30話:次の目的
「家を移るために旅をしたことはありますが」
「まさかユニコーンに乗れるとはねー」
はしゃぐコボルトのガウナとラスバブに、アルフは何故か得意満面で腕を組んでる。
人化したグライフも背に乗せて、僕はユニコーン姿で走り出した。
のは、二時間くらい前かなぁ?
「う、仔馬…………、貴様…………」
「…………王都、離れる、までって…………言ったのに…………」
アルフとグライフが、呻くように何か言ってる。
ちょっと楽しくなって飛ばしすぎちゃった。
ちなみにガウナとラスバブは白目をむいて動かなくなってる。
「グライフは疲れたとか、早すぎたとかじゃないよね?」
グライフは股を押さえ悶絶して、答えはない。ただの屍のよう、にしては目がすっごい鋭いなぁ。睨まれてるー。
「フォーレン、馬に跨るって相当股間とか尻とか腰とかに響くんだよ」
「へー」
「慣れてないのに、よりによって猛スピードのユニコーンで、しかも山一つ越えるとか。一種の拷問だと思うぜ」
「二度と…………、乗らん!」
すごい殺気の籠った声で宣言された。
自分が乗りたいって言ったくせに。
僕の頭にしがみついていたアルフのほうが軽傷みたいだ。
ガウナとラスバブも目を覚ましたけど、まだ喋る元気はなさそう。
「日が暮れたし、今日はこのまま休もうぜ。お前ら二人いたら猛獣の心配もいらないしな」
「元より、妖精を襲う獣などおるまい」
グライフはもう起き上がる気はないみたいで寝ころんだまま言った。
うーん、妖精追い駆けて逃げられたって言ってたの誰だっけ? 自分は猛獣じゃないとか?
さっきまで股押さえてたのに、グライフは野性味のある美形だからか、だらしない体勢でもなんか格好がついてる。正直羨ましい。
「山越えるのに思ったより時間かかっちゃったね」
「普通、馬じゃ日暮前に越えられない距離だからな? っていうか、獣道さえない所を爆走するなよ。その角で障害物粉砕するのもすっごく揺れるんだからな?」
「真っ直ぐ進めるだけ、やっぱり移動は飛べるほうが楽だよねぇ。僕も空飛べたらなぁ」
って言ったら、グライフに翼で打たれた。
「貴様は大人しく地に足をつけていろ、仔馬」
「ひどい。大人になったらもう少し魔法上手くなるかなぁ? そしたら魔法で飛べたりしない?」
「飛ぶために魔法使うにしても、あくまで補助程度にしかならないぜ?」
アルフからの無慈悲な答えが。
知識を探っても、確かに魔法で自由自在に空を飛ぶことはできないみたいだ。
寝るにしてもまだ早く、幻象種は小食なようで毎日食事する必要もない。
僕は手持ち無沙汰で、行く先に着いて話を振った。
「ねぇ、ビーンセイズってどんな国?」
「平野で農業してる国?」
相変わらずアルフは人間の国についての知識はあやふやみたいだ。
そこでようやく回復して来たガウナが引き攣った笑顔で教えてくれた。
疲れてるなら天邪鬼しなくていいのに。
「一人の王が、五十年にわたって治めている国です。治世は安定しており、比例して人々の暮らしも豊かだと聞きます」
「ふむ、どうやら今回は安定した治世が災いしたな」
「どういうこと、グライフ?」
「王が長く一人で治めた時、その一人にだけ力が集中するのだ。欲に駆られて、魔王石を奪って来いなどという命令にも、即応してしまうほどにな」
「へー」
人間を導く存在なアルフはともかく、グライフもそう言う政治ってものがわかるんだ?
