304話:一番の情報源
他視点入り
ジッテルライヒに来て、そろそろ冬の気配が濃くなっている。
「シアナス、ヴァーンジーン司祭に怪しい動きは?」
「ありません。朝の祈り、午前の奉仕、書類整理をして、午後の奉仕や会合と献身的な働きをなさっています」
シアナスの報告に代わり映えはない。
けれど私たちの目を掻い潜って地下に現れた前科がある。
表面だけを信じる気にはなれなかった。
「そう。こっちは上手く隠しているのね。いえ、私たちがいるから鳴りを潜めているのかしら?」
「副団長、どういうことでしょう?」
惚れた相手に目は曇るもの。
わかっていて任せたのだからシアナスを責められない。
それに相手は私もまだ尻尾を掴んだばかりの強敵。
今まで勘で裏があると思っていたけれど尻尾を掴めずにいたのだから。
「西教区の方はビーンセイズに親戚がいらっしゃるそうなの」
若手のヴァーンジーン司祭を快く思わない相手からの情報と知り、シアナスはわかりやすく表情が厳しくなる。
しかも都落ち的にヘイリンペリアムからやってきて、左遷のはずなのに幅を利かせていることを気に食わないと漏らすような相手だ。
男の嫉妬とは言え嫌み程度しか言えずにいた相手。
あちらもヴァーンジーン司祭の弱みを探していたそうで、そんな人間が私に情報を流してくるようになっている。
「どうもヴァーンジーン司祭はビーンセイズに入ってからケイスマルク方面へ出たそうよ」
「え? そ、そんな…………。確かな、情報なのですか?」
掴めていなかったシアナスに動揺が現われる。
「あなたが探り切れなかったのも仕方がないわ。あちらは完全に穏便な形であなたを足止めする方法を確立してしまったことだし」
ヴァーンジーン司祭はシアナスに簡単な用事を言いつける。
しかも人づてに。
断れば命令で使われた相手が困ることになるとわかっていて。
適当に受けてヴァーンジーン司祭にはりついてもさらに用事を言いつけられ、なおしつこく着いて行けば最終手段でご不浄に籠られる。
「…………申し訳ありません」
「責めていないわ。好きな相手のそんなところ、聞きたくもないでしょうしね」
一度それでもついて行けと命じ、実際やったシアナス。
けれど感情が追いつかずぼろ泣きをし、ヴァーンジーンに介抱され、手に負えないと私が呼ばれる事態になった。
これは私の誤りだ。
従者は実地重視で対人技能がほぼないことを忘れていた。
見習いになったばかりで、感情の殺し方も身についていないのに命じるほうの采配が悪い。
「話しを戻すわ。あのヴァシリッサがケイスマルクへ向かったのは知っているでしょう。友人の危篤だそうだけど、ヴァーンジーン司祭の動きと無関係とは思えない」
「何か指示を受けて、と副団長は睨んでおいでなのでしょうか? そのような様子はなかったですが」
「たまに二人で話し込んでいると聞いていたけれど?」
「はい。ですが大変和やかで。声は聞こえませんが悪い相談をしているようには見えませんでした」
読唇術を身に着けた誰かを連れてくるんだった。
もしくは私がいれば少しは読めたのに。
「それにいつも短時間です。朝の祈りの際廊下で行きあたると端によって少し話すくらいで」
「その少しでやり取りできる才覚がないと、ヘイリンペリアムじゃ無理なのよ」
「そ、そうですか。精進します」
軽口を真面目に取るシアナスに、私は苦笑した。
事実だけれど、これには向き不向きがある。
何より慣れだ。今のシアナスに求める気はない。
「戦場では目の前の敵を屠ることに集中するでしょう。けれど同時に団長からの命令にも意識を割いている。それはあなたもできるわね」
「はい。そのように訓練しましたから。それに、できなければ身に刻むだけです」
従者も実戦に参加する。
といっても騎士の補助をする従騎士のさらに補助に回る。
よほどの乱戦でなければ怪我はしない位置だ。
けれど実戦を目にし、そして命令に反応できず負傷する者を見て来た。
「そういうことよ。短い時間で相手の意図を正しく汲むことが必要になる。冷静に、そして想像豊かに。慣れればできる。けれど戦闘のように大々的に訓練できることではないもの。だから才覚が必要なの」
