319話:三頭三口六目の反乱
大グリフォンが魔王石を捨てたという竜泉を前にした山の中。
現われた幻象種の兵は比較的人間に似ていた。
といっても両肩から黒い蛇が生えてる。
なんか見た感じ毒蛇で、しかも気性が荒そうだ。
兵たちはお互いの蛇が噛み合わない距離を保ってた。
「あれらは山の麓に住む三頭三口六目じゃな」
ナーガのヴァラが知ってる幻象種らしい。
ナーガラジャのことも知ってたし、もしかして昔この辺りにいたのかな?
ヴァラは口があるから言葉で喋ってるけど、その発音が僕にはわからない。
聞くのは英語なのに頭の中で日本語にするみたいな感覚で意味だけはわかった。
「ここってこの幻象種の土地だったりするの?」
僕が怖がられないように人化して話している内に、兵たちが木々の間からこちらを窺いつつ近づいてきた。
三頭三口六目は、寒くないからか腰巻と胸当てだけの簡素な恰好。
手には槍や盾を持ち、蛇も含めて六個はある目がすごく戸惑ってる。
「し、失礼だが、そちらは何者だろうか?」
腰巻に胸当ては同じなんだけど、頭に筒状の目立つ帽子を被ったたぶん偉いひとが聞いて来た。
僕とワイアームは人化してるけど、上にはグライフ、後ろにはロベロにヴァラ。
横には骸骨のヴィドランドルと干物ドラゴンという物騒な集団だ。
「何者? これってなんて答えればいいの? ヴァラ、この辺り詳しいなら任せるけど」
「まぁ、何を言っても怪しいことには変わらぬだろうがの。あー…………わしらはここより西から来たのじゃ。この先の竜泉のナーガラジャがいなくなった後に異変があると聞いて様子を見に来た。見てのとおり腕に覚えのある者だけなのはそのためじゃ」
適当にそれらしい説明をするけど、大きくは違わないな。
それに魔王石って言ってもこっちで通じるかわからないし。
それに大グリフォンの名前を出さないのはもしかして仲悪いからかな?
あ、盾を持つ兵が上空のグライフを警戒してる。
「で、では、我が族の王に呼ばれたわけではないのだな?」
「君たちの王さま? なんで?」
「ふむ、どうやらこの者どもは正規の兵ではないようだぞ」
グライフが上から降りて来てそう言った。
「街のほうで戦火が上がっているようだ。城が襲われているのに兵がこんな所にうろついているものか」
どうやらグライフは三頭三口六目の街で異変が起こっているのが見えたらしい。
偉いだろうひとは覚悟を決めた顔で頷いた。
「いかにも。我ら義勇兵として集まった警備隊だ」
どうでもいいけど毒蛇たちが僕を凝視してくる。
多頭って森のケルベロスで見慣れてるから、たぶんこの三頭三口六目って幻象種も肩の蛇と脳は別なんだろうな。
となると、毒蛇のほうは本能的に毒の利かない僕の正体に気づいてるのかもしれない。
で、喋ってる人間っぽい真ん中のひとは気づいていない、と。
「お前今、絶対全く別のこと考えてるだろ」
「あれ? なんでわかったの、ロベロ?」
「敵にするととんでもない発想で攻めてくるが、基本的に言動は素直だ。それで、今何を考えていた?」
「森にケルベロスって頭が三つある怪物がいるんだよ。追いかけっこして遊んだりするんだけど、頭三つあっても体動かすのに支障ないんだ。多頭の生き物ってどういう思考で体動かしてるのかなぁってちょっと不思議に思ってた」
聞かれたから答えたのに、ヴィドランドルにドン引かれた。
ワイアームも睨むように僕を見てる。
けど他はわからない顔で、三頭三口六目もこっちの空気が変わったことに困っていた。
「何故冥府に据えられた怪物を知っている?」
ワイアームはどうやら冥府の穴が閉じてること知らなかったらしい。
たぶんヴィドランドルもケルベロスが何か知ってるから森にいるなんて思わなかったのか。
説明しようとしたらグライフに羽根で叩かれる。
「知りたければ森で見てみればいい。そんなことより仔馬、これらはどうするのだ?」
「え、別にどうもしないよ。反乱起こしてこっちに迷惑かけないなら、本人たちの問題だし」
「だそうだ」
グライフが投げやりに偉いひとへ言うと、明らかに困惑してた。
そして周りの仲間を見て僕を見る。
「あ、あなた方を率いているのは、そこの少女なのですか?」
「…………それ、久しぶりに言われた」
そう言えばこの顔だったよ。
そして人間みたいな顔の幻象種もいるこの辺りなら、僕のこの顔やっぱり女の子の部類だって認識されるんだ。
僕が地味に落ち込んでいると、ロベロが何げなく言った。
「こいつは男だぞ」
「「「は!?」」」
