289話:留守の体
魔王石のルビーに触ってしまったと思ったら、どうやら僕はアルフの心象風景に来てしまったようだった。
やっぱり某天空の城みたいだなぁ。
床に座り込んで僕に向き直るアルフに、僕も目の前で足を折って座り込む。
「確か魔学生とエルフの教師と一緒にマ・オシェに行くって言ってたよな?」
「うん、舟下りた後に連絡したよね。その後陸路でドワーフの国には着いたよ」
「俺と連絡した後に何か問題はなかったか?」
「問題って言えばあったけど、ドワーフがノームの剣を欲しがってただけでこんなことになった理由は思いつかないなぁ」
「あ、なるほど。ドワーフの奴ら欲しがったらしつこいからな。フォーレンを攻撃したのもそれかもな」
そうなの?
「フォーレン、すごい嫌そうな顔してるの俺でもわかるぞ」
「だって、触らせろが売れになって、最終的には献上しろだよ?」
「うーん、まぁ、騙し討ちしてこられないだけましかもな」
「ってことは一度目をつけられると騙し討ちの可能性もあったってこと? ドワーフってそういう種族なの?」
「価値のある物に対してはな。だからドラゴン相手に宝の奪い合いするし、安全計って別の所に引っ越すなんて考えもしねぇんだよ」
確かにワイアームは大きさが違いすぎるし、ドワーフが正攻法で勝てる相手じゃない。
けど宝を諦められないのはドワーフも同じで、だから争いになるし、争い続けることになる。
言われてみればなるほど、そういう種族なんだ。
その強い執着が集中力や拘りになって道具作りに反映されてるのかな?
「珍しいものは最初から隠していくんだったね」
「一緒にいたエルフは教えてくれなかったのか?」
「西のほうから来たエルフらしいよ」
「あー、西だとドワーフとエルフってつき合い長い分不文律多いからな。あからさまに襲ってくるとは思わなかったんだろ」
逆に歴史の浅いニーオストとマ・オシェにはそうした不文律はないらしい。
浅いと言っても五百年以上の付き合いなんだから、決まりごとの一つや二つあるんだろうけど。
アルフはじっと僕を見る。
「駄目だな。ちょっとした混戦なら自然と体に戻るかと思ったけど」
「戻る気配ないね。あれ? そう言えば僕どうやって来たの?」
背後を振り返っても扉はない。
つまり僕は忽然とアルフの心象風景に現れたことになる。
「初めて精神繋いだ時には入り口あったよね?」
「あれなら、ダイヤ触った時から消えてるぜ」
「え!?」
僕の部屋のほうにはあるのに?
あ、でも考えてみれば闇というか、何もない景色が広がるだけでアルフの心象風景には繋がっていない。
「精神自体は繋がってたから出入り口以外の形で繋がりを象徴するものがあるはずだけど?」
「あ、アルフの知識」
を見れるパソコンが僕の心象風景にはある。
たぶんあれがアルフとの繋りの象徴なんだろう。
基本的にパソコンでできることってアルフの名前のついた検索エンジン使うことだし。
「あの出入り口はフォーレンの意識を象徴したわかりやすい形だったんだろ。なくても繋がりは変わりないから安心しろ」
「そっか。それで僕がこのまま戻れないとどうなるの?」
「あー、そういう基本的なとこからか」
アルフは膝に頬杖をついて言葉を選ぶ。
「基本的に生き物は肉体、精神、魂の三つでできてる。この三つが揃ってないと機能しない」
「そうなの? 精神体とか物質体とかいうのはなんで?」
「あくまでそれは比率の問題だからだな」
確かに物質体と言われる人間も精神はあるし魂もあるのかもしれない。
「ってことは妖精や悪魔にも肉体があるの?」
「悪魔はないからこそ受肉してないと力を発揮できない。受肉してない悪魔の力なんて肉体を持つ奴に一部を貸し与える程度しかできねぇよ」
「じゃ、妖精は?」
「俺たちも特殊。目に見えないほど小さな核が存在するんだ。それを認識するのは至難の業なんだよ」
「え、あるの? だったら壁抜けとかどういうふうにしてるの?」
「うーん、こう言って通じるかな? 物ってのはすごく小さな物がくっついてできてるんだ。小さく小さく見て行くと、くっついてる物同士に隙間ができてる。妖精は核がその隙間を通れるくらいの小ささだと壁抜けができるんだよ」
それって分子とかの話?
すごい科学的じゃない?
