表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
290/474

283話:親子関係

他視点入り

 ガチャンとはしたない音を立てて、私は冷えた水を置いてしまった。

 シェーリエ姫騎士団の副団長がそんな不作法に眉を上げる。


 いえ、これは動揺してしまった私を怪しむ視線だ。

 そこに上司が優しげな声をかけた。


「大丈夫ですか、ヴァシリッサ」

「は、はい。驚いてしまいました。申し訳ありません。まさか、ビーンセイズにユニコーンがいたなんて」


 ヴァーンジーンはしれっとしているが、知っていてその反応なのかどうかがわからない。


 少なくとも私は、あのユニコーンがまたビーンセイズにいたなんて聞いてない!


「いただくわ」


 寒くなって来た今の時期だけれど、あえて冷えた水を用意したのにはわけがある。

 ビーンセイズから急行して来たというシェーリエ姫騎士団の副団長は、渇きのまま冷えた水を一息に飲み干した。


「お代わりはいかがでしょう?」

「お願い」


 貰っておいて一口飲むと、副団長は残りを背後の従者に回す。


「処分を」

「は、失礼します」


 従者は部屋を出ると、からになった杯を持って戻った。

 廊下に出て飲んだのだ。


 身分が下の者が上位者の前で飲食することは身分を弁えない行為という習俗に従い、あえて処分という名目で副団長は従者の喉を潤わせた。

 面倒なことをする。


「私の目など気になさらず、シアナスもこの場で飲んでかまいませんよ」

「いえ、これも規則ですから」


 ヴァーンジーンの提案を赤毛の副団長は作り笑いで受け流す。


 どうも他人を信用しないタイプのようだ。

 失点になることを回避しようとしているように見える。


「シアナスとは姉妹の契りを交わしているのですから私の前でくらい砕けても」

「それが癖になって他で出てしまっては恥をかくのはシアナスです」


 気遣ってみせるヴァーンジーンに、目の合った従者は俯きがちになる。


「良い姉を持ちましたね」

「は、はい!」


 従者は頬を上気させてわかりやすく声を大きくした。

 そんなシアナスという従者を見る目だけが、少し優しい副団長。

 けれどヴァーンジーンに向けるのは猜疑を隠した瞳だった。


 ビーンセイズで会った時も私を観察していた。

 まさかとは思うけれどユニコーンとの関わりを探られても面倒だ。

 と思ったら私のほうに視線が向く。


「ところでヴァシリッサさん、以前お会いしたわね」

「はい、ビーンセイズではお時間をいただきありがとうございました」

「いつからジッテルライヒに?」

「ビーンセイズでことが起こってから。まさか通っていた教会で恐ろしい儀式がされていたなんて、わたくし、恐ろしく…………」


 普段ならこういう女相手には通じないか弱い被害者のふり。

 けれど今は本気で恐ろしい思いがあり、騙せると確信していた。


 何せあのユニコーンの側にいたという事実が恐ろしいのだ。

 それがまたビーンセイズに舞い戻っていたなんて、下手にジッテルライヒを離れないで良かったと思える。


「森の周辺の国に赴かれたことは?」

「エイアーナやシィグダムでしたら。けれどビーンセイズへ行く前のことです」


 そこで弱り切った飛竜を見つけて隷属させた。

 あれはいい拾い物だったのに、今でも惜しい使い方をしてしまったと後悔しきりだ。


「お生まれをお聞きしても?」


 どうやらおの副団長は私を疑っている。

 ということはエルフの国、獣人の国でのことを聞いているのだろう。


 ヴァーンジーンから聞くとおり姫騎士はあのユニコーンに気に入られているようだ。

 私の名も聞いているのだろうが、実の親はともかく生まれは貴族の子女。

 ダムピールだと知った人間はヴァーンジーン以外殺してきたのだから、ばれはしない。


「さて、副団長。本題をお聞きしましょうか。エイアーナで何か困りごとでも」

「…………それもあったのですが。何かジッテルライヒで変わったことは?」


 変な質問だけれど、変わったことはある。

 何か予兆を知って伝えに急いだのだろうか。


「そうですね。魔法学園の地下に古い墳墓の遺跡が見つかり、どうもそこに高位の屍霊が住みついていたようです」

「な!?」


 あら、予想外?


