308話:精霊の領域
他視点入り
「マローネおばあさま。いったいお父さまに何をさせているの?」
私を呼び留める末の孫娘は拗ねた表情も愛らしい。
美しく育った孫は私の自慢の一つ。
浅黒い肌の私の血を引きながら雲のように白い肌を得て生まれたこの子は、流浪の民と呼ばれる我が一族だと見抜ける相手はいないだろう。
「もうすぐ闘技大会だというのに、今年は一緒に観戦できないかもしれないと言われたのよ」
「おや、それは悪かったね。大変な好機でね。あの子には手伝ってもらっているんだよ」
「やっぱりおばあさまのお手伝いなのね。流浪の民から何か連絡が? オイセン、エフェンデルラント、アイベルクスと逃げ出したんだもの。このジェルガだけよね。森に怯えず動けるのは」
私はお喋りが過ぎる孫娘に首を横に振って自室へ誘った。
「いいかい、可愛い子。そのことを言ってはいけない。己の出自は秘匿せねば」
「どうして? 誇り高く知恵深い聖戦士なのでしょう?」
孫娘は不満を表して唇を尖らせる。
魔王さまの不遇、人間と妖精の裏切り、見捨てた人間たちへの憎悪、そうしたものを私はこの子に語り継いだ。
私も魔王さま復活のためこのジェルガエへ、いや、違う。
私はこの才を族長に疎まれ左遷された。
だかこそ私こそが、私の血筋こそが正しく誇り高い存在だと教えた結果だろう。
「今はまだ雌伏の時。焦ってはいけないよ。信じられるのは血を別った者のみだ」
「だったらなおさら私も活躍したいわ。そのためにおばあさまから色々学んだのに」
娘たちでは無理だった。
けれどこの孫娘には私に次ぐ才能があった。
だから私の手練手管を教えている。
どうやらこの女として成長著しい孫娘は自らの力を試したくてうずうずしているようだ。
若い時には国々を飛び回り要人を篭絡して回った私に良く似ている。
流浪の民の影響力を各国に根付かせるための重要人物と前族長には重宝されたものだ。
「おばあさまを重用しなかった族長に私が目に物見せてやるわ。そして息子のほうを篭絡して、さっさとおばあさまを蔑ろにした族長を代替わりさせるのよ」
展望を語る可愛い子。
教えたとおりに真っ直ぐ育った。
この子は私を左遷した族長を追い落とすための毒針だ。
大切にしなければ。
「そうだね。今の族長は大層な臆病者だ。自らの息子の才能にさえ恐れをなして手にかけるとんだ卑怯者だよ。そんな奴に娘をやったのは、私の生涯の汚点さ」
「可哀想なおばあさま。そして叔母さま。素晴らしい世継ぎを産んだら殺されるなんて、馬鹿げてるわ」
そう、娘は族長の息子を産んで殺された。
あいつよりも優れた預言を受けたために、別の預言を受けるための生贄にされ母子共に。
「族を富ませると預言を受けて、どうして殺されなければいけないんだ。しかも預言のために娘を殺すだなんて誰も知らなかった。あいつは知らせなかった」
あの頃娘を使って一族の主要な位置に戻ることを考えていたけれど間違いだった。
預言を受けるための魔王さまの遺産を使い、それを動かすには生贄の血が必要だなどと知っていれば他の手を考えた。
産後すぐの弱った体で大皿一杯の血を抜かれ、娘はそのままこと切れた。
私の情報網だからわかった死の真相であり、他にも族長に娘を差し出した同朋は知らない。
「族長を追い落とすための頭数なら揃えられる。後は私が直接会う口実と功績だ」
「もしかして、いいことがあったの?」
無邪気な孫娘に私は微笑む。
「あぁ。魔王石奪還の功は族長に先んじられたが、その後は失敗続き。今なら相当な効果が見込める」
「まさか、近くに魔王石が?」
私の言葉から察した孫娘が顔を紅潮させて跳びあがった。
「見たい! 見たいわ、おばあさま! とても大きく美しい宝石で、魔王さまのお造りになった宝冠を飾るにふさわしい祝福の宝石!」
「これこれ。声が高いよ」
わかるけれど、私は孫娘を嗜める。
私も存在を知った時にはいっそ頭を抱えた。
何故同じ国にあることに気づかなかったのかと。
そうこのジェルガエに魔王石は転がり込んでいた。
行方知れずとなっていたはずのオパールが。
「私も早く見たいよ。けれど確かに手に入れるためには下準備が必要だ。いつも言っているだろう?」
「えぇ、そうね。わかっているわ。闘技大会よりも楽しみができた!」
「その闘技大会を利用して魔王石を手に入れる算段だ。大大的に私の手に入ったことを一族にも知らしめる。場合によってはお前にも手伝いをお願いしようかね」
「もちろん!」
オパールの持ち主は青二才。