「私では、無理でしょうか」
「…………やらなくていいわ。その真っ直ぐさがシアナスの姫騎士としての強みなのだから」
私としてはシアナスには不要だと思っている。
悪心に触れればその分つけ込まれる。
そんな相手を敵にする私たちだから、できる者がやればいい。
幸い、私とランシェリスはその手のことは身につけられた。
他にもできる者は騎士団にいるし、第一線を退いた姫騎士がヘイリンペリアムでその手の仕事を引き受けている。
「信じるところを行いなさい。できないことを認めるのも一つの手よ」
「私は、お役に立てているでしょうか」
漏らされたシアナスの弱い声に、見ると悄然としていた。
ヴァーンジーン司祭のご不浄で取り乱して以来弱気になっている。
やはり人選を間違えたようだ。
そう密かに思ってしまった。
「ということで大グリフォンの街の偵察に行ってくることにしたよ」
森にある城で、僕はアルフに予定を告げた。
「なるほどな。向こうって妖精ほとんどいないし逃げる前提で一回行ってみたほうがいいかもな」
「妖精いないの?」
「少数いる。けど小妖精の類はいないし、逆に東のほうにいるのは単独でもやってられるツェツィーリアみたいな強い妖精だ」
エルフ王と契約してエルフの国を守る大妖精。
そのレベルじゃないと東のほうでは生き残れないらしい。
「考えても見ろよ。あのグリフォンみたいな奴らが住んでる地域だぜ?」
「あー」
すごい納得した。
小妖精も数を揃えると厄介だ。
でも一体一体はそよ風程度に弱い。
手をパタパタさせたら飛んでくんだから、確かにグリフォンの生息地なんて危なくていられないだろう。
「なんだ?」
僕たちが話していると、当のグライフがやって来た。窓から。
「うん、ちょっと雪が降る前に大グリフォンの街に偵察に行こうって」
「つまらんことを言うな。雪が降る前に倒して戻るくらいの気概を持て」
ちょっと待って。
大グリフォン、グライフの父親だよね?
「お前、自分で倒そうとは思わねぇの? 大グリフォンが貯め込んだ黄金取れるぜ」
アルフも何言ってるの。
グライフは気にせず鼻で笑った。
「あ、お前手に入れた黄金すぐ失くすから倒すだけ損か」
相手にされなかったアルフが余計なことを言った。
するとグライフがすぐさま前足の爪で鈍色の卵を攻撃する。
爪の痕には魔法も込めたらしく深々と金属の表面に傷を残した。
けれどすぐに戻るし、アルフもわかってて笑う。
「けど大グリフォン相当貯め込んでるらしいし? お前が持っても全部なくなるには一年かかるかもしれないぜ?」
「安全だからといい気になりおって!」
「あ、アルフ。グライフが木彫り咥えた」
「げ! それやめろ! 俺が喋れぁぁー」
あ、窓から放り捨てられた。
木彫りからの声が途切れる。
グライフは満足げに窓から戻ってくるのと入れ違いに、慌てたのは控えていたメディサだ。
「妖精王さま!?」
グライフの頭上を飛んで、木彫りを拾いに行ってくれた。
「メディサが迷惑するんだからやめてよ」
「羽虫など喋らずとも構わんだろう」
グライフは不機嫌に羽根を広げた。
しょうがないから僕は鉛色の卵に手を付ける。
「アルフ、時間かけられないからすぐ行くね」
そう声をかけると忠告が返った。
(待て待て。そこのグリフォンも一緒か? それで行く道わかるにしても、そいつ何百年か前に離れて戻ってないんだろ? だったら森にいる一番の情報源訪ねてからにしろよ)
一番の情報源?
グライフ以外に大グリフォンの街に詳しい人いるの?
(フォーレンも会ったことのあるヴァナラ。あいつら大グリフォンの街より東の出身なんだよ。少なくとも周辺の情勢知ってるはずだ)
僕は納得して手を放す。
「グライフ、僕このままヴァナラに様子を聞いて南に行くけど」
グライフは答えず、ただ羽根を完全に広げた。
うん、行く気満々だ。
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