3話:名前を貰う
「お前の名前は、…………フォーレンだ」
「フォーレン?」
アルフが僕の鼻先に触れて名付けた途端、何かがすとんと落ちた感覚があった。
「名前受け入れたな? じゃ、契約するぜ」
今度はアルフの手から光が出て、俺の鼻面に魔法陣を描く。
「あ、角があるから鼻になった。ま、いっか」
「本当は額に出る予定だったの? なんか格好悪い、しかも雑」
「気にするなって。特に問題ねぇから」
いや、気になるよ。
アルフは僕の抗議を流して小さく呪文を呟き始めた。
さすがに邪魔できないので、僕も黙る。すると、一瞬にして視界が黒く閉ざされた。
「全なる神の導き手、理のままに、命ずるままに。結べ、繋げ、連なれ、合され。供となれ、共にあれ」
そんなアルフの声が途切れると、僕は知らない部屋にいた。
「へ…………?」
真っ白な部屋の広さはワンルームマンション程度。
椅子に、棚に、机にラック。何処か見覚えのある現代風の家具が乱雑に置かれている。
投げ出されたカバンからは、ノートや筆箱、財布なんかも飛び出していた。
奇妙に生活感のない部屋に窓はなく、天井を見上げたら星空。しかも、都市部では見られないほどの満天の星空だ。
どうなってるんだろう?
というか変だ。ベッドもない、台所もない、洗面所もない、部屋として欠けすぎてる。
現実の風景じゃない。そう確信した途端、背後から声がした。
「うわ、なんだその部屋? 散らかってんなぁ」
「アルフ?」
振り返ると、扉のない入り口が口を開けていた。
アルフの姿は見えない。小さくて見落としたのかもしれない。
けどそれよりも、背後に広がる広大な空間に、僕は言葉も出なかった。
すぐさま浮かんだのは前世の知識から、某天空の城。
石造りの古びた建材の中を、年月を経た植物が根を張っている。
そこに幾つもの魔法陣が整然と並び、降り注ぐ光の粒子が幻想的な空間を演出する。
「おっと、子供には刺激が強すぎたかな?」
そうアルフが笑った途端、僕は正気づいた。
瞬きしても、さっきの光景は消えていて、目の前の葉っぱの上でアルフが悪戯っぽく笑ってるだけ。
「何…………、今の?」
「心象風景さ。お互いの精神を繋いだから、ちょっと見えただけで害はない」
「なんか…………、アルフってすごいんだね」
「お、あれ見ただけでわかるとは、見る目あるじゃん」
そう言えば、死んでも同じだけど違う妖精が生まれると言っていた。
年月を感じさせる心象風景は、そうしたアルフの生まれのせいかもしれない。
「なんか、魔法っぽいものいっぱいあったけど、あれって何?」
「うーん、魔法っぽいものであってるぜ。俺、魔法得意だし」
「そうなの? 魔法って僕にも使えたりする?」
なんか異世界のお約束っぽい…………いやいや。前世の知識でゲームやラノベ風に考えてたけど、ここって僕にとっての現実だ。もっと真剣に考えなきゃ。
母馬を襲った相手は、剣と弓と槍っていう前世にもあった武器を持ってた。
ゲーム知識程度しかないけど、マジックアイテム的な装飾も見られなかったと思う。
服装的には魔法使いっぽいローブ着てた人はいたけど、角を受け取りに来ただけ。魔法使いかどうかは置いておいても、彼らは服装の様式が同じだった。何かしらの組織に所属した人々だったんだと思う。
組織的に、ユニコーンを狩ってる人間が、いる?
「そういうの教わる前か。…………幻象種の中には独自の魔法使う奴らがいるけど、ユニコーンってどうなんだろうな? まぁ、元素魔法と治癒魔法なら俺が教えられるぜ」
ふと、俺の脳裏に干渉魔法という言葉が浮かぶ。
「干渉魔法って何? うん? 魔法の効果を与える魔法?」
何故か答えが頭に浮かんだ。
考えると、さらに召喚魔法も干渉魔法の一種であると出てくる。
なんか、ネットで折りたたまれてる項目を開いて行く感じに似てる。
「あ、それ俺の知識。整理はしてあるけど量が多いからな。一気に渡すと気が狂うかもしれないし、小出しになるようにしておいた」
あれ? アルフってもしかして…………前世で言うチート?
さすがにチートに関する項目はヒットしない。
けど、妖精が魔法に関して優位な性質を持っているという概要は出て来た。じゃなくて!
「…………なんか不穏なこと言ってなかった? 気が狂うかもって何?」
「半精神体の幻象種なら大丈夫だとは思うんだけど。そこは子供だから安全策?」
「そういうことじゃなくて…………、妖精の危険性って知識出て来たんだけど? 誘惑して道を誤らせるぅ?」
「そう警戒するなよ。ちゃんと妖精がそういう悪戯する条件あるんだから」
「その条件に、僕、当てはまってない?」
「はまってるな! あははははは!」
笑いごとじゃないよ!
子供で、一人で、名前教えてってアウトじゃん!
