322話:4つの窓
他視点入り
ジッテルライヒ副都の東教区。
宛がわれた部屋で私はシアナスといた。
「やはり返事がないのは何処かで手紙を止められてるわね」
「副団長、やはり団長と一度合流しては?」
シアナスの提案は合理的な面もある。
けれど今離れるとせっかく捕まえた尻尾を放り出すことになるのだ。
情報を持ちだすなら一度自ら確実にランシェリスへ報せたほうがいい。
ただそうなると次、いつこんな機会が巡るかわからない。
だったらできる限り多くの情報を得るべきだろう。
「このまま情報があったとおり調べるわ。けれど手は出さない。情報を確かめるだけよ」
私の決定にシアナスは飲み込み切れないのか返事がない。
「場合によってはそのままジッテルライヒを脱するわ。準備を整えておきなさい」
「…………はい」
これはいけない。
不安や葛藤が確実に今のシアナスの判断力を鈍らせている。
敵かもしれない者の側にいる状況では隙でしかない。
私はあえて雰囲気を切り替える。
シアナスは気づいてようやく私を見た。
「少し話をしましょうか。そこに座りなさい」
「ですが」
「あなたと私は姉妹の契りを結んだのよ。何処に姉が座って妹が立たなければいけない決まりがあるの?」
副団長と見習いではなく、もっと近しい存在として私はシアナスに向き合った。
姉妹の契りとは、血を分けた姉妹の如く決して裏切らないことを神に誓うこと。
同時に姉は妹を引き立て、妹は姉に従うと決められている。
「座りなさい、シアナス」
「…………はい、ローズさま」
初めて出会った時にはまだ成長途中の少女だった。
入団前に出会ってその面構えを気に入り、私が妹にしたのだ。
まさか初恋の相手の近くにいるためのやる気とは思わなかったけれど。
「辛いなら、あなただけランシェリスの元へ戻って情報を届けなさい」
「そんな!? いいえ! 私はお側にいます!」
もっと迷うかと思ったのに、どうやら不器用ながら一本気な少女は職分を忘れない程度には成長している。
あのユニコーンさんのことで落ち込みもしたけれど、自らの役目をわかっているなら私の心配のしすぎかもしれない。
「これは姉としての忠告よ。きっと辛い結果になるわ」
私の忠告にシアナスは歯を食いしばる。
私がもうヴァーンジーン司祭を黒判定していることに、やはり迷いはあるようだ。
ここは姉として、私も胸襟を開こう。
シアナスに、現状の懸念を伝えた。
「私からの情報は完全に止めている。なのに西教区からの情報はあっけなく届いた。もしかしたら罠かもしれない」
シアナスは肩を跳ね上げる。
自らが得た情報の誤りの可能性を疑いもしなかったのだろう。
責めてるわけではないのだけれど、一生懸命な分融通が利かないシアナスは、ランシェリスに会う前の私みたいだ。
「私一人なら逃げる隙も作れる。けれど罠であった場合」
私はランシェリスから借り受けた物がもう一つある。
暗踞の森のドライアドに貰った命を助ける葉。
効果はロミーというウンディーネで確かに見た。
呪いにも等しい死の関係を一時的にでも止めたこの葉の効果なら、ただの人間に私は殺されない。
「…………逃げてください。私は、残ります」
シアナスは悲壮な顔で私が葉を直してある上着の位置を見据えた。
その目には確かな死の恐れがある。
それでも残ると口にした、その覚悟を汚さないためには、これ以上の忠告はしないほうがいい。
「遅れずついて行きますくらいは、次の時言えるようになっていてね」
私の言葉にシアナスは目を見開く。
笑いかけたけれど、軽口を本気に取ってしまったのか顔を俯けた。
シアナスが従騎士になった時、従う騎士は私だ。
姉妹の契りは昇進でも変わらない。
この先も続く関係を思えばもう少し腕に自信が持てるくらいにはなってもらいたい。
「初めてお声をかけていただいた時から、ずっと、思っていました…………。ローズさまは、私には勿体ない、姉です」
珍しいこともある。
