33話:真・乙女トラップ
「もう! 勝手なことしちゃ駄目って言ったのに!」
「む…………、貴様速度を上げたな?」
「もうちょっと悪びれて!」
僕は妖精の集会所で、グライフに角を突きつけていた。
三日前、グライフは僕の目を盗んで王都の上空を飛んだ。
さすがに飛ばれると僕も追えない。本人は偵察とか軽く言って行ったけど、結果として王都の防備と監視体制が強化されました。
で、今また暇を持て余して抜け出そうとしたから、羽ばたこうとした翼に角を突きつけて止めてる。
「せめて偵察なら夜やってよ。昼間に塔のある王都の上飛んだら見つかるに決まってるでしょ」
「ふ、笑止。俺は鳥目だ」
偉そうに言うことじゃないよ。
よし、グライフは夜不能って覚えておこう。
「しかし仔馬、貴様さっきの動きはどうした? 直線以外ではその足の本領を発揮できなかったのではないか?」
「うん、前にそれでグライフに追い詰められたし、小回り効くようにできないかなって思ってたんだ。で、体の大きさ変えられるなら、体の軽さも変えられるんじゃないかと思って。風魔法も結構使えるようになってきたから、グライフの真似して加速にも使ってみた」
馬が小回り効かないのって、体重に振り回されるからだ。軽くしてみると、足への負担が減って上手く方向転換ができた。
それでも体の大きさに比例してかかる圧は、風の魔法で支えつつ、風に乗って行きたい方向へのスタートダッシュを決められるようにしている。
人化の術ほどじゃないけど、魔法って手間暇がかかるのを実感した。
けど、そこはアルフからの知識でやり方がわかってる分、僕はただの初心者よりも楽に習得できてるんだよね。
「…………仔馬?」
アルフのことを考えた途端、胸に不安が押し寄せた。
僕の変化に気づいて、グライフが低く問いかけてくる。
けど、答える余裕がない。なんだろう? すごく嫌な感覚だ。
アルフに何かあった。これは、アルフの感情だ。
辺りに首を振って方向を確かめると、アルフの気配がこちらに向かってるのがわかった。
「アルフが誰かに追われてる。助けに行かなきゃ」
「ほう? 見つかるヘマなどしないと言っていた羽虫が」
僕が走り出すと、グライフは面白がる様子でついて来た。
ガウナとラスバブ、カウィーナは、アルフと一緒に王都の中で情報収集のはず。
無事だといいんだけど。
妖精の集会所から出て、山の斜面を駆け下りる。
行く手からは武装した人間独特の、金属音が混じった足音が聞こえていた。
「兵に追われているようだな」
「グライフ、上から脅かして!」
「ふん、俺に命令するか?」
「命令じゃなくて、お願い!」
僕はグライフを置いて行く勢いで速度を上げた。
「アルフー!」
木々の切れ間まで出ると、跳ぶように走るガウナとラスバブの上をアルフが飛んでいた。
「わー! フォーレン来ちゃ駄目だ!」
アルフが手を振るけど、僕は止まらず兵に向かった。
風を目の前に吹かせて、角が当たらないよう兵士の間を走り回る。
すると僕の姿に隙を見せていた兵士たちは薙ぎ払われたように吹き飛んだ。
僕の魔法の範囲外にいた兵士は、上空から滑空して風を吹かせたグライフに軒並み吹き飛ばされる。
「アルフ、無事?」
「それどころじゃない! いいから逃げろフォーレン!」
アルフが心配してるのは、どうやら僕らしい。
「あー! もう遅いですー!」
「き、来ました! 騎士団です!」
振り返ると、馬に乗った一団があった。
白銀の鎧に小柄な体躯。そしていい匂いを振りまきながら、武器の音を響かせる三十人ほどの集団。
「姫騎士団!?」
「追って来たんだよ! あの妖精見える従者に見つかったんだ」
王都の兵士が徒歩で追い駆け、姫騎士団は馬に乗るタイムラグがあったらしい。
アルフは僕の顔の横に並んで状況を説明してくれた。
「あの従者に見られたままだと、集会所に逃げ込んでも看破される。集会所のほうにはカウィーナを別方向から向かわせてたんだけど」
「忠告を聞く前に、僕が出てきちゃったんだね」
グライフは僕を挟んでアルフとは反対側に降り立った。
「さて、仔馬。もはや逃げ隠れする理由はないが?」
「怪我させちゃ駄目」
「では、手並み拝見と行こうか? 口だけなど許さんぞ」
「えー」
先頭で得物を構えるのは、ツインドリル団長だ。明らかに焦りが見えるけど、退く気はないらしい。
「まさか、グリフォンに続いてユニコーンまで…………!」
「あの妖精が二体の幻象種を操っていると考えるべきかしら?」
「不愉快な勘違いをするな!」
槍を構えた赤毛副団長の言葉に、グライフが威嚇音を上げた。
「あ、今の内にガウナとラスバブは逃げてて。足元に居られると踏みそうだし」
「はーい!」
「集会所で待ってます」
栗毛の短髪従者は、グライフの威嚇に馬共々縮み上がっていて、二人の妖精が木々の中に逃げ込むのを見ていなかった。
「…………そうか、地下で聖剣を弾いたのは、ユニコーンか」
ツインドリル団長が構える剣には、一カ所刃毀れがある。
たぶん、僕の角が当たった部分だ。
「襲って来たから身を守っただけだからね?」
「「「喋った!?」」」
「えー、僕もー?」
幻象種が喋るのって、そんなに珍しいこと?
