317話:ナーガの竜泉
「平に平にご容赦を。どうかご移動をお願いいたします」
大グリフォンの街のひとからそう懇願された。
大きくて邪魔なこともあるけど何より僕たちがたむろしてると怖いらしい。
「あの…………決着はどのように?」
街のひとが大グリフォンに窺う。
「あ、そう言えば大グリフォンに勝つと街の支配交代するんだっけ?」
「なんだ仔馬、住処をここに変えるのか?」
「え、やだよ。グリフォンばっかりいるなら僕狙われ放題じゃないか」
「全員追い出せ」
「しないよ。元から森に戻るつもりだったし、グライフが嗾けなきゃ大グリフォンと戦う気もなかったのに」
「それ以上喋るな。ユニコーンという種の存在が揺らぐばかりだ」
なんでか僕が大グリフォンに怒られた。
よくわからないけど、僕は大グリフォンの街なんかいらないってことは伝わったかな?
「君がこの街を治めるのに、負けたままでもいいの?」
確認したらいきなり前足で潰されそうになった。
その上鳴いて威圧される。
周りの住人が倒れるのを見ると、なんだか申し訳ない気持ちになった。
完全に巻き込まれ事故だ。
「貴様は本当に不用意に喧嘩を売るな」
「グライフ、僕そんなつもりじゃなかったんだけど。悪いこと言ったんだったらごめん」
謝ったのに今度は大グリフォンが嘴を鳴らす。
「本当になんだこいつは。元より番さえ作らぬユニコーンなどに他者を支配できるものか。己の力を疑い挑むならば引き裂くのみ。貴様にとやかく言われることではない」
大グリフォンに怒られながら、僕たちは宮殿の広間に通された。
大グリフォンの大きさに合わせて広いそこに、僕は改めてアルフと連絡する魔法陣を敷いた。
で、今の話の内容を教える。
「街の奴に望まれたってやめといたほうがいいだろうな。フォーレン俺が妖精の守護者って決めたから、譲られたところでここの精霊が街平らにして出て行くぜ?」
とんでもないことを言われた。
けど大グリフォンは頷てる。
僕はどうやら嵐の精霊に嫌われたらしい。
「自らが加護を与える種の羽根を毟れば当たり前じゃよ」
「その上己の権能を奪って加護を与える者を攻撃させたのならなおのことだな」
幻象種のヴァラと元妖精のワイアームからしたら当たり前のことらしい。
うーん、あの雷曲げる攻撃が駄目だったようだ。
「えーと、それでなんだっけ? オブシディアンを月の川辺に捨てたってんでフォーレン怒ったんだっけ。の割にはグリフォンになんともないってことは、フォーレン暴れなかったのか?」
「そんなことで暴れないよ。暴れたっても意味ないじゃん」
「憂さ晴らしくらいにしかならないし、今やってもオブシディアンの場所わからなくなるだけだからそれでいいと思うぜ」
僕に賛同してくれたアルフを見て、ヴィドランドルが骨の顎を擦る。
「ふーむ、このユニコーンが大人しく知性あるのは妖精王の薫陶と思って良いのか?」
「大人しく知性あるぅ? こいつやること無茶苦茶じゃねぇか」
ロベロがなんか文句をつけて来た。
「幻象種からしたらそうだろうけど、フォーレンは俺の影響かユニコーン的な常識より人間との暮らしに近いところを常識として覚えちまったみたいでな」
「羽虫の悪影響だな」
「あっちで暮らす分にはお前のほうが問題あるからな、この傲慢グリフォン」
アルフはグライフを睨んでから大グリフォンに向き直る。
「魔王石はこっちで生み出されたもんだし、回収に異論はあるか?」
「元より望んで得た物ではない。本来ならば落とし前をつけろと言うところだが、貴様らが居座るのもまた不快だ」
うーん、グライフの父親だなぁ。何処までも偉そう。
そして笑顔で僕の側に控えるウェベンもやっぱり悪魔だなぁ。
なんの後悔も反省もなさそうだ。
今回のことは、力示して大グリフォンに認められたとでも思えばいいのかな?
僕は殺すつもりなかったし、最初から勝負にもなってないって思えば負けもない?
「捨てたからにはそれを誰が拾おうと感知せん。だが、あまりにも常軌を逸した貴様が手にすることが後々の問題となる可能性が大いにある。何故ここまで取りに来たかを話せ」
「何もしないし、必要なら用が済んだ後返すよ?」
「いらんわ!」
大グリフォンに怒られたからアルフを見る。
するとアルフはその場の全員を見る。
「フォーレンに喧嘩売ってまで人間に与する奴いなさそうだし、話してもいいと思うぜ。俺な、今封印されて消えるかも知れねぇんだ」
うん、軽い。
そして周りは真実として受け入れているかどうか微妙な沈黙だ。
「流浪の民って人間が魔王石で魔王を復活させようとしてて、アルフの持つダイヤモンド狙ってたんだ。それで、受肉した悪魔送り込んで来てアルフ封印されちゃって」
僕が説明を続けてもまだ沈黙が続く。
というか信じられないような顔をそれぞれがしてる気がする。
何か変なこと言ったかな?
