309話:大グリフォンの街
大グリフォンの街に着いた。
見上げる城塞都市の入り口は左右に別れた階段を二つ登らなければいけない。
その上入り口の両脇には見るからにグリフォンが二体見張ってる。
「高いし壁で中見えないね。それに出入りするひとがすごく多い」
「今見えているのは歩きの門と呼ばれる場所だ。他には荷車を引いては入れる商人の門や羽根のある者たちが入る飛翔の門がある」
なんだかグリフォンの街らしいな。
僕らは遠目に大グリフォンの街を眺めている。
周辺は相変わらず草木の少ない荒野だ。
それでも灌漑設備や畑が城塞都市の周辺に広がっていて文明的な暮らしは想像できた。
「基礎は石でできてるみたいだけど、上は土壁?」
「日干し煉瓦だ。その上から白い仕上げ剤を塗っている。表面を平らに仕上げてあるため爪がかかりにくいぞ」
「飛んで入る相手への備えはどうなってるの?」
「…………あれで必要だと思うのか?」
グライフに言われて僕は上を見る。
わー、グリフォンばっかり。
雀や鳩や烏の勢いで当たり前に飛び交ってる。
うん、上から行ったら絶対喧嘩吹っ掛けられるね。
「門以外から入る者は襲っても問題にされん。街の中でグリフォン以外が飛ぶと即座に叩き落とされる。嫌なら相手より強いことを示せ」
「飛ぶ予定はないからいいよ」
予想どおり物騒な街だ。
いっそグライフの故郷の割に秩序はあると思うべきなのかな?
「よし、それじゃ調べる前にアルフに連絡しよう」
「どう調べるつもりだ、仔馬?」
「まずは出入りしてるひとから話聞くかな。初雪がいつになるかもわからないし、場合によっては話聞いただけで帰ることになるかも」
言った途端グライフに首根っこ掴まれた。
僕もグライフも今は人化中で、明らかに今は僕のほうが体格は劣る。
体格差のせいで僕は足が浮いた。
「つまらぬことを言うな。行くぞ」
「え、え!? ちょっと、まさか中に入る気!?」
「持っているのならば宮殿を見ればわかろう。俺も実物を見たからな。気配があればわかる」
「待ってまだアルフに! っていうか、いいの? 戻ったら面倒なことになるんじゃない?」
知るかと言わんばかりに笑われた。
嫌な予感しかしない。
けどこの状態で暴れるとグライフとやり合うことになるし、そうなると上のグリフォン寄ってくるし…………どうするのが正解なんだろう?
そうして迷っている内に、僕は強制的に都市に入るひとの列に並ばされる。
うん、わかってたけど人間いないな。
その中にグリフォンのような姿だけど人間の女性の顔をした幻象種がいた。
「あの人もグリフォンなの?」
「違う。あれは獅身女という。俺たちよりも怪物のスフィンクスに似ているぞ。大きさは随分と違うがな」
「じゃ、あっちのフクロウ肩に乗せた女の人は? あ、足が鳥だ」
「羽根も生えるぞ。あれはキンキルリルラケという」
「へ? あ、鳥の足の女って意味か」
こっちの言葉にはアルフの知識が非対応だ。
言葉を変えると聞き取れないってこういうことか。
意味の通じる言葉になることもあるけど、聞いたままになることもあるみたいだ。
何を言いたいのかをしっかり聞く気持ちじゃないと、意味のわからない単語になる。
「あまり女に興味を持ちすぎるな。今はいいが夜の精霊が出たら攫われるぞ」
「夜の精霊? 精霊って奉られてるんじゃないの? そんなに簡単に会えるのこっちでは?」
ちょっとはしゃぎ過ぎてきょろきょろしたのは反省するけど、好奇心を刺激することを言うグライフも一端になってると思う。
「ここで奉る精霊はリルだ。そのリルは夜になると一部が夜の精霊となって街に出て来る」
えーと、言葉が違うところあったぞ。
たぶんリルって嵐の精霊って意味だ。
どうも僕は名詞を意識しないとわからなくなるみたいだ。
感覚だけで意味を認識してるとこんがらがるな。
マウント富士山に違和感覚えないような感じに近い。
「リルは吸血性を持つ。攫われれば血を吸われて夜道に打ち捨てられるぞ」
「雑なことするなぁ。けど夜、敵に襲われること心配しなくていいんだね」
そう言えばグリフォンって鳥目だ。
嵐の精霊を信奉する理由はちゃんとあるんだろう。
それから僕は、月の川辺では月の精霊シンを奉ることを教えてもらう。
その間に列はどんどん先へと進んだ。
「ちょうどそこに犬の頭を持つ者がいるだろう。あれは星の精霊を奉る神官だ」
体は人間で頭は鼻先のシュッとした犬。
なんかこんなエジプトの神さまいたな。
目の前に並ぶ人は中国の仙人のように頭が長い。
けど羽が生えている以外人間と同じ体で今のグライフと変わらなかった。
「そういえばここって入るためにお金いる?」
「いるのは金だな」
わー、グリフォンらしい。
聞くと摘まめるくらいの大きさの金の粒でいいそうだ。
「って、僕金なんて持ってたっけ」
「人間の使う貨幣があろう。あれならば一枚で足りる」
いつの間に僕の所持金把握してるの?
