314話:おかしい前提
他視点入り
「…………おかしい」
私の声にシアナスが身を硬くする。
「何処からも返事がないなんて異常事態よ」
「すみません」
「あなたが謝ることではないわ。…………手紙が届いていない可能性が高いわね」
ジッテルライヒでの異変を私はランシェリスに報告した。
伝書に使った鳥が野生動物に襲われた可能性や、狩人に盗られた可能性もある。
もちろん暗号化しているので情報漏洩の危険はないものの、詳細を問う返信さえないとなると、ランシェリスに届いていない可能性が高い。
手配は従者であった頃からシアナスがしていたので、職務上の不手際を責められたとでも思ってしまったのだろう。
シアナスの落ち度である可能性もあるけれど、これは違うだろう。
「ヴァーンジーン司祭に止められているわね」
「そんな! あの方に怪しい動きはありません!」
私の推測に、シアナスは力いっぱい否定する。
「シアナス、あの方はここの教区長なのだから本人が動く必要はないのよ」
私が考え込むと、否定できないシアナスも黙る。
私が報せを送った先はランシェリス、ヘイリンペリアム、ビーンセイズ、エイアーナ。
何処からも返信はなく、届いていないと思うほかない。
止められたならジッテルライヒ内だ。
「ヘイリンペリアムから人を呼ぶことさえ止められたのは困ったわね」
ヘイリンペリアムには第一線を退いた姫騎士が残っている。
結婚もしくは怪我により、事務方に収まった元騎士で、旅に支障がなければ同行することもある。
今ヘイリンペリアムに残っているのは長期の旅や戦闘について行けない者。
けれど判断力や処理能力は健在だ。
そうした人員をジッテルライヒに呼べれば思ったけれど、それさえ止められたようだ。
「姫騎士団の鳥はランシェリスに辿り着いていない。ヘイリンペリアムの人員も呼べない。エイアーナの教会へも届かず、ビーンセイズへのヴァーンジーン司祭に対する問い合わせも反応なし」
他に打てる手は何があるか。
「…………副団長、エイアーナに戻られますか?」
「そうね、確かに自ら動いたほうが現状早いわね」
本来の目的はエイアーナ周辺で動ける事務方人員の調達。
けれどそれは地下の件で難しくなっている。
ジッテルライヒは今、静かな混乱の渦中にあった。
いつから地下にいたのかを調べるため文官たちは古文書をあさっている。
教会の人員も古文が読めるため貸出中だ。
同時に調べられては困る冥府の穴を隠蔽する必要があるため、ヴァーンジーン司祭も対応中。
「あの、やはり、お忙しいヴァーンジーン司祭が何かできるとは思えません」
「忙しそうにしてるのは見せかけかもしれないわ。地下探索の人員選定までに時間を取っている。その間に仕込みを終えているのかも」
「副団長、まだあの方を疑うには早すぎるように思います」
シアナスは必死の目をして私の疑いを晴らそうと言葉を探してる。
確かに物証はない。
状況証拠も弱い。
根拠は私の勘なのだから根拠にもならない。
「それでもね、シアナス。疑って遅いことはあっても早くて困ることはないのよ」
これは私が今まで培ってきた実感だ。
騙し偽る魔物を相手にしてきた。
いっそ常に疑う心持ちが必要なのは何も魔物に限らないことも経験で知っている。
その上で信じるべきは何かを見極めるようにあろうとはしているけれど。
シアナスは耐えるように硬く唇を閉じると、手を差し出す。
そこには一枚の紙が握られていた。
「…………東教区の方から、ヴァーンジーン司祭が密会を持ったらしいとの情報です」
差し出すのは走り書き。
東教区からの使者が人目をはばかってシアナスに渡したのだろう。
見るからに怪しい人物との密会を告げる内容は、それだけならただの邪推だ。
けれどその相手の簡単な服装が私の警戒感を刺激した。
「魔除けと思われるアクセサリーに、浅黒い肌」
流浪の民の特徴と同じだ。
ヴァーンジーン司祭は流浪の民と繋がっている?
ありえるのだろうか?
