31話:バンシーとの再会
他視点入り
客を見送って、ブラオンを名乗る私は笑みを抑えきれなくなっていた。
「ついに、陛下の大望が叶うのですね、魔術師長どの!」
「…………そうですね。術さえ完成すれば、このビーンセイズは長き繁栄を約束されます」
つい失笑しそうになって、私は慌てて部下に頷いた。
ダイヤを得て、魔法陣に魔力を注ぎ、補助の触媒を手に入れた。
魔術を成功に導く希少な香も得られたのは、まさに私の大望を叶えよと神が仰っているかのようだ。
そう、ビーンセイズの国王ではない。私の望みが今、叶おうとしている。
「魔術師長どの、すぐに王宮へとあがり、陛下に準備の進捗をお伝えせねば」
「お待ちなさい。興奮するのもわかりますが、少々性急過ぎますよ」
「こ、これは、お恥ずかしい」
この国に来てからの付き合いである部下は、私の指摘に恥じ入って俯いた。
そう、ここでもう成功した気になるのは性急すぎる。私も少々興奮していたようだ。
「陛下にお知らせするのは、全ての準備が整ってからです。すでに今や遅しと逸っておられる。早くに報せすぎても、準備が遅いと叱られてしまいます」
「確かに。お知らせしたなら、次の満月までお待ちいただけないかもしれませんね」
部下の苦笑に、私は笑いごとではないと耄碌した老王の顔を思い浮かべた。
ダイヤを手に入れてからの矢の催促には本当に辟易させられたのだ。
魔王石さえあればすぐさま不老不死になれるなどと、いったい誰が言ったのか。
そんなに簡単なことなら、すでに誰かが他の魔王石を使って不老不死に準じた何かになっているはずだ。
「一度満月で魔法陣を活性化させ、そこから新月によって仮想の死を儀式の中に取り込む。そして次の満月で復活です。この過程こそ重要であると、陛下にご理解いただかねば」
部下に合わせて私も苦笑を浮かべる。
馬鹿にはいい目暗ましだ。
私の大望は次の満月を待つまでもない。後五日。その時に、私の大望は成就する。
あぁ、光栄なことだ。一族の悲願を成すのが私だとは。
高揚する。昂ぶる。こんなくだらない俗物たちの中に潜んでいた私への報いだと言うなら過分なほどだ。
感謝します、我が神よ。
かつて我が一族に繁栄と栄光を与えたもうた、魔王陛下よ。
「三日粘ったけど、まだ侵入方法探る?」
今僕たちの目の前には、石の壁に囲まれた横長い都市があった。自然の地形を使ったからこその歪さと堅牢さがある。
小高い丘の上に作られた王都らしく、壁の手前は斜面だ。そして壁の上には塔が等間隔に配置されている。
壁の外にも民家はあるけど、王都周辺の畑を耕す農民の家らしく小さい。幾つもの大きな街道が線を引くように王都に伸びている。
周辺が平地で見晴らしもいいため、僕たちは丘から続く山の中で様子を窺っていた。
「ビーンセイズの王は妖精嫌いって言うし、王都の門にもしっかり妖精避けのまじないがされてた。ってことは、やっぱり王都の中に妖精は住んでないんだろうな」
「はい! 妖精の集会所に行ったらどうでしょう?」
「周辺には妖精の行商も通うと言っていたのを聞いたことがあります」
ガウナとラスバブは、妖精の集会所になら周辺に詳しい妖精がいるかもしれないと言う。
「アルフ、集会所って妖精の道みたいに見ればわかるの?」
「おう。こういう木々の密集した中にある、月明かりが良く当たる場所だ」
というわけで、僕たちは王都への侵入を諦め、妖精の行商捜しに切り替えた。
「そう言えば、魔王石の気配わかるって言ってなかった? 今度はあそこにある?」
「うーん…………、感じない」
「封じられているのだろうよ。どう見ても街は静穏だ」
グライフが言うとおり、ビーンセイズの王都に異変は見られない。
エイアーナの王都は一目で荒んでいるのがわかったくらいなのに。目の前の都市には人の往来があり、店も開いている。
エイアーナとの戦争に勝ったからなのか、辻には大きな旗が掲げられていた。
「面倒だなぁ。扱いを心得た奴がいるってことは、野望叶え放題だ」
「例えば?」
僕の質問にガウナが笑顔で答えた。
「ダイヤは魔術触媒としては攻撃にも防御にも使えますから、周辺国を平定するのでは?」
「また戦争するのかぁ。やだなぁ」
ラスバブがぼやいた時、影のように儚い灰色のマントを着た女性が、俯いたまま山の斜面を登ってこようとしているのに気づく。
「あれって、バンシーだよね、アルフ?」
「お、カウィーナじゃねぇか!」
僕たちが声を上げると、黙々と歩いていた嘆きの妖精は顔を上げた。
長い黒髪に赤い瞳。そして泣き枯れたような声でカウィーナは答える。
「これは…………。またお会いできるとは、光栄なことにございます。お連れさまがさらに加わったご様子」
「グライフ、ガウナ、ラスバブ、エイアーナで知り合ったバンシーのカウィーナ。カウィーナ、こっちはグリフォンのグライフと」
「同じ町に住むコボルトであったと記憶しております」
どうやら妖精同士は知り合いだったらしい。アルフはカウィーナと妖精嫌いの王都を見比べていた。
「カウィーナ、訃報を伝える相手って、もしかしてあの王都にいたのか?」
「はい、左様にございます。…………妖精避けのことでございましょうか?」
「そうそう。俺、入れそうにないなって思ってて」