そう考えた時前世の知識が浮かんだ。
哲学者にも原子を提唱した古代人いたという知識だ。
物質が分子や原子という細かな集まりで構成されているということを想像できる者がいてもおかしなことではないらしい。
「ま、本題はそれじゃねぇな。今のフォーレンは俺の精神世界に入り込んでる状態だ。つまり、今のフォーレンの肉体は精神が留守になってる」
「三つ揃ってないと機能しないってことは」
「たぶん今のフォーレン棒立ちだぜ」
「危ないね!」
「だろ!」
僕たちは頷き合う。
「けどなんでここ来たのかわからないと戻せない。通って来た道戻すのが一番安全なんだよ。何か切っ掛けはなかったか?」
「あ、僕魔王石のルビー触ったよ。それで心象風景に意識逸れるってわかってたからアルフを呼んだんだ」
エルフの国で、アルフは魔王石を触るなら報せろと言っていた。
アルフが対処をするからと。
「あー、それだな。フォーレンの精神が魔王石の干渉を逃れるために俺のところ来ちまったんだよ」
「そんなことできるの?」
「普通は無理。けど俺とは精神繋いでるし、最近強化しようとして色々やったから」
「色々って?」
「説明してる暇はねぇよ。理由がわかったならともかくフォーレンを体に戻さねぇと」
「…………ねぇ、すでに体死んでたら僕どうなるの?」
「うーん、体から抜けた魂がこっち来るんじゃないかな?」
なんか適当な答えだなぁ。
でもアルフも見たことない状況なんだろうし、暫定的にまだ僕は生きてると思えばいいか。
早く戻って棒立ちやめないとアルフの言うとおりになっちゃいそうだし。
「魔王石触って影響ないにしても、さすがに魔王石二つも持ってるのはまずかったかな」
アルフは魔法陣を描きながらそんなことを言う。
どうやら僕を返すための魔法らしい。
「けどカーネリアンは袋の中だよ」
「あれ完全に封じられるわけじゃねぇから。スヴァルトがそうだろ?」
そう言えば、スヴァルトは長く持ってて魔王石に蝕まれ寿命が縮んでいるようなことを言っていた。
使わなくても精神をすり減らすのが魔王石なんだ。
ってことは僕も実は弱ってたのかな?
「フォーレンは影響が出る前に俺の加護なんかが作用して回避行動できたんだろ。逆に言うと俺が手出したせいでこうなったってことになるな」
アルフは考えながらそんなことを言う。
魔王石に蝕まれるのは回避できたけど、今現在命の危機。
うーん、アルフらしいと言えばアルフらしい結果だ。
「あと、魔王石を動力にしたドワーフの新兵器って言ってただろ?」
「うん、砲台型を改造したみたい。森で見たのより強力だった。当たり所悪いと死んでたかも。カウィーナの加護が働いたから」
「うわ、どれだけ無茶な改造したんだよ。ってことはだ。半暴走状態にしてルビーから力引き出してたんだと思う。それをフォーレンは触っちまった」
「普通のひとが触ったらどうなるの?」
「即発狂」
「えー?」
「言いすぎにしても、精神に異常をきたすぜ。そんなの触ったからフォーレン逃げて来たんだろ」
そういうことなのかな?
アルフにどうにかしてもらおうと思ったから精神が避難した?
よくわからないや。
「いい判断だぜ。体はともかく精神への魔王石からの汚染は防げた」
「けど戻ったら体死にかけてるかもしれないんでしょ」
「その時は森に走ってくれ。住処のほうは無事だし昔暇潰しに作った薬残ってるから生きてるなら手当もできる」
アルフの昔って何百年前?
使用期限どうなってるんだろう?
なんて思ってたらアルフが手を打つ。
「よし、これでいいはずだ。俺とフォーレンの精神の繋がりを辿って戻るだけだしな。フォーレン、まずは身の安全を確保しろよ」
「うん、そうする。あ、もし魔学生連れて行ける余裕あったら森に連れて逃げていい?」
「別にいいぜ。あ、そうそう。フォーレンがドワーフのところ着くって聞いたからスヴァルトが…………」
アルフが何か言いかける間に、僕はアルフの心象風景から遠ざかる。
アルフにも見えてるみたいで手を振って来た。
何か言ってたけど聞こえない。
「って、え!? 夜空?」
僕はアルフの心象風景から離れて夜空の中を飛んでいた。
体は勝手に何処かへ引っ張られてると思ったら、星々の中を下降しているようだ。
行く先は白い星のように見える、あれは僕の心象風景のワンルームだ。
「わ、落ちる!? あ、でも天井ないしこのまま入るの!? う…………!」
落ちたと思ったら意識がはっきりした。
瞬きするとそこは地底の中、岩ばかりで砂埃が漂ってる。
身の安全をと思ったけど、僕はユニコーン姿で立ってて攻撃はされていないようだ。
っていうか目の前に大きなドラゴンが血まみれで倒れていた。
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