いえ、ビーンセイズでは王宮に入り込んでいた。
なら何処にでも入り込んでいる可能性を考慮すべきだろう。
「まさか、神殿の魔王石を狙うためにヘイリンペリアムに所縁のあるヴァーンジーン司祭に?」
「ヘイリンペリアムに、そうか」
私の呟きでシアナスも声を漏らす。
紙の内容知っていたはずだ。
そうでなければあんな顔はしない。
けれどなんの理由で、この情報を私にもたらされたのかまではわかっていなかったのだろう。
まだまだその辺りの経験が足りない。
従騎士になるなら戦場が主で公に発言する機会もないも同然。
知らなくても…………。
「いえ、これも経験ね」
「副団長?」
「まずこの相手が流浪の民であるかどうかを確かめるわ。所在を捜して。人員を増やすことはできない今、あなたしかいないわ。できるわね?」
「はい」
まだ東教区の邪推の可能性が捨てきれない。
けれどこちらでは東ほど流浪の民はいないのだから、わざわざこの情報をもたらす意義を知らないはず。
いえ、いるのだろうけれど危険な勢力とは認知されていない。
遠く東の邪教徒程度の認識だろう。
「…………魔王を侮った西の国々もそうだったのかもしれないわね」
私は魔王信奉者への警戒を一段高めるよう心がけた。
えーと、大グリフォンの街まで被害者の会が来た。
さすがに頭数と力があるせいか、大グリフォンも警戒しつつ様子見のようだ。
襲って来られるよりはいいんだけど、グライフが僕とアルフについて話し始めた。
出会って精神繋いで魔王石を探しをして、その後は森で妖精の守護者になってという流れだ。
「…………己は何か、恐ろしいものの一端を聞いているのか?」
大グリフォンが神妙にそんな感想を言う。
どういう意味だろ?
褒められてないことだけは雰囲気でわかるんだけどな。
「正直そこまでとは思ってなかったぜ…………」
「よ、妖精に好かれる程度かと。妖精王の権能の委譲とはまた」
飛竜のロベロとナーガのヴァラもなんだか引いてる?
真剣な雰囲気なのはリッチのヴィドランドルだけだ。
「いっそ妖精王による幻象種への侵攻の一端ではなかろうか?」
「それは妖精王の存在意義とは違う。だが、長く魔王石に触れていたせいで妖精王のほうが狂っている可能性はあるやもしれんな」
なんかヴィドランドルと一緒にワイアームまで不穏なことを言い出した。
アルフ、あれが素だと思うけどなぁ。
被害者の会がやいやい言い出すと、大グリフォンが一声鳴いた。
「黙れ小僧ども」
不機嫌に尻尾で地面を打つとそれだけでちょっと揺れるからやめてほしいなぁ。
「妖精王というのは魔王石を保持して無事であるのか?」
「ずっと封印してたらしいよ。使わないことが前提だけど」
「森という縄張りの中、己の側近くに置くことで自らの影響力を最大限に引き出し魔王石の悪影響を打ち消すと言ったところだな。やろうと思ってできる者など同じ妖精以外おるまい」
グライフが言うことはよくわからないけど、たぶん大グリフォンには無理らしいってことはわかった。
っていうか魔王石で無事な奴いるのかなんて聞くってことはさ…………。
「オブシディアンまだ持ってる?」
大グリフォンが不機嫌に嘴を鳴らす。
それ自体はグライフと同じなんだけど、大きさ違うからガッツンガッツン音がする。
威圧感も強いなぁ。
「聞いてなんとする?」
うわー、不機嫌。
僕が喋ろうとするとグライフが先に言った。
「仔馬、元凶を呼べ」
「え、ウェベンのこと? なんで?」
「自ら話させるべきだ」
なんかグライフも不機嫌だ。
絶対いいことにはならないと思うんだけどな。
「うるさくなるだけじゃない? ウェベンいても、僕以外に真面目に対応しないよ」
「…………精霊の力ならばあの悪魔に効くかも知れんぞ?」
「それはちょっと興味ある。うーん、悪魔のいるべきところに帰ってくれたほうが一番安全ではあるよね」
「今度は何する気だよ、お前ら」
ロベロが嫌そうに確認して来た。
「僕ちょっと困った悪魔に取り憑かれちゃって。ここに魔王石があるって教えてくれたんだけど、性格がねぇ」
「このユニコーンを困らせる悪魔とはいったい」
ヴィドランドルが言いながら下がるけど、ヴァラとワイアームは人間に害なす悪魔だからか気にしないみたい。
けどたぶんヴィドランドルが正解だ。
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