「そうですね、知られず門を通るのは至難でございました。ですので王都ないの縁を伝い、壁を透かして入りました」
「あ、その手があったか。だったら、フォーレンに小さくなってもらって中から呼んでもらうのも一つの手だな」
どうやら条件が揃えば、妖精は壁抜けという幽霊染みたことができるそうだ。
基本的に妖精は精神体として物理的な壁に影響されない。
ただ精神体だからこそ、強い念の籠った物体は大きな壁となることもあるらしい。
例えば人が長く住む家。これは、日々人の念が蓄積していくせいで、扉を開けてもらわなければ入れないらしい。
そして町を守る壁も、外からの区切りとして結界の役を果たすらしく、妖精は軽々しく飛び越えられないんだそうだ。
「やっぱり街とか人間の暮らしに近い奴にやり方聞くのが一番だな」
「そういうもの?」
「そういうもの。妖精も住む場所で特性違うからさ。俺はなんでもできるほうだけど、街に住んだことないからそこに合った力の使い方がわからないんだよ」
なんか、アルフが喋ってる間に、グライフが僕とカウィーナを交互に嗅ぐという、グリフォンの姿だからこそ許される行動を繰り返す。
「仔馬、このバンシーの力を受けているな?」
「あ、そういうのわかるの? なんか、死にそうになると忠告してくれるらしいよ?」
「その後、死の予兆はございましたか?」
「え、ううん。ないねー」
そう言えば、結局予兆がどんなものかわからないままだ。
「ちょうどいいや。カウィーナ、この王都について大まかな特徴教えてくれるか?」
「仰せのままに。…………一番特筆すべきは、魔王石があることでしょうか?」
「あぁ、やっぱりダイヤあるんだ?」
「いえ、トルマリンを保有しております」
「え!?」
「ほう、人間が争い奪い合う魔王石の一つだな。この国にあったか」
カウィーナが言うには、ビーンセイズは周辺国を併呑して今の形になった国で、併呑した国の一つがトルマリンの魔王石を持っていたそうだ。
「なるほど。すでに試す石があったからダイヤの気配をここまで隠蔽できてるんだな。となると、余計に厄介だな。やっぱりダイヤで何かするためにわざわざ奪ったんだろうぜ」
「バンシーよ、ダイヤの奪取は聞き及んでいるか? もしくは別の魔王石を欲する権力者の欲望を」
グライフの問いに、カウィーナは考え込んだ。
「国王が老齢によって体調がすぐれないという話は聞きました。ですが、私もこの街に長居していたわけではございませんので」
「ま、そうだよな。じゃ、この周辺に集会所あるか? そこで情報収集したいんだ」
「それでしたら、ご案内できます」
カウィーナは僕たちを山の奥へと導いた。
行きついた先は、大きな木が枯れ朽ちて洞の開いた幹だけが残る木々の切れ間。
ただそこは無人で、周辺を知る妖精を見つけることはできなかった。
仕方なくカウィーナから知る限りのことを聞くと、どうやらエイアーナ侵攻前に、王都の妖精排除が本格化していたそうだ。
と言っても、カウィーナが守護する家人の話から推測した話らしい。
「それと、これは本当に噂程度なのですが、国王は不老不死を求めていると」
「不老不死?」
「ユニコーンさん知らない? 人間って富と権力を手に入れたら、不老不死を望むってのが相場なんだよ」
「今まで争いにも勝ち良く治めた老王であれば、己が治世をより長くと望むこともあるでしょう」
ガウナとラスバブは悪意のない笑みを浮かべて、ちょっと棘のあることを言った。
「トルマリンは肉体強化に適してたからな。より長く生きることを望んだのかもしれない」
魔王石の知識があるアルフは、考え込むように頷く。
「高名な魔術師呼び寄せようとしたり、長寿に効くという素材集めようとして懸賞金かけたりしていたそうです。それらしいものならなんでも良いようで、カーバンクルの石や、ユニコーンの角を献上されたと聞きました」
カウィーナはさらに、ジッテルライヒの魔術学園から追放された問題児、闇の時代の遺物を継承する流浪の民を招いたなど、眉唾な噂として語る。
「突然戦争を始めた時には、不老不死のための生贄じゃないかと噂があったようです」
うーわー。ちょっと僕の記憶に引っかかるものがあるぞー。
あれはアルフと出会って間もない頃。粗悪な乙女トラップを仕かけて来た貴族っぽい奴らが言ってた。「陛下のため」と。
もしかして、ビーンセイズからわざわざユニコーン探しに来てたの?
わー、迷惑。
「あの、私は何か、まずいことを言ってしまったでしょうか?」
「わー、ユニコーンさんの顔が険しくなっちゃってるね」
「バンシーがユニコーンの角と言ったからでしょう。被害に遭ったのかもしれません」
「正解。あんまり怒らせるなよ、お前ら? フォーレンこのグリフォンの顔やった奴だからな」
「ふん」
アルフから引き合いに出され、グライフまで不機嫌になる。
僕は思い出してちょっとイラッとしただけだよ。アルフ余計なこと言わないでよ。
これ見よがしに傷に触れて僕を見下ろすグライフの目、完全にやる気になってるんだけど?
やだよ、もうグライフとは戦う気ないからね!
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