299話:未完成カルパッチョ
ドワーフの国に潜伏していた流浪の民が捕まった。
うん、十人ちゃんといる。
そしてドワーフたちは流浪の民の持ち物を改めるために家宅捜索中らしい。
ティーナが容赦なく口の中を点検すると、そこら辺の石を布で包んだものを口に突っ込んでる。
たぶん自殺防止だろうけど荒っぽいなぁ。
「ティーナ、それで全員? コーニッシュ呼ぶ?」
「呼んだか、我が友よ」
「早いよ」
名前出しただけで背後に出た。
しかも手にはカルパッチョ持ってる?
上機嫌で渡されたんだけど、一コースって言ったのに。
僕はコーニッシュの無言の圧に負けて一口食べた。
「美味しいけど、もう少し味馴染ませたほうが良かったんじゃない? 味が淡泊だけど噛むと旨味在りそうな感じだし」
「さすが我が友! 炎魚をより美味く食べるためには適正な温度管理と時間管理の末に熟成させるべきなんだ!」
こんなところで引っ掛けしないでよ。
捕まってる流浪の民が何が起きてるかわからない顔してるよ?
「正解したなら、流浪の民から情報引き出してくれる?」
「もちろん!」
上機嫌で流浪の民に向かうコーニッシュ。
そんなコーニッシュを見送って白髭のドワーフ、ウィスクは唖然としていた。
「食関連以外では対話さえままならないあの悪魔が? いったいどうやって従わせているんじゃ?」
「うーん、出された問題に今のところ正解し続けられてるだけ、かな? たまに後ろから襲われるけど。あ、これいる?」
残りのカルパッチョを僕は差し出した。
コーニッシュを知っているウィスクや興味津々の魔学生が手を伸ばす。
「普通にうめぇけどな」
「炎魚って魚を生で食べるの?」
「自分は酸っぱい物が好きじゃない」
「でも酸っぱい中に甘さがあるわ」
「うーむ、も少し塩を振ってもいい気はするが」
話を聞くとどうもカルパッチョという食べ物自体が初めてらしい。
山の中にあるドワーフの国はもちろん、いい漁港のないジッテルライヒでも生魚は食べないそうだ。
「クローテリアもいる?」
「どうせ森に帰ったらあの悪魔は完成形を出すなのよ。それでいいのよ」
僕の肩に降りて来たから聞いたら、美味しいほうを食べると言われた。
「施しを受けるとは嘆かわしい。それでも我の分身か」
「もう分身じゃないのよ。それにこんな所で引き篭もってるよりいいのよ」
「宝はないがな」
言い返すクローテリアにグライフがブーメラン刺さりそうな茶々を入れた。
クローテリアもこんなことで悔しそうにしないでいいのに。
「ない物ねだりしても面白くないでしょ。今ある物で満足できればそれがいいよ」
「そういう割には魔王石を求めているではないか」
宝を持ってるというアドヴァンテージに気を良くしたワイアーム。
血は止まってるしそろそろ動けそうかな?
「魔王石はあくまで手段だよ。それに本能薄くたって奪われたなら取り返す。それくらいの気概は僕にもあるよ」
「…………目的があって魔王石を集めるか。ふん、今は貸しておいてやる」
そう言ったワイアームは、口の中で何か呪文を唱えた。
途端に人化すると羽根と尻尾でバランスを取り立ち上がる。
気合いでよろけないよう強がった上で、ドワーフを威圧するようにしながら背を向けた。
「そこのウンディーネ。暇なら土にまみれた我が宝の洗浄を手伝え。我が身を泥に塗れさせた償いだ」
そんなことを言いながら、ワイアームは遊び足りないウンディーネを三人連れて去って行く。
「カーネリアン、持って行っていいのかな?」
「良いのだろう。ルビーも取り出しを行う。貸してくれるか」
ウィスクは職人を呼び寄せると、その場で解体してルビーを取り出せるようにしてくれた。
どうやらドワーフでも直には触りたくないようだ。
「よし、これで当初の目的は達成できたね」
僕がルビーを手にすると、コーニッシュが戻って来る。
「どうやらシィグダムの森への侵攻は知らなかったみたいだ。ここにいた流浪の民は、ドラゴンとドワーフを争わせてシィグダムに漁夫の利を得させた上で、その間に魔王石を奪う。もしくは泥沼化させて隙のできた所から順次魔王石を奪う算段だったらしい」
「どっちにしても魔王石をかすめ取る方向性は変わらないんだね」
「流浪の民の一番理想的な計画としては、三者にいい顔をして裏から操るつもりだったみたいだ」
どうやら森への侵攻は最初の計画と違うらしい。
