277話:悪魔の食堂
他視点入り
「副団長、先ほどの少年の話はどう思われますか?」
ビーンセイズのとある街で、私は冒険者組合の応接室に通されている。
周囲に人がいないことを確かめて帯同したシアナスが意見を求めた。
私たちが街に入ると身なりのいい少年が声をかけて来たのだ。
エイアーナにいたバンシーのカウィーナ憑きで、私たちの来訪を察して少年を通じてこの街で起きた騒動を話してくれた。
「あの子ならやりそうよね。…………最期の言葉を聞いたから、なんて」
妖精王の加護を受けた不思議なユニコーンの仔馬がこの街に立ち寄ったことは知っていた。
ジッテルライヒに行くついでに何をしたか知るつもりで私たちも立ち寄ったのだ。
まさか母馬を殺した相手の家族を救うなんて、人間でもなかなかできない仁義を示すとは。
「人ではないからこその割り切りかもしれないわね」
「そう、ですね」
私の座る椅子の後ろに控えたシアナスはどうやら森でのことを気にしている。
仔馬に大人の対応をされたのだ、思うところはあるだろう。
それを上手く自分に落とし込めればいいけれど。
独り立ちしたのだからあまり口を出し過ぎるのもいけない。ここは自重しましょう。
「遅れて申し訳ない」
入って来たのは元冒険者でもしていただろう冒険者組合職員の壮年男性。
「基本は冒険者対応全般の主任をしてるんですが、今は組合長代理として対応させていただきます」
「えぇ、王都の冒険者組合のほうに人を回していると聞いているわ。あなたも何処かへ出向していたと聞いています。どうぞ、おかけになって」
相手は平民で私は貴族籍を持つ。
椅子を勧めるのは気遣いに見せかけて、立場は上だけれどそれを前面に出し過ぎると反発するための牽制だ。
どうやらこの組合長代理はその辺りの機微がわかる人物のようだ。
椅子に座ると愛想笑いをやめた。
「それで、神殿騎士のあなた方がいったいどのような?」
「そう構えないでいいのよ。知り合いとここで落ち合う約束をしていたの。けれど私たち遅れてしまって。冒険者組合に顔を出しておくと言っていたのだけれど」
「騎士さまと知り合いの冒険者、ですか?」
「フードで顔を隠しているからわからないかもしれないけれど、可愛い子よ。フォーという冒険者で」
「あいつか!?」
「何かしでかしたの?」
叫ぶ組合長代理に思わずやらかした前提で聞いてしまった。
「えーと、冒険者フォーの身元については?」
「知っているわ。共に旅をしたし、あの子がビーンセイズに入る直前、エイアーナで別れたの」
本来はシアナスとブランカだけど、今はそんな細かいことを言っても意味がない。
「あの子の実力も、良く知っているわ。ちょっと世慣れしていないこともね。だから冒険者の身分を使うと言っていたから、冒険者組合に顔を出して所在をはっきりさせておくよう約束もしたのよ」
「あー、なるほど。すでに神殿騎士の方に目をつけられてた、と」
「基本的に悪気のある子ではないけれど、ね」
組合長代理の頷く仕草には、とても共感が籠っていた。
やはりあの少年が言った以上のことをすでにやらかした後のようだ。
「姫騎士がこっちってことは、あなた方もジッテルライヒに?」
「…………も?」
「あ、遅れたってのは一緒にジッテルライヒに行く約束とかじゃなく? あっちのほうが会いに行ったとかですか」
「ちょ、ちょっと待って! あの子、ジッテルライヒに行ったの?」
私は前のめりになって聞いた後に、確認のため肩越しにシアナスを見る。
唖然としていたシアナスは、私の視線で首を横に振る。
何も聞いてないらしい。
「あれ? そう言えば一度森に帰るとかってエイアーナへ」
「そうよ。森に戻ったことは聞いたのよ」
そうでないと妖精王の危機に間に合わない。
しかもその後シィグダムに現れている。
さらにシィグダムから戻った後にシアナスは森で会っているのだ。
だとすればシアナスとブランカに会った後ジッテルライヒに?