「え? なんでみんなまで…………そう言えば元の姿で服も来てなかった時に会ったのグライフとロベロだけ…………でもワイアームは見てるはずだよね?」
ドワーフの国で大きくなって服は大破してる。
「そなたを前にまず見るのは角であって股の間ではないわ」
そう言えば後ろ取られてないな。
ってことは僕が男だって気づいてなかったのか。
「く、アルフのせいで…………」
「いい加減己の力で人化しろ、仔馬」
グライフの言葉で僕の顔の理由わかったらしい。
幻象種のヴァラは飽きれてて、元妖精のワイアームは馬鹿にした目をしてる。
元人間のヴィドランドルだけが、なんか改めて僕の姿を観察するように見始めた。
「しようとしたことあるんだけど上手く行かなかったんだよ。アルフにも相談したことあるけど、たぶんこの顔を僕が自分の顔だって認識してしまったからだって」
鏡見た後だったせいだろうって言われたんだよね。
正直鏡を見たこと後悔したよ。
「エルフの国では好き勝手していたじゃろう。ここでも騒ぎに突っ込んでいくかと思ったのだがの」
「ヴァラ、そんな風に思ってたの? あれは流浪の民止める目的もあったからだって。敵の敵は味方、みたいな? それにまだ止める余地あったし。けどここではもう反乱起きてるんでしょ? 今から行っても止められないよ」
って言ったら当の三頭三口六目が微妙な顔をした。
どうやら僕たちに乗り込まれると負けそうな力しか持ってないらしい。
「それにさ、ここの異変のせいで反乱起きてるんじゃないの? 止めるなら竜泉をどうにかするべきじゃない?」
「そ、それはどういう意味でしょう?」
三頭三口六目に聞かれて、僕はちょっとこの辺りに詳しいグライフとヴァラを見た。
「魔王石とか魔王って知ってるの? 大グリフォンは知ってたみたいだけど」
「知らんだろうな。俺も西に行ってからそうだったのだろうと思ったくらいだ」
「大グリフォンはドワーフの国の産物を求めることもある。その時に聞き及んだのじゃろうな」
つまり三頭三口六目は魔王石を生み出した魔王の時点で知らない。
だったら説明しても長くなるだけだ。
僕は偉いひとに向き直って固有名詞を省いた。
「西から持ち込まれた悪い物がここにあるって聞いて回収しに来たんだよ。周りに迷惑かけるだけの物だし、西に持ち帰るつもり」
「下手に触ると呪われる、知らず側にあれば巻き込まれる。碌でもない呪物だ」
「関わって痛い目を見た本人がこう言ってるよ」
本当のこと言ったらワイアームに牙をむかれた。
人化してるけど歯が鋭い。
そう言えばクローテリアも人化した幼女姿でも牙あったなぁ。
っていうか人化してるとクローテリアの面影あるし、うん、怖くない。
「それほどの威を持つ存在が…………」
どうやら三頭三口六目にとっては人化しててもワイアームは怖かったらしい。
「じ、実は今の王は暴虐の王で善良な先王を殺して王位を奪ったのです。ですが死体が見つからず最初は行方不明で周辺を捜したのですが、それでも見つからず」
王不在の間に今の王が容疑をかけて政敵を殺し、そして王になったそうだ。
「つまり、暴虐の王に反乱を起こした今、先代の王の遺体をなんとしても見つけて反乱の正当性にしたい、と」
「はい。先王の妃は今の王に取り入って妃の座に居続け、先王の時から不貞があったのではないかとさえ噂されていたのですが。妃は先王殺害を自白させるために取り入り、ついにここへ誘き出して殺し、死体を竜泉に蹴り落としたと聞き出したのです」
「うわー」
反乱やむなしだなぁ。
どうやらその妃の証言で義勇兵が集まり、この警備隊は妃の証言を元に竜泉を確かめに来ていたようだ。
そこに僕たちがいることで、暴虐の王が応援を呼んだのかと警戒したらしい。
「実は竜泉に怨霊が現われると噂になっていたのです。妃の話からすれば、非業の死の果てに弔われもしなかった先王の霊ではと」
「あー、なるほど。じゃあ、一緒に行く? 目的は別みたいだし、邪魔し合うわけでもなさそうだし」
「よろしいのですか? 我々も浄化の神官を連れてはいますが、周辺で霊障に当てられ凶暴化した獣の対処までは難しく。遺体の捜索と身の安全に不安を覚えていたのです」
「そんなのいたっけ? …………あ、逃げたのか」
みんなの顔見てわかったよ。
だからそんな呆れた顔しないでよ。
よく見ると三頭三口六目は真新しい傷を大なり小なり負っている。
僕の申し出は渡りに船だったようだ。
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