グライフ、簡単に人化も発音もできてたよ?
と思っていたら、アルフが教えてくれた。
「向こうからすれば、ユニコーンって出会って早々に理性失くす奴だと思ってるんだよ」
「乙女に酔っていても、攻撃されればユニコーンとて反撃に出ると聞くな」
「あー、喋る余裕ないイメージなんだね」
僕たちが喋ってる間に、姫騎士団は揃いの籠手を撫で始める。
燐光を纏ってるから魔法道具なんだろうけど。
と思ったら、目に見えるほどのいい匂いが押し寄せて来た。
「うお!? 魅了の魔法か」
「ほう? 存外惹かれるが、少々誘いとしては無粋よな」
「へー」
そんな魔法あるんだー、とか思ってたら、アルフとグライフからすごい目で見られた。
「おい、羽虫。本当にこいつは大丈夫なのか?」
「いや、け、契約上は大丈夫な、はず!」
「え、何? 心配されてるの、僕?」
問い質す前に、悲鳴染みた声が姫騎士団から上がった。
「団長! き、効いていません!」
「早まるな! もう一度だ!」
「駄目です! 対象に変化なし!」
「ありえない! あれはユニコーンでしょう!?」
「は! もしやユニコーンの姿を模した別の妖精!?」
「「「それだ!」」」
どれだ?
「僕はユニコーンだよ、たぶん」
「なんでそこで自信なさげなんだよ?」
「だって、普通じゃないってアルフたちが言うから」
「ちなみに仔馬。あれらは本当に全員が乙女か?」
グライフの何げない問いに、姫騎士団が殺気立った。
なんかすごい侮辱を聞いたみたいな反応だ。そして何故か僕が睨まれてる。
これって、答えたほうがいいの? 言って怒らない?
「全員、ちゃんと乙女だよ」
「では何故、この魅了籠手が効かない!?」
なんか、赤毛副団長が怒ったように言ってまた籠手の魅了魔法を起動した。
起動したのは目に見える燐光に変化があるからわかるんだけど…………。
「あれって、どういう意味があるの?」
「くく…………」
「ぷふ!」
グライフは小さく笑って、アルフは両手で口を覆って笑いを堪えた。
僕の声を聞いた赤毛副団長は愕然としてる。
うん、良く見ると姫騎士団のほとんどが信じられないような顔で僕を見てた。
「ちゃんと、いい匂いが濃くなったのはわかるんだけど。この場合、ユニコーンとして僕ってどう反応するのが正しいの?」
「ふっははははは!」
「だ、駄目だ! あは、笑っちゃ、かわいそ、あ、あはははは!」
笑って喋れなくなったアルフから、魅了魔法についての知識が送られて来た。
相手の精神を引きつける魔法で、少しでも魅力を感じるとその感情を倍加してしまうらしい。感情という御しがたい部分を攻撃するから、少しでも感情が湧くとかかる魔法なんだそうだ。
えっと、つまり…………効かない僕は微塵も姫騎士団が魅力的に映らなかった、と?
グライフも惹かれるって言ったくらいだから、本当に少しぐらついてもかかるんだと思うけど。
いや、いい匂いはしてるよ? 美人が多いのもわかるよ?
でも正気を失うほどじゃないだけで。
あ、そうか。間接的にお前らに魅力なんてねーよ、思い上がるなって言ってるようなものなのか!
「…………なんか、ごめんなさい」
「貴様! 我々を愚弄するか!」
えー!? 謝ったのにツインドリル団長が怒ったー!?
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