282話:紛れるドラゴン
ドワーフのブーイングはがなり声混じりですさまじいことになった。
魔学生も耳を抑えて耐えている。
もちろんそんな空間でグライフが大人しくしているわけもなく。
苛々して僕を尻尾で打つのは黙らせろってことなんだろうな。
「…………あれ?」
ドワーフの中にいつの間にか背の高い人が立っていた。
黒髪、浅黒い肌、金色の瞳を持つその人物は、ドワーフと一緒になってブーイングを投げかけている。
「宝を壊しておいて悪びれぬとは悪辣極まりない!」
「「そうだそうだ!」」
「グリフォンでありながら価値がわからぬとは言わせぬぞ! それともそれほどに耄碌した個体か!?」
「「そうだそうだ!」」
「己の過ちを反省する思いがあるのなら、その手にある黄金の爪でも差し出して誠意を見せろ!」
「「そうだそうだ!」」
あれ強請りになってる?
けど気になるな。なんだろうあの人?
見た目はクローテリアが人化した時に似てる。
「って、どうしたの?」
気づけばクローテリアが震えてた。
怒ったドワーフに素材にされるとでも思ってるのかな?
僕がマントの下のクローテリアを見ると、グライフも一緒になって覗き込んだ。
「…………のよ」
「何? ドワーフの声がうるさくて聞こえないよ」
クローテリアは爪が刺さるくらい本気で僕にしがみついて声を振り絞った。
「あいつなのよ…………あいつが!」
クローテリアが反応してるのはドワーフに紛れた黒い人のようだった。
「君は誰?」
僕は風の魔法で声を届ける。
周辺のドワーフにも聞こえたようで、ようやく気づいて見知らぬ相手にドワーフも距離を取った。
遅いよ。
「ほう、ただ者ではないな」
「え、そんなに? グライフが興味持つなんて」
いや、グライフは警戒してる。
それほどの相手なんだ。
「こいつなのよ、こいつがワイアームなのよ!」
「何、ドラゴン!?」
クローテリアの声にドワーフも驚いてブーイングをやめた。
「じ、人化じゃと!?」
「呪いはどうした!?」
「まさか神の呪縛を解いたとでも言うのか!?」
そう言えば神にドラゴンにされた怪物だったっけ。
気づかれたことに焦りもせず、ワイアームは笑う。
瞬間、僕にだけ聞こえる嘆きの声が響いた。
「グライフ、風!」
僕はグライフと一緒に風を叩きつける。
次の瞬間、ワイアームの全身から白炎が放たれたように見えた。
音が後からくる大爆発によって、一瞬で城は破壊される。
「…………う、みんな!」
瓦礫と一緒に吹っ飛んだ僕は、なんとか着地を決めて辺りを見回す。
風は自分たちと魔学生周辺を飛ばすために使った。
自分から飛んで被害を軽減しようとしたんだけど、まさか城ごと吹き飛ばすなんて。
予想以上の威力と瓦礫で、擦り傷と打撲を負った。
「ぐ…………、皆、無事、か?」
「エルフ先生のほうこそ大丈夫かよ!?」
「あ、ぼ、僕たちを庇って…………血が…………」
エルフ先生は額を怪我したらしく血を流している。
ディートマールとマルセルが助け起こそうとするのをユウェルが止めた。
「皆さん、手当てをしますから離れてください」
「どうしよう、どうしよう!」
「いいからお前さんらは避難じゃ!」
「でもフォーもあっちで!」
エルフ先生が瓦礫を頭に受けたことで動転するテオとミアを、ロークが引っ張る。
ユウェルとロークが魔学生を避難させてくれるようだ。
喋って歩けるなら向こうは大丈夫なはず。
たぶんワイアームの近くにいたドワーフのほうが大丈夫じゃない。
「おのれ! やりおったな、欲の皮の突っ張ったドラゴンめ! どうやって人化なぞ!?」
白髭のドワーフはワイアームから距離のある場所でそう叫ぶ。
瓦礫の砂埃で汚れてるけど、無事らしい。
あ、思ったよりドワーフは無事っぽいな。
次々に瓦礫から自力で這い出してきた。
「やはりこの程度では死なぬか。無駄に頑丈さだけはある」
