?」
だいぶ感覚が違う、そう言おうとしたら突然遠雷が響いた。
次の瞬間には雨が降り出す。
しかもお天気雨だ。
「わぁ、綺麗。これ絶対後から虹がかかる奴だよね?」
期待感を持っていたら、急に僕の顔を目がけるように風が吹き付けた。
「駄目だめ! フォーレンは妖精王さまのお友達なんだから精霊を口説いちゃ駄目ー!」
「この声、エルフの国のツェツィーリア?」
シルフィードでエルフ王と契約してる妖精の声がした。
でも姿が見えない。
気配を探るとどうやら見えないくらい遠くにいるようだ。
「エルフ王から様子見るよう言われて来たけど危なかった! 駄目よ、フォーレンは私たち妖精の守護者なんだから!」
ツェツィーリアが怒ると、雷雲が走るように西へ移動を始める。
同時に風が喧嘩するように寄せて来る雲を吹き散らした。
「もしかしてあれ、嵐の精霊とツェツィーリアが喧嘩してる?」
うん? 精霊口説くってどういうことだろう?
綺麗とか言ったこと? それって精霊チョロすぎない?
大グリフォンを見ると、何か言いたげに僕を見てる。
「さっさと西へ帰れ。貴様は何処へ行こうとも問題の中心になるのだろう」
何それ、予言?
と思ったら周りが頷いてた。
待ってよ、それじゃ僕がトラブルメーカーみたいじゃないか。
喧嘩っ早いグライフたちにそんな扱い受けたくない!
やっぱり異文化って折り合いがつかないんだなぁ。
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