口先だけでも魔王石を掠め取れる。
けれど今回あえて闘技大会という衆人環視を巻き込むことにしたのは、小狡い族長の横やりを拒否するため。
「前のように掠め取られる真似はするまいよ」
ビーンセイズのトルマリンは、かつて私が手に入れるまでを立案実行する予定だった。
それを左遷されて族長が継ぎ、そして手に入れてあたかも自分の功績のように振る舞っている。
「おばあさま、アイベルクスからの影響はないかしら?」
私が渋い顔になると、孫娘も子供っぽかった顔に大人の冷徹さを浮かべる。
「シィグダム王国を狙うのはわかるけれどアイベルクスまで巻き込んだのはことを大きくし過ぎたね。あそこはもう動かせないさ」
結局混乱を広めただけで、どちらの国からも一族の手の者が逃げる羽目になった。
アイベルクスから避難した同朋から情報を引き出し、森襲撃の一部始終を知ったものの、拙速と言わざるを得ない。
「あいつも焼きが回ったかねぇ」
私は呟きながら自然と口が笑みを形作っていた。
魔法陣の描かれた布を敷いて、僕は魔法を発動する。
現われたのは小妖精姿のアルフだった。
「よう、もう報告くれるのか?」
「えっと、思ったよりも大変なことが起きてるみたいだから一応」
僕はまだ断崖の丘が連なる地形の中、月の川辺での異変が続いているかもしれないことをアルフに伝えた。
「うわ、面倒だな。だったらフォーレン、エルフの国にいたグリフォンで大きな怪我を負った奴を見なかったか?」
「え、うーん? グライフとかヴァシリッサに攻撃されたグリフォンならいたけど」
一番目立つ傷があるグリフォンはグライフだった。
「だったら大グリフォンの街は大丈夫じゃないか? 争いがあってあぶれた奴がエルフの国まで逃げてるとかないなら」
「あ、なるほど。ところでアルフ、月の川辺で起きた異変の心当たりとかない?」
「わかんねぇなぁ。ヴァナラは戦争って言ってたからそうだと思ってたけど。確かにヴァナラの戦争くらいでユニコーンがこっちに来るかって言うと」
今はアルフと魔法で繋がってるせいか頭に情報が浮かぶ。
どうやら月の川辺って思ったより大きい地域のことらしい。
馴染みのない地域だから大まかにその辺りを月の川辺って呼んでるそうだ。
ヴァナラたち住人もそう呼んでいるのは、地方名のようなものだから。
「そう言えばこっちに来てからほとんど妖精見てないけど」
「精霊の縄張りだからいないんだ。居つき辛いし、精霊いなくても追い散らされるんだ」
あーグライフと同種が普通にいるらしいしね。
「あれ? 予言をする泉の妖精は?」
「泉が枯れない限りいる、それなりに強い妖精なんだよ。逆に大グリフォンの街近くには泉の妖精しかいないくらいだ」
「この辺りのことをアルフでも知らないんだね」
「妖精女王もあんまり知らねぇな。通ったことはあるから妖精皆無じゃないけど。根付かせられたのは少数だ」
「うっとおしいことをしおって」
僕の後ろで寝転んでるグライフが悪態を吐く。
あえて無視かアルフは気にせず続けた。
「俺の加護もあるけど確実に弱まるから、あんまり普段どおり過信するなよ、フォーレン」
「妖精がいるかいないかで加護の利き具合変わるの?」
「まぁな。俺の影響力がある地域だと効きやすい。あと妖精とか関係ない存在には加護施してもあんまり効かないんだけど、フォーレン普通に効いてるんだよな」
「どういうこと?」
「ほら、オイセンは妖精引き上げたせいで魔法に難儀してるだろ? あんなこと幻象種じゃ起きないんだ。つまり、妖精の恩恵を普段から受けてない。そんな相手に加護施しても大して効かないんだよ」
「なんで僕効いたの?」
「やっぱり俺と直接精神繋いだせいとしか」
妖精王ってすごいね。
お蔭で助かったなら良かった。
「あ、そうそう。ディルヴェティカ近くで骸骨の魔術師に会ったんだ。ヴィドって呼ばれてたけど、あのひとがいうにはエルフなんとかなりそうだって。ブラウウェルに伝えておいて」
「お、良かったな。伝えとく。それと山脈にいる妖精たちから降雪の観測はしてもらってるけど、まだ数日は大丈夫らしい。大グリフォンの街に入る前にまた連絡くれ。その時の降雪情報伝える」
「わかった」
僕が魔法を切ると、グライフが起きる。
「さて、行くぞ仔馬」
「片づけくらいさせてよ」
僕は寝転んでただけのグライフに急かされることになった。
隔日更新(変更)
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