「…………なんか、ふわっとする?」
「俺の感情だろ? こっちも悔しがってるの感じてるぜ」
「何これ?」
「精神繋いだから、お互いの大きな感情の動きが伝わるんだよ。近いから良くわかるだけで、離れたらよっぽど大きな感情の揺れじゃなきゃわからなくなるさ」
そう言いながら、アルフは悪戯な笑みを浮かべた。
「ま、当分は繋いだ精神の安定のために一緒に居なきゃいけないけどな」
「つまり、探し物をするアルフと一緒に居なきゃいけないってことか」
「そういうこと。本当、話が早くて助かる。ちょっと俺の探し物につき合ってくれよ。いやー、体小さいと一日の移動距離も稼げなくてさ!」
「乗り物替わりか! けど、うん。お互い助け合うって約束だしね、いいよ」
「…………調子狂うなぁ。幻象種の気位の高さには干渉してないはずなんだけど?」
そう言われても。
前世人間だったっていう自意識があるもので。ユニコーンとして生まれてそんなに経ってないせいか、あんまりユニコーンらしさというものもない。
憤怒の化身だ、獰猛だ、傲岸だって言われるより、今の人間っぽいくらいが生きやすい気がする。
「そう言えば、母馬によくしっかりしなさいって言われてたなぁ」
「あ、ぼんやりしてんのは性格なのか」
「ぼんやりなんかしてない」
「ははん」
アルフに鼻で笑われた。
「妖精相手に助け合うなんて受け入れるんだ。少なくとも、お前は変わり者だよ」
「そういうもの? 友達って助けるものじゃないの?」
「は?」
え、なんでそこで驚くの?
鼻で笑ったポーズと違って、本気で驚いてるのがわかる。
「友達って、お前、わかってて言ってる?」
「う、うん。家族でもないし、兄弟でもないし、種族っていうのも違うみたいだし。そうなると、僕たちの関係性って友達っていうんじゃないの?」
あれ? 違うのかな?
前世の感覚に引き摺られて変なこと言った?
森のお友達、とかいうメルヘンなフレーズ出てくるけど、驚くほどの言葉じゃないよね?
「…………その、違った?」
改めて聞くと、アルフは照れたように笑い返してきた。
う、そういう反応されると僕も照れる。
貰い照れしたのがわかったのか、アルフはわざとらしく咳払いをした。
「えっほん、おっほん! それでいいよ。俺たちは友達。だから助け合うし、一緒にいる」
なんか、そういうアルフの感情がぶっれぶれだ。こっちまでそわそわしてくる。
もしかして…………、友達いなかったの?
「また失礼なこと考えてるだろ? 罰として背中に俺乗せて運べ!」
「それくらいなら、いいよ。何処に向かって歩けばいい?」
「いいのかよ?」
「あ、もしかしてまた、ユニコーンはプライドが高いからって話? 弱ってる友達背中に乗せることで傷つくプライドなんて持ってないって」
存在消えそうなほどヤバい状態だったって言うし。
妖精の知識を簡単にさらうと、森という自然のエネルギーがある場所で妖精は生まれて、そのエネルギーの中で生きる者らしい。
生まれた森以外に移り住むことも可能だけど、それは妖精の種類ごとに違うとか。
虫の翅が生えた妖精は森に棲む種類で、森から離れると弱って死ぬらしい。
平野の中で、ここは比較的木々が多い。アルフは少しでも森に近い環境で消耗を抑えていたんだろう。
心配の目を向けると、アルフは額を押さえていた。
「…………俺の調子をここまで狂わせるなんて、お前が初めてだよ」
そんなことを言いながら、翅を動かして僕の背中に回る。
首を動かして見ると、横座りしてた。横に目がある僕とはちょうど視線が合う位置だ。
「ここはエイアーナっていう人間の国でさ。俺はこの国の王都に向かう途中だったの」
前世でも聞いたことのない国名だ。
知識ってどうやって引き出すんだろう? 口にしたらいいのかな?
「エイアーナ…………。海とアルフが住んでた森に面してるくらいしか情報が出てこないんだけど?」
「だって、俺人間の国に興味ないし」
「そんなんで、森離れて探し物って」
「言っておくけどな、人間の国なんて百年経てばなくなったり名前が変わったりして覚えてらんねぇの」
「そんなに長い時間で言ったら当たり前だって。だいたいそれで、王都の位置ってわかるの? 盗まれた物を取り戻すなら急いだほうがいいんじゃないの?」
「そこは、な…………」
答えになんだか含みがある。
ともかく、迷ったら僕のせいじゃないと主張させてもらおう。
「今は、そこの小川を下流に向かってくれ。山の多い辺りになったらまた方向指示するから。俺の力回復したら目暗ましの魔法かけて、人間には見つかりにくくもするぜ」
「人間にはって、それ以外に見つかることがあるの?」
「視覚情報に依存するなら人間以外も騙せるけど。匂いや音、精神体独特の気配で感知されると駄目だな」
「え、なんか怖い。ユニコーンって襲われる?」
「怖がるなって。いざとなったら走って逃げればいいんだよ。ユニコーンは俊足でも有名な幻象種だからな」
アルフは気楽に言って、ぺしぺし僕の背中を叩いた。
うん、叩かれてる感覚がしない。
「ま、これからよろしくな、フォーレン!」
「よろしく、アルフ」
こうして僕は、母馬という庇護者を失った日、妖精の友を得たのだった。
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