爆心地のワイアームが慌てるドワーフたちを眺めて笑う。
どうやらドワーフは丈夫な幻象種のようだ。
「君が怪物のドラゴンでいいのかな?」
声をかけるとようやくワイアームは僕を見る。
「人化している理由を聞いてもいい?」
「そなた、魔王信奉者がうろついていた時に近づいて来たな?」
あ、覚えられてる。
僕は一度、流浪の民を追ってエルフの国から巣に近づいたことがあった。
「そなたの働きに免じて教えてやろう。魔王がかつて怪物を配下に収めた際、神より変じられた姿を元に戻す薬の開発をしていた。結局完成間近で魔王は破れ、薬は魔王信奉者が秘匿したのだ」
「つまり君は、その姿を元に戻す薬を飲んだの? 流浪の民から貰って」
「ふん、神の楔を完全に断ち切ることなど魔王にもできぬ。あれはあくまで姿を一時的に人間へと変じるだけのものであった」
「なるほど。貴様は人化のみが可能となった訳か。とは言え完全に人間の姿を取るとはな」
グライフは羽根を広げていつでも飛び立てる態勢を取る。
ワイアームが不愉快そうな顔をすると、突然角と皮の羽根、鱗の覆われた黒い尻尾が生えた。
「魔王信奉者が手を入れたお粗末な薬では一晩がせいぜい。それを我は己に取り込み魔法の内に再現を行い、我が身に宿したのだ」
えーと?
つまり薬はもらったけど完璧に人化したのは変化が得意だった自分のお蔭ってこと?
人間のふりするのも、特徴表すのも自由自在ってことなんだろうけど、今はどうでもいいや。
「なんで流浪の民に自分の巣穴を通れるようにしたの? その薬貰った対価とかじゃないみたいだけど」
「なに、相応の貢物を用意するだけの礼儀を知っていたからにすぎん」
つまり買収されたと。
黄金抱えて呪われて、さらにはドワーフからも宝への執着から埋められたのに。
どうやらこのワイアーム、懲りないようだ。
「こちらも聞かせてもらおうか」
ワイアームの目は僕を見てない。
僕のマントに隠れたクローテリアを見据えている。
その視線だけで言われなくても用件はわかった。
「我が分身をよくぞ運んで来た」
「さっき言ってた働きってそういうこと? でもクローテリアは君じゃないよ、ワイアーム」
否定した途端、クローテリアとワイアームが光る。
これって名づけの時に見た光に似てる気が…………?
僕がそう思っていると、クローテリアがマントから飛び出した。
「やったのよ! あたしはあたしなのよ!」
「そなた何をした!?」
興奮するクローテリアとは対照的に、ワイアームは怒ってるようだ。
ワイアームの様子を見て、さらにクローテリアは喜ぶ。
「どうせ戻ったって吸収されるだけなのよ! だからあたしは存在を強化するために妖精王の権能を委譲されたこいつに名づけをさせたのよ!」
「妖精王の権能!? そんな馬鹿なことが、いや、しかしこれは!」
「こいつがお前を認識して宣言したのよ! あたしはあたしなのよ! お前とはもう違う存在として決定づけられたのよ! 妖精王の権能にお前は逆らえないのよ!」
クローテリアは空中をグルグル回って飛びながら嬉しそうに叫ぶ。
「えーと? 結局、僕は何したの?」
「俺に聞くな、仔馬。貴様のやることはもはや種を超えすぎている。妖精王に毒され過ぎなのだ」
「権能を奪えるなら面白いみたいなこと言ってたのに」
「あのモグラが言うように、奪うのではなく委譲でしかない。妖精王は変わらずその権能を振るえる。俺に文句を言う気があるなら、まずあの羽虫が権能を振るえぬよう奪ってからにしろ」
「いや、しないよ」
本当にグライフって好戦的だなぁ。
なんて話してる内に、ワイアームが僕を見ている。
その目は怒りと屈辱で滾るように光っていた。
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