295話:何処にでもいる
「くそ! かくなる上は!」
コーニッシュに捕まった人間が覚悟を決めた顔で何かを口に入れようとした。
けれどコーニッシュのほうが早く、開いた口に持っていた食べ物を突っ込む。
見た目分厚いクッキーなんだけど、噛んだ途端に匂うのはお肉っぽい。
どうやらハンバーグみたいなものらしい。
「ふぐ!? う…………ふまい…………ふま、い…………うぅ…………」
えーと、たぶん自殺しようとしてたんだよね、この人間?
なのに口に突っ込まれたハンバーグを食べるのに夢中になって他のことができなくなっているようだ。
本人も戸惑っているものの、口は動くし手はハンバーグ取り落さないようにしっかり握ってる。
一種異様な様子で食べ続けてた。
「コーニッシュ、何したの?」
「自決しようとしたから止めた。我が友、これは流浪の民だ」
「そうじゃなくてって、え!? ここにもいたんだ?」
流浪の民だから止めてくれたらしい。
白髭のドワーフは僕たちのやり取りで何かを察したのか、ハンバーグを食べる人間の身元を教えてくれた。
「その者は人間向けの大きな宿屋を営む者のはず。親の代からマ・オシェに住んでいるが、流浪の民であるとは聞いたことがない」
「流浪の民は祖父の代から入り込んでたりするから。たぶん魔王石狙ってたんじゃないかな」
「仔馬が持っていると知ったために殺そうとは浅慮だな」
グライフの言葉に、ハンバーグ食べてる流浪の民は悔しそうに目だけを動かした。
うん、ハンバーグを噛み締めることをやめられないから目しか動かせないんだ。
そんな流浪の民の頭をコーニッシュが無造作に掴んだ。
「ふむ、我が友よ。これの仲間がまだ潜伏している。数を揃えれば少しは役立つ情報を持っている者がいるかも知れない」
「あ、考えを読んでるの? じゃあ、やっぱり狙いはルビーかわかる?」
コーニッシュは考えるように沈黙をした。
「どうやらドラゴンを使ってドワーフを攻撃し、どさくさ紛れに魔王石二つを得る作戦だった。シィグダムという国の名も出て来る」
「うわー、碌なこと考えないなぁ。あのシィグダムの侵攻上手く行ってたら次はドワーフの国だってこと?」
「さぁ?」
情報は抜いてくれるけど、コーニッシュ自身は興味なさげだ。
とは言え襲われたからには対処をしよう。
僕は白髭のドワーフに聞いてみた。
「流浪の民捕まえてくれる? それとも僕がやっていい?」
「いや、どうやら他人ごとではなさそうじゃ。できればここから離れずドラゴンを見張っていてくれ」
って言ってる間にティーナが動く。
気づいたらグライフも一緒になって人間を二人抑えつけてた。
うん、手には吹き矢持ってる。
また僕狙われてたらしい。
「ユウェル!」
「は、はい!」
ティーナが膝で押さえて矢を射ると、別に構えられていた吹き矢を打ち落とした。
その吹き矢を落とされた相手をユウェルが駆け寄って投げ倒す。
そう言えば森に一緒にいたし、ティーナはユウェルの教え子と仲良しだ。
どうやらこの二人も交流していたようだ。
「四人か。コーニッシュ、まだいる?」
「あと六人いるよ」
「多いね。捕まえたいから、わかった情報をドワーフに説明してあげて」
お願いすると白髭のドワーフにコーニッシュはつらつらと情報を告げた。
慌てず全てを聞いて覚えると、まだお酒のことで落ち込む軍を白髭のドワーフが動かす。
そして成り行きを見ていただけだった評議員も動いた。
「むむ! これ以上あいつらに暴れられたらどうなるか!」
「まさか森のダークエルフまで抑えておるとは!」
「悪魔もじゃ! あのユニコーンが暴れると被害が広がる!」
「それはそうと、流浪の民は確か魔王の遺産を持っておったな」
「む、なんと危険な奴らが入り込んでいたことじゃー」
「うむ、わしらの手で珍しい道具があれば入念に解析を!」
欲が漏れてるよ。別にいいけど。
白髭のドワーフに流浪の民を引き渡したコーニッシュは僕に近寄って来た。
「ところで、そこのドラゴンは締めて食肉にしていい?」
「駄目だよ!?」
食べるの!?
っていうかそれ誰に食べさせる気!?
僕嫌だよ!