ドワーフの国の流浪の民には連絡が届いてなかった。
つまり悪魔を召喚してから決めたのであり、ライレフがそれだけ強力だったということだ。
実際僕がアルフと繋がってなかったら、流浪の民の目論見は成功していただろう。
「ドラゴンをすぐには動けないようにさせたのは正解だ、我が友」
「ドワーフは流浪の民を捕まえたし、すぐに操られることはないと思うけど」
建物の倒壊した周りを見ると、うん、被害甚大。
これはちょっと、いや、かなり僕もやり方考えないと後で大量の敵を抱えることになるかもしれない。
「ねぇ、ウィスク。森に来ない?」
「は?」
「お城壊れちゃったしドワーフの賢者で職人じゃないなら森でも生活できるかなって」
「わ、わしを招いて何をさせるつもりじゃ?」
「…………シィグダムで僕やらかしたけど、森に折衝できるひとっていないんだよね」
「あ…………」
警戒ぎみだったウィスクは、それだけで察してくれたようだ。
「シィグダムのことでドワーフも困ってるみたいなこと言ってたし、少しくらいシィグダム側との交渉でドワーフの利益求めてもいいし。どうかな?」
「…………なるほど。面倒ごとに首を突っ込むことにはなるが、ひいては国のためにもなるか。良かろう」
「え、本当に? 自分で言っておいてなんだけどそんな即決でいいの?」
「ふん、この年になってまだ求められるのならば応えるのも一興じゃよ」
「ありがとう。僕はすぐ森に戻るけど、妖精に連絡係お願いして」
「待て待て。一泊くらいはしろ。こういうことは書類を作って残しておかんとあとで面倒じゃぞ」
ウィスクは厳しい顔で僕を諭す。
書類作りの時間として一晩は欲しいそうだ。
「それに、ここまで連れて来たあの子供たちのこともあるじゃろ。引率のエルフが負傷していてはすぐには帰れまい」
「あ、そうだね。うん、わかった。ありがとう」
「…………素直なのは良いことじゃ」
なんか実感がこもってるなぁ。
ドワーフは素直じゃないの?
いや、話聞かないんだな。
「というわけでドラゴンもねぐらに帰ったことじゃ。今度こそ城に来てもらうぞ」
「わかった」
僕はウィスクに頷くと、魔学生やエルフ先生に事情を話す。
「それはありがたいが、この状況では我々も長居はできまい」
エルフ先生は荒れた周囲に目を向けて諦めたように了承した。
「ロークはどうする?」
「わしは妻が心配じゃ。ここであったことも話したいしな。今日のところは帰らせてもらおう」
「うん、わかった。助けてくれてありがとうね」
ロークは片手を挙げて家へと帰って行った。
「コーニッシュ、僕たちお城に行くよ」
「では夕方までには城へ行こう」
「何するの?」
「ドワーフの相手をしながら炎魚の下ごしらえ」
「あ、うん」
そう言えば周りこんなことになってるのに、お酒のつまみ欲しさに炎魚取りに行ったドワーフとかいたんだっけ。
ドワーフってちょっとびっくりするくらい打たれ強いなぁ。
コーニッシュは料理のために店へと戻った。
「フォーレン、私は長居する理由もないので先生を待って森へ戻ります。妖精王さまも報告を待ちわびているでしょう」
「あぁ、そうだね。やることはあっても暇はしてるみたいだったからそうしてあげて。僕もできるだけ早く帰るから」
そう言ってティーナを残し、僕はウィスクの案内でドワーフの国の中央にある城へと向かった。
ここは評議員の本拠地だそうで、賓客を迎える設備もあるんだとか。
だから僕たちも寝泊りできるし、食事もできる広間もあった。
「うめー!」
「美味しい!」
「うまい!」
「美味しいわ!」
魔学生が大喜びして食べる晩御飯は、もちろんコーニッシュ手作りのフルコース。
「魚平気だったんだ?」
カルパッチョ嫌がってたのに。
「食す相手の好みを把握して供するのが料理人だよ、我が友」
「コーニッシュ、ってことはあの未完成の炎魚食べさせたの試しただけじゃなくて?」
「君は本来草食だから、生の魚は嫌がると思った」
そう言えば、日本人感覚で普通に食べてたや。
「君は初めて食べる物に忌避がない。食への好奇心が強いのはいいことだ」
あ、うん。コーニッシュがいいならいいか。
美味しい物食べられるなら、好き嫌いないほうがいいしね。
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