すると僕の困惑を見て、グライフが説明を捕捉してくれた。
「封印の性質上精神体をも殺せる強固なものだった。だが、精神を繋いだこの仔馬が封印の外にいたため猶予を得た。…………その上で、中から崩すために封印に魔王石を放り込んでいる。すでに四つの魔王石が取り込まれた後だ」
グライフの説明を聞いて、大グリフォンが沈痛さを感じる声で言う。
「…………よもや妖精王の時点で気が違っているとは」
「おい、失礼過ぎるだろ。場合によっちゃ、魔王石自体を完全封印できそうな代物なんだぞ。四つ取り込んでもまだ封印維持してんだから俺じゃなくて封印作った魔王のほうが変なんだって!」
アルフの抗議にワイアームとヴィドランドルが反応した。
「何!? カーネリアンの気配がなくなったのはその封印のせいか!」
「魔王が作った封印!? わしを千年近く封じたあれか? それともまた違う封印か?」
「えーと、繋がりを断ち切る封印って言ってたからたぶん気配がしないのはそうだと思う。あと封印は鉛の塊みたいなものにアルフを魔王石毎取り込んじゃってて、魔法学園にあった石碑とはだいぶ違うんじゃないかな」
ヴァラとロベロは幻象種らしく魔王にはあまり興味がないようだ。
「噂に聞くだけの人物じゃったが。なるほど音に聞こえるだけの傑物であったようじゃな」
「そいつ確か俺らの同族を北のほうで狩りまくって鎧の材料にした奴だな」
魔王軍は竜装備だったらしい。
新しい発見だ。
大グリフォンは、アルフを睨むように見下ろした。
「自ら破滅の道を歩んでなんとする?」
「留まっていても破滅しかないなら自分で道作ったほうがいくらか建設的だろ」
「…………わかっていてやっているわけか」
「勝算はあってやってるんだっての。なんせ俺には最強の守護者ついてるし?」
もしかしてそれ僕のこと?
アルフを見たら笑われた。
本当に危機感ないなぁ。
「予定立ってるのも含めて、少なくともこの五百年、魔王石を短期間にこれだけの数集められた奴はいない。年を経たグリフォンさえ捨てるしかなかった物を、フォーレンは平気な顔して拾い集めてくるんだ。最強だろ?」
「もういい。貴様らの頭抜けた異常性を計るだけ無駄だ」
大グリフォンは投げやりに話を切り上げた。
「己はあれが魔王石と知り宝足りえんとして捨てた。だが時を経て我が手に戻って来ることがわかった。故に戻るまでの時間のかかる場所、月の川辺へと捨てた」
大グリフォンも戻って来た時のことを考えて、オブシディアンが今何処にあるかの推測は立てているそうだ。
「すでに魔王石は月の川辺にはない。周辺へ戻ってきている」
「でも君は持ってないんでしょ?」
「近く我が手に戻る場所まで来たので、持つ者が死んで戻るならば死なぬ者に持たせようとある場所へ捨て直した」
わー、すごい発想。
「ここより東北にある山中の穴、竜泉へと捨てた」
「はぁ!?」
声を上げたのはナーガのヴァラだ。
「ヴァラ、知ってるの?」
「りゅ、りゅ、りゅ、竜泉じゃと!? そこはかつて水のナーガラジャが住んでいたはずじゃ! 我らの王になんてことをしてくれる!」
「うるさいぞ、岩のナーガ。あそこにいたナーガラジャはすでに居を変えた。確か水害を起こしたことで争いとなり、東より来た陽人の王子が説き伏せて住まいを変えさせたそうだ」
すでにナーガラジャという者がいないと聞いてヴァラは安心したようだ。
なので僕はアルフに聞く。
「ナーガラジャとか、陽人って何?」
「ナーガラジャは言ったとおりナーガの王。東のほうに行くとドラゴンって蛇みたいなやつを呼ぶんだけど、ナーガラジャはその蛇みたいな龍のことだ」
グライフが横から嫌そうに教えてくれた。
「陽人は太陽のように自らが光る面倒な奴らでな。争いごとを嫌いまず話し合いなどと言って目を潰しに来る。怯む間に襲ってくることはないが、ただただ迷惑だ」
えーと、悪い種族ではないらしい?
洪水を起こしたナーガラジャを陽人が竜泉という場所から連れ出し、周辺の住民を救ったという話のようだ。
「あれ? でもそこナーガラジャいなくなったなら今は何がいるの?」
「知らん。だが、何度か周辺の者たちが討伐に出たが倒せなかったらしい。故に放り込んだ。出て来るならそれで倒せばいい」
うわ、大雑把。
破滅してくれればそれでいいし、魔王石に反応して出て来るなら倒すって。
考えてはいるんだろうけど、なんだかなぁ。
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