曲げては進めないと思い決めるほど頑固なシアナスは、他人を大きく貶めることも持ち上げることもない。
そのシアナスが口にするなら、これは心からの言葉なのだろう。
「ふふ、私の妹と胸を張って名乗れるようになれくらいが本当は言うべきでしょううけど。そう言われると、シアナスにいつまでも見上げていてもらえる姉であり続けたいと思ってしまうわね」
「きっと…………ずっと、ローズさまは…………」
シアナスは感極まったように目元を拭って言葉を詰まらせた。
大グリフォンの街から北東。
竜泉と呼ばれる洞窟で、僕は魔王石のオブシディアンを前にしていた。
ちなみにもう三頭三口六目という幻象種は帰ってる。
そして他のひとたちは、岩の下半身を折り重ねて壁にしたヴァラを盾にしていた。
「何故わし!? そこの図体のでかいドラゴンを盾にすればよいじゃろう!」
「貴様は一度仔馬の角を受けて表面削れる程度だっただろう」
「うむ、我の盟友はその角の一撃で足を折られた」
ナーガのヴァラが文句を言うと、グライフとヴィドランドルが淡々と理由を答える。
と言ってもグライフはロベロと上空に逃げてるから、ヴァラを盾にしてるのはヴィドランドルと干物ドラゴンと人化したワイアームだった。
「ねぇ、もういい? オブシディアン拾うよ?」
「前回己でも理解できない状態に陥っておいて軽いな」
「なんでもいいからさっさとやればいいだろ」
ワイアームが文句を言うと、ロベロは飽きぎみに急かした。
いいみたいだから、僕は人化した手でオブシディアンを拾う。
途端に予期した暗転が起こった。
「…………あ、ワンルームだ」
気づけば心象風景のワンルームにいた。
床には間接照明なんかが乱雑に落ちていて、白い壁を照らしてる。
「なんか灯り増えた? 天井は、うん、夜空。あと、あれって窓だよね?」
久しぶりに見た心象風景の左手には、壁に窓が四つ並んでる。
一番近くの窓からは外光が差し込んでた。
その上窓に合わせてパソコンの位置が変わってる。
「わ、草原だ。空も青空! …………天空の城が浮かんでる?」
遠いけど石の塊の上に城と木々が生い茂った物が空にある。
「うん、不思議。不思議だけど、同じ並びの窓なのに他は外から光入ってないのなんで?」
気になって、僕は次の窓へ向かった。
けど、窓だと思ったら鏡だった。
うーん、何か違和感があるな。
思いついて指を鏡の表面に当てる。すると鏡像と指先がくっついた。
「これ、マジックミラーだ。向こうからは見えてるのか。…………この散らかった部屋が」
ちょっと恥ずかしいな。
草原には誰もいなかったみたいだけどさ。
「って、室内夜空なのになんで窓の外昼の青空なんだろう? 次の窓は…………カーテン引かれてるだけだねって、レールが壊れてるのかな? 開かないや。そして次の窓は…………ん? 窓の向こうからカーテンかかってる?」
訳がわからない。
これはいったいどういう心境の変化の表れだろ?
「開いてる窓、外からしか見えない窓、開かない窓と隠されてる窓? 四つの窓…………うん? なんか引っかかるな。知ってる、気がする?」
けど思い出せない。
たぶんこれは前世の知識の類だ。
アルフの知識であるパソコンでは探せない。
「前世の知識も検索できるものがこの部屋にあったらよかった、の、に? え、今何か落ちた?」
振り返るとカーテンのかけられた窓の下にカバンが現われている。
それは初めて心象風景に入った時に見た物で、気づけばこのワンルームからいつの間にか消えていたはずの物。
「なんでいきなり。あ、電子辞書が入ってる。生前使ってたのかな? 家庭の心理学って、これな気がする」
窓と入れるとジョハリの窓とヒットした。
これだと思った途端、視界が狭くなる。
視界が闇に包まれた時、何処かでカーテンの開く音がした気がした。
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