「クローテリアの親だからやめて」
「こんな親持った覚えないのよ!」
「それは我が分身でしかないわ!」
仲良く否定する。
どうやら地味に回復に専念したワイアームは、叫ぶだけの元気を取り戻したらしい。
けど叫んだら痛そうな顔になった。
「はぁ、ドラゴンが狙いじゃないんでしょ? コーニッシュは今回なんの食材捜しに来たの?」
「我が友は良くわかっている」
嬉しそうだけど他に動く理由ないし、たぶん僕が心配とかもないし。
そう言えば茸がってなんか言ってた気がするな。
その辺は徹底してるからわかりやすくはある。
「炎魚が産卵のためにやってくる。栄養と卵を蓄えた美味な素材だ」
「名前が不穏だなぁ。何処で取れるの?」
「溶岩流」
どうやって取るの、それ?
溶岩に近づくのが危ないとかは言わない、悪魔だし。
けど道具使うにしても耐久性どうなるんだろう? もしかして素手?
なんて思ったらドワーフが熱い雄叫びを上げた。
「炎魚じゃー! 美食の悪魔が炎魚を取りに来たぞ!」
「わしの家に昨年の炎魚の燻製がある! 燻製でどうじゃ!?」
「一尾でどれくらい作ってくれる!? 最低何尾で作ってくれる!?」
「押すな! 我が家には塩蔵の炎魚の卵があるぞ!」
「うるさい! 最高のつまみを手に入れるのはわしじゃ!」
えー?
コーニッシュに迫るドワーフみんな目が血走ってる。
「ドワーフってすでにコーニッシュに胃袋掴まれてるんだね」
「食材を取る手間が省けるけどうるさいんだ」
コーニッシュが冷淡に言ってもドワーフは気にしない。
どころか欲も隠さず迫り続けてる。
「これはたぶん教育に悪いね。コーニッシュ、食材なら店でやって」
「我が友が望むならそうしよう」
「あ、でも後で他の流浪の民からも情報抜いてくれる?」
「一人につき一皿」
食べろって?
すでにあのハンバーグの時点で嫌なんだけどな。
「十人いるうち一人は済んでて残り九人か。ドワーフが取り逃がしても三人」
一皿が重いと困るし、ここは交渉が必要だね。
「お腹がいっぱいだとちゃんと味わえないと思うんだ」
「ふむ、だったら数日にわけてもいい。我が友のためなら待とう」
「自分のためでしょ。けど魚って傷みやすいじゃないか。だから、何人の情報を抜くことになっても今夜の晩餐一コース。新鮮な魚をメインに脇を固める料理を考案する形で。どう?」
「面白い。やはり我が友だ!」
僕の提案を気に入ったようだ。
もしかして作りたい物だけ作るのに飽きてた?
お題出されるとやる気になるのかな?
そしてやる気満々で去るコーニッシュについて行くドワーフもいれば、炎魚を捕まえに行くドワーフもいた。
「はー、ドワーフってすごく声大きいね。疲れないのかな?」
「今の騒ぎをその程度で済ませる貴様の気が知れんぞ」
苦み走った顔をしたグライフの足元では、流浪の民が気絶させられている。
ティーナとユウェルが順次縛り上げて見張りに立った。
「エルフ先生とロークはもう少し離れてて。魔学生お願い。たぶん、捕まってる仲間を始末しに来る流浪の民もいるから」
「流浪の民とは野蛮じゃのう」
そう言ってロークが魔学生を離そうとすると、四人は僕に駆け寄って来る。
「フォー! お前なんで言わねぇんだよ!」
「ディ、ディートマール! 赤目なんだよ!?」
「けどフォー平気そうだし大丈夫じゃない?」
「テオ、怖いなら待っていていいわ」
「ま、待ちなさい。いたたた…………」
「先生や、心配はわかるが一旦休んだほうがいいぞ?」
たぶんワイアームと戦っている内に傷の増えたエルフ先生にロークが付き添った。
「驚かせてごめんね。言っても怖がらせるだけだと思ったんだ」
「貴様のような腑抜けたユニコーン、誰が存在を信じるものか」
「な、なんでそのグリフォン唸ったんだよ?」
ディートマールが足を止めると、後ろの魔学生たちもグライフを怖がる。
そう言えばグライフにジェットコースターされたんだった。
「僕に文句言っただけだから気にしないで。そうそう、僕がドワーフに攻撃された時怒ってくれてありがとう。でも、怪我したエルフ先生置いて行ったら可哀想だよ。今はまだ危険があるかもしれないから離れていて。後でゆっくり話そう」
僕がそう言うと、魔学生はエルフ先生と一緒に離れ、目の届く範囲で待ってくれた。
僕もワイアームのほうへ距離を取って、狙いを分散させる。
さて、仲間の口封じか魔王石狙いかどっちに来るかな?
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