いえ、つまりは…………。
「あの子は、また、ビーンセイズに来ていたの?」
「あぁ、はい。実はですね、ビーンセイズのもっと北のほうでガルーダが暴れてまして」
「あの子が倒したのかしら?」
「はぁ、驚かれないんですね」
「ふふ、単独で倒したと言われても納得するもの」
「そこまでご存じですか。ってことは小さいドラゴン連れてたことも?」
それは知らないのでシアナスを見ると思い当たる節があるようだ。
「それは黒く、首に鎖を?」
シアナスが確認して思い出す。
森にはノームの所で盗みを働いたというドラゴンがいたはずだ。
「あのドラゴンを連れて、ジッテルライヒへ?」
一体何をしに?
「ともかくそのことについて詳しく。あと、いったいいつのことかを話してちょうだい」
私は組合長代理を捕まえて根掘り葉掘り聞き出すことになった。
ドワーフの国の入管から解放されたものの、僕は行き場を失くしていた。
「なんで何処も宿に泊める代わりに剣寄越せになるんだよ!?」
「信用できないから剣を預けろなんておかしいよ!」
「絶対あれは返す気ないね! そういう目をしてた!」
ディートマール、マルセル、テオが口々に不満を叫ぶ。
入国できたから宿を取ろうとしたんだけど、宿のドワーフたちは僕を見ると剣を寄越せとしか言わなかった。
色々理由をつけてたけど、本心ははテオが言うとおりだろう。
「なんとも面目ない。どうやらノームの剣のことは広まってしまっているようだ」
魔学生に聞いて僕を助けに来てくれたロークが謝る。
「ドワーフがここまで目の色を変える逸品だったとは」
「本当にノームの剣だったのね」
エルフ先生は西の出身でこの辺りで有名なノームの鍛冶屋を知らない。
そしてミアはようやくこれが本物だと信じてくれたようだ。
「あまり広くもないが、わしの家を使ってくれ。子供たちはともかく、エルフの先生には手狭だろうが」
ドワーフは小さい。
僕たちはまだ子供サイズだからドワーフの使う家具で間に合うとは言え、それでも一気に五人も増えると狭いだろう。
けれど一番の問題はドワーフより身長があるエルフ先生だ。
たぶん外国人相手の宿じゃないと横になれるベッドさえない。
「気遣ってくれるだけありがたい。お言葉に甘えさせてもらえるだろうか」
「っていうか、これ、悪目立ちするなら直しておくよ」
僕はノームの剣を腰から外して妖精の背嚢へ突っ込んだ。
途端に全員が変な声を出す。
「「「なんだそれ!?」」」
「いっぱい入るとは思っていたけど」
「待て待て待て。なんだそのありえない収納性は」
「魔法でもそんなことできないだろ」
「え? 妖精の小道とかを応用した物だって聞いてるよ」
なんか他のドワーフたちもこっち見てる。
「もしかして、これも珍しい?」
「珍しいどころの話じゃない。あの妖精しか使えないと言われている空間を歪める能力を袋に使えば他の種族でも使えるということか?」
エルフ先生が真剣な顔をしてまくしたてる。
「これ、裏返すと周りの全てを飲み込んで消えるらしいから、あんまり使い勝手良くないけどね」
「ぐふぅ、なんちゅうもんを無造作にぶら下げておるんじゃ」
ロークに戦かれた。
というかずっと僕について来てたドワーフたちが距離を取った。
何をしようとしてついて来てたかなんて聞かないけどね。
「なんだ、この程度で怖がるならもっと早く言っておけば良かった」
「念のために聞いておくが、他に危険物は?」
エルフ先生が安全確認をするので、一番の危険物のことは言わずに答える。
「うーん、多すぎて困るけど。だいたいはこの袋の中だよ」
「頭につけてつけてるのはなんのつもりなのよ?」
言わないでいたらクローテリアが突っ込んだ。
エルフ先生は聞かないふりをするようだ。
まぁ、この一番の危険物は取り外しできないからね。
「あ! そう言えばその飾りも悪魔がくれたって言ってたな!」
ディートマールが声を大きくするけど、さすが幻象種の国。
反応は微妙だ。
そう言えばここは大通りなのに閉まってる食堂があった。
見覚えのある看板が目につく。
「悪魔の食堂ここにもあるんだね」
森にいる悪魔のコーニッシュの店だった。
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