確かに金貨は入ってるけど。
「今出すな。上を飛ぶ阿呆が掠め盗るぞ」
「グリフォンって…………」
頭上を旋回するグリフォンは、大きく回ってるけど狙って滑空すればすぐの距離だ。
「全く。無礼な」
イラッとしてるグライフが、僕を見ると意地悪そうに笑う。
わー、碌なこと思いついてないんだろうなぁ。
「仔馬、倒したほうが早いと思うグリフォンがいたならば頭上を跳び越えろ」
「もしかして、それグリフォン流の喧嘩の売り方? しないよ」
だからグライフ上を飛ぶ相手を叩き落としてたんだ。
あ、ここに来る途中でガルーダに襲いかかったのも喧嘩売られたと思ったのかな?
そんなことを言ってる間に門を守る二対のグリフォンの前についた。
頭の長い有翼人は金の粒を渡して問題なく入る。
「「え…………?」」
僕らの番になると、明らかにグライフを見て固まるグリフォン二体。
「仔馬、さっさと渡せ」
「はいはい」
「いや、その翼よく見せ」
声かけたグリフォンをグライフが本気で睨む。
途端に言いかけたグリフォンは逃げられるように羽根を広げて身を引いた。
もう一体に金貨を渡すとグライフはさっさと歩き出す。
「あ、ちょっと待っ…………どうぞ」
また睨んで黙らせた。
いいのかな?
「わ、すごいね」
中に入って驚く。
ちゃんと街だ!
森の館が入るくらい広い道は、いっそ広すぎるけど平らに整備されている。
グリフォンが治めるなんてどんな世紀末覇者みたいな状況かと思っちゃったよ。
列柱の建物があったり整備された川があったり、グライフの言うとおりグリフォン以外無闇に飛び回る幻象種もいない。
「あの遠くに見えるすごく高い建物は何?」
犬のような四足が生えた蛇とか、目や耳が四つある人間みたいな種族とか、聞きたいことは色々ある。
その中で僕は一番目立つ物について聞いた。
どう見ても四角を積み上げたピラミッドがある。
「あれが大グリフォンの宮殿だ。大半が宝物殿だがな」
なんかあれも世界遺産で似た建物あったな。
正直あんな超高層建築を人間のいない地域で見るとは思わなかった。
けど用途がグリフォンらしい。
そして大グリフォンが魔王石のオブシディアンを直しているならあそこってことか。
「…………ねぇ、グラ」
呼ぼうとしたら口を押えられる。
「俺を呼ぶことは勧めんぞ?」
「いや、それもう今さらじゃない?」
宮殿に向かって歩きながら僕は呆れた。
なのにグライフは知らないふりで笑う。
「なんのことだ?」
「わかって言ってるでしょ。上見てみてよ。烏みたいな勢いでグリフォン集まってきてるからね」
僕たちの上には無数のグリフォンが円を作って飛んでる。
さながら僕たちは台風の目状態。
これ絶対グライフの正体ばれてる。
やっぱり入るんじゃなかったな。
…………もう遅いけど。
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