「ふむ、違ったようですね。ではそちらは何故?」

「…………実は、あのユニコーンさんがどうもジッテルライヒに向かったと聞きました」

「は!?」


 私は思わず大声を上げて口を塞ぐ。

 はしたないことだけれど誰も咎めなかった。

 どころか、ヴァーンジーンも珍しく驚いて言葉が出ないようだ。


「それは、確かですか?」


 副団長からビーンセイズで聞いたという冒険者組合の話から、ジッテルライヒへ向かったという目撃情報を聞く。


 話を聞きながら、私は気が遠くなるような恐怖を感じていた。






 巨大な地底の国で、怪物ワイアームが鼻で笑った。


大地に立つ者クローテリアだと? 分を弁えぬ過ぎたる名を」


 アルフの知識にある古い言葉に、言われてみればそう聞こえるものがあった。

 クローテリアもそう思ったから僕の名づけに喜んだようだ。


 実際はあんまり大地の上にいないのにとか思ったけど、これは言わないでおこう。


「我が分身を奪うとはいい度胸だ」

「最初に別けたのは君じゃないか。しかも魔王石を捨てさせるために放り出して」

「何!? それは本当か!」


 白髭のドワーフが僕の言葉にいきり立つ。

 ワイアームは秘密を暴露されたせいか不機嫌そうに顔を顰めた。


「何があろうとそれは我が生み出し、我が使うべく生まれた者。勝手な名づけ、勝手な自我、そんなもので我が支配下から逃れられると思うな!」

「あたしはもうお前の分身じゃないのよ! クローテリアという名の個なのよ!」


 独り立ちさせないワイアームと、もう関係ないと抗うクローテリア。

 そんな二人の言い合いを見て、なんだか人間っぽく思えてしまった。


「なんか、子離れできない親みたいなこと言うなぁ。クローテリアも反抗期の娘みたいだ」


 僕が笑った瞬間、またワイアームが光る。

 そしてクローテリアも光って、異変があったことがわかった。


「え?」

「「あー!?」」


 クローテリアとワイアームが同時に叫ぶ。


「何をした、仔馬?」

「さぁ?」


 グライフに聞かれても、答えられない。

 そんな僕にワイアームが牙をむくように怒鳴った。


「なんてことをしてくれたのだ! 我らの関係性が歪められたぞ!?」

「なんでよりによって親子なのよ!? こんな親願い下げなのよ!」

「えーと?」

「どうやら貴様は名づけだけではなく、称号を与える権能も羽虫から得ていたようだな」

「それってもしかして、僕が親子みたいだと思ったからクローテリアとワイアームは本体と分身じゃなくて、父親と娘の関係になったってこと、グライフ?」


 グライフが鳥の顔で神妙に頷く。

 でも別に良くない?

 と思ったら顔に出てたらしい。


 グライフが信じられないような目をして僕を見る。

 え、そこまで?


「貴様本当に度し難いほど妖精のような無法を行うな」

「たまに思うけど、グライフの中で妖精ってどれだけ極悪非道なの?」

「世界を歪めた神に次ぐ諸悪の根源」


 だいぶ極悪だと思ってるらしい。


 僕たちを凝視してたワイアームが、何かに気づいたように指を差してきた。


「そうか、貴様か。貴様が妖精どもが言っていた、妖精の守護者」

「あ、うん。そう呼ばれてる」


 答えるとワイアームは僕の額を見るようだ。

 何か探すように動く目。

 これって僕の正体も妖精に聞いてるんだろうな。


「とんだうつけではないか」

「否定はせん」


 グライフひどい。


「物知らずで限度もわからない子供なのよ。関わるだけ損するなのよ。さっさと穴蔵に帰れなのよ!」


 クローテリアもひどくない?


 けどワイアーム何か別のことに気を取られてた。

 僕を見てるんじゃないな。あ、僕の懐だ。


 そこにはダークエルフのスヴァルトから借りた封印の袋が入っている。

 そして中には魔王石のカーネリアンが入っていた。


隔日更新

次回:厄さえ捨てない強欲

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 一気読みさせてもらいました。 とても丁寧に書かれた人外モノだと思います。主人公が人外だからこそ人間の理不尽さとかよく分かりますね。特に子供たちが純粋な気持ちで残酷なこと言ってるのは、考えさ…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