神に作られたものとか言ってた割に興味あるのかな。
「あー、そう言えばあの子供たちも、ビーンセイズに向かったのかもな」
「子供たちって、誰ですか?」
ラスバブの質問に、アルフは森で迷った上にユニコーンに出会った不幸な兄妹の話をする。向かう先を考えると、ビーンセイズに逃げようとしていたのではないかって。
「ビーンセイズに攻められたのに?」
「この国の者がビーンセイズに向かう理由があるなら、子供の為では?」
「荒れた国内より、敵国でも安全なビーンセイズを選んだのかもね」
ガウナとラスバブの答えに、僕は頷いた。それだったら納得できる。
そう言えば、あの兄妹は貴族の子供だとひと目でわかる服装をしていた。
今の僕は大陸の西の伝統的な衣装、らしい。
「ねー、街の人に何処から来たか聞かれたら、僕、なんて答えればいい?」
「「…………」」
アルフとグライフは僕を凝視して黙った。ガウナとラスバブは質問の意味がわからないみたいだ。
「あれ? エルフで通すんじゃないの?」
「フォーレンの場合、瞳の色がなぁ」
「エルフの瞳の色は緑だ。それだけ鮮やかな青い瞳、エルフと言っても混血と言われることだろう」
「ハーフエルフとか?」
なんか前世のゲームにもそういうのいたなぁ。
オールマイティな人間と、魔法や射撃に特化したエルフのいいとこどり風なキャラって、知識が浮かぶ。
「ハーフエルフ…………? 聞いたことのない言葉だ」
「あれ? 幻象種的な表現じゃなくてか?」
グライフの疑問にアルフは眉を上げる。
どうやら前世風な言い方だったみたい。いや、確かハーフって言い方が日本語独特だって聞いた記憶が薄っすら浮かぶ。
「えーと、だったらなんて言うのが正しいの?」
「デミ、かな?」
「またずいぶんと古い表現を持ってきたな」
アルフの答えに呆れたグライフは、僕が理解していないことを察して説明してくれた。
「五千年前に神が大地を焼いたと言っただろう? あの後、数が極端に減った幻象種の中で、神の加護を受けようと動いた種があった。それがエルフとドワーフと夢魔だ。自ら人間と交わり、安寧を得ようとした。が、種族全てがそのような考えでなかったために、人間と交わった者たちを半端者、デミと呼んだのだ」
「んな言い方するなよ。今生き残ってるの、ほとんどデミじゃん」
「ふん。吸血鬼のように、人間との混血を嫌ってダンピールと呼び別種と扱う者もいる」
「あれ、吸血鬼が閉鎖的なだけだろ。人魚みたいに人魚の血が入ってれば一族の子として受け入れる度量あってもいいと思うけど?」
なんか話が別方向になってる。
「ねぇ、結局僕のこの目があるとエルフ名乗れないってこと?」
「いや、何処から来たか答えるには、特徴的な色すぎてなぁ」
「明らかに人間に出る色ではないぞ」
「あー、混血って人間以外とってこと…………。だったら逆に、触れないでほしいって言えば察してくれるんじゃないの?」
なるほどと言わんばかりにアルフとグライフは手を打った。
アルフとグライフの言い合いをしている内に、ガウナとラスバブは寝床となる枯葉を集めるため僕たちから離れてる。
「グライフは今夜そのまま寝るの? だったらガウナとラスバブみたいに敷く物集めたほうが良くない?」
「む? 被毛のない人間は不便よな」
「僕のマント使う?」
「どうせ寝るには羽根が邪魔だ」
言って、グライフはグリフォンの姿になると、地面に寝そべった。
その時、すでに地面に伏せている僕に体当たりするように体重をかける。
「どあ!?」
衝撃で、僕の上で寝ようとしていたアルフが背中から落ちた。
「この性悪グリフォン!」
「ふっはははは! 羽虫の如き存在は目に入らなかったわ!」
「体当たりされた僕はどうなるのさ」
本気か冗談かわからないグライフの笑い声に、枯葉を担いだガウナとラスバブが走って戻って来た。
「何々? 悪戯なら僕も入れておくれよ!」
「獣はともかく、猛禽類に攫われないよう気を付けてくださいね」
ガウナの警告に、アルフはグライフに文句を言うのをやめて僕のマントの下に潜りこんで寝る準備を始める。
そんな賑やかな野宿を繰り返して、僕たちはビーンセイズの国に入った。
アルフ曰く、人間が急いで馬を駆るよりも速く着いたらしい。僕は全力疾走を禁止されて、グライフに合わせた速度だったんだけどね。
それでも早いのは、グライフが飛ぶという直線移動だったからかな。
「なんか、建物の雰囲気とか服装とか、似てるようでエイアーナとは違うんだね」
人間に見咎められることなく、僕たちはビーンセイズの王都に辿り着いた。
僕は高い位置から王都の中を眺めて感想を呟く。
するとアルフは僕の頭の上から同じ景色を見て経験則を語った。
「歴史はエイアーナが長いはずだけど、ビーンセイズのほうが安定してるから発展してるんだろうな」
「そうか? 何が違う? 言葉が違うのは聞けばわかるが」
グライフは長生きしてるだけあって、言語の違いは苦にならないようだ。
僕はアルフの知識でマルチリンガル。
前世の西洋みたいに隣り合う国で言語が全く違う上に、共通語がないんだもん。アルフに出会えて良かったなぁ。
「違いはありますよ。まず気候が違いますから、エイアーナに比べて屋根が平坦です。そして建物は塔が目につきます。服は使ってる色と模様が多いですね」
「建物の形は天候の違いもあるけど、建築技術の高さでもあるよ。服は染物技術の違いでこっちのほうが技術力は高いのが表われてるんだ」
グライフの疑問に、ガウナとラスバブが僕の背中から答える。
人間と暮らすだけあって、人間の文化に対する理解があるようだ。
天邪鬼と悪戯好きだけど。今も絶賛僕の背中の気を逆立てて変な模様を描いてる。
「何処も街が壁に囲まれてるのは変わらないね」
「そりゃ、攻められたら困るだろ?」
当たり前のように答えるアルフ。うーん、戦争が当たり前の世界なのが怖い。
攻められる前提の街づくりが基本なのか。
遠目に見た村にも、場所によっては壁が作られていた。そこは獣避けだったらしいけど、前世の知識からしても僕には馴染みがない。
きっと前世はシティボーイだったんだろうな。うんうん。
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