274話:ドワーフの国
船長の手配で移動はスムーズに進んだ。
船でリートゥーバについて、そこから馬車でオードンという南の国へ移動する。
このオードンが唯一ドワーフの国と接している人間の国なんだとか。
「人間の国はここまでだ。この先ではよく行動に注意しなさい」
エルフ先生が御者台から注意するけど、あんまり魔学生は聞いてない。
「うわ! 見ろよあの崖、高ぇ!」
「本で見たとおりだ! 大きい!」
ディートマールとマルセルは馬車の上で立ち上がろうとしたから、僕は両手で二人を掴んで押さえた。
「騒ぐなと言っているだろう。人間相手ならある程度言葉は通じるが、幻象種ではそうもいかない」
「けどエルフ先生、幻象種のほうはこちらの言っていることがある程度わかるんでしょ?」
注意を聞いててもテオは気にしてないみたいだ。
幻象種って相手の主張がわかっても気にしないひともいるからなぁ。
…………グライフみたいに。
「前に助けたドワーフさんが、人間の言葉を覚えてるドワーフもいるって言ってましたよ」
ミアも気楽に言うと、エルフ先生だけがどう伝えたものか神妙な顔をしてる。
「心配しすぎも疲れると思うんだけど。そう言えばドワーフってエルフと仲がいいんだっけ?」
「違うのよ。性質が似てるから居住地が近くなるだけなのよ」
「それには異議を唱える。我々エルフは薄暗い地下には住まない」
口を挟むクローテリアにエルフ先生が即座に否定した。
「うーん、エルフに近いとなると僕、またエルフの国の時みたいに怒られるのかな?」
「何をしたかは聞かないが、不用意な発言は慎むべきだろう」
エルフ先生は先を見据えて忠告する。
これってエルフ王に言ったことを伝えたら…………うん、やめておこう。
ドワーフの国には交渉に来たんだし、ここまで一緒に来た相手を怒らせてもね。
「そろそろドワーフの国で落ち合う相手について言っておいたほうがいいのよ」
「え、そうかな?」
「でないとこのエルフは心の臓が口から出るのよ」
「え…………?」
僕の次にエルフ先生が驚きの声を漏らす。
「き、君はいったい誰と」
「おい、止まれ」
ドワーフの国の入り口である崖に向かっていると、ドワーフに止められた。
「入国したいなら馬車から降りて待っていてくれ」
そう言って指されるのは崖から続く人間の列。
止めたドワーフはすぐに別の旅人らしい人の下へ走って行った。
「うわ、すごい。崖に像が彫ってある」
馬車を降りて間近で見上げると、その迫力に驚く。
前世の記憶で高層建築が珍しく感じない僕でも、ディートマールたちが騒いでいたのが頷ける大きさだ。
山の一部である岩肌の崖に、ビルのように高い彫像が作られている。
前世の知識にも似た物があったけど、それは仏像だった。
けれどこれはたぶんドワーフの戦士? かな?
「思ったより多いな。これ全部ドワーフの国に行くのか?」
ディートマールが列に並ぶ人たちを見ながら呟くと、テオが首を傾げた。
「馬車が少ないし荷も多くない。話に聞いてたのと違うよ」
「なんだお前さんら。子供ばかりで何処から来た?」
前に並んだ商人らしいお爺さんが振り返って声をかけて来た。
背中には自分よりも大きな荷物を背負っていて、振り返るまでお爺さんだとはわからなかったくらいだ。
「私たち、ジッテルライヒの魔法学園から来ました」
「授業の一環だよ」
「ジッテルライヒ? 何処だね?」
ミアとマルセルにお爺さんが答えると、胸を張っていた魔学生たちは肩透かしを食らったような顔をする。
「リートゥーバの港から北に。シィグダム、エイアーナのさらに北のランゲルラントの港から船に乗り来た」
「なんだい、エルフさん!? あんたニーオストのおひとじゃないのか? しかもずいぶん遠くから来たもんだ!」
驚くお爺さんに魔学生もエルフ先生もその反応の激しさの意味がわからないようだ。
僕には一つ思い当たることがある。
「今シィグダムが大変だから人減ってるんじゃない?」
「お、そっちのは知ってるのかい?」
「僕は…………エイアーナ辺りからジッテルライヒに行ったから」
森って言ってもなんだし、と思ったらエルフ先生が僕を見下ろす。
そして気づいた様子で魔学生をみると、その後また僕を見る。
いや、僕の角を見た。
うん、すっごい嫌なものを見たような顔してる。
「どうしてエイアーナで気づくのよ?」
「エイアーナで狩りがあったからね」
ユニコーンを伏せるとエルフ先生以外わからない顔をする。
意味のわかったエルフ先生だけが顔色が悪くなった。
これ完全に僕の母馬が人間に狩られた上で、角取り返したことも知ってるなぁ。
「エイアーナでの狩りがどうしてシィグダムなんだ?」
「そこは関係ないよ、ディートマール。こっちの話。エイアーナの南のシィグダムって国がアイベルクスと結託して軍事行動したけど失敗したんだ」
「お、そうなのかい?」
あれ? お爺さん知らない?
「シィグダムの様子が変だとは聞いてたんだが、いったい何処に戦争を仕かけようとしたんだか」
「…………軍事行動など初耳だ」
エルフ先生は眉間を揉みながらなんとか声を絞り出す。
「城が襲撃されて皆殺しにされてるから情報が逆に出てないのよ」
「なるほど」
クローテリアに頷くと、深く聞こうとしてたエルフ先生が耳を塞ぐ。
顔が後悔でいっぱいだ。
「フォー、すぐそのドラゴンとだけ話すのやめてよ」
「そうだそうだ。ちょっと感じ悪いぜ」
マルセルとテオに文句を言われてしまった。
お爺さんは不思議そうにクローテリアを見る。
居心地が悪かったのか、クローテリアは僕のフードの中に隠れた。
「…………きゃ! 今誰かお尻触った!?」
ミアが突然悲鳴を上げた。
けど辺りを捜しても誰もいない。
いや、僕の目には悪妖精が見えている。
もちろんエルフ先生も気づいて悪妖精を見下ろした。
「生徒への危害は攻撃とみなす」
「君、何してるの?」
「なんじゃ? お前さんら何が見えてるんじゃ?」
お爺さんが僕たちの視線の先を見るけど、にやにやしてるゴブリンには気づかない。
たぶんミアにセクハラしたのこのゴブリンだ。
あと、マントの下に木彫りが隠れてるせいか僕を気にしてないみたい。
「お、いい剣持ってるじゃねぇか。こいつはカモだぜ」
「それ本人を目の前に言うかな」
「へっへっへ、子供は大人しく言うこと聞いてりゃいいんだ」
うん、悪妖精って感じ。
たぶんビーンセイズでも見た鉱山に住むゴブリン、コブラナイのはずだけど。
そう言えば妖精の背嚢に僕には使う機会はないと思ってた物があったな。
「えい」
「ぶわ!?」
僕はコブラナイにアルフが作った銀色に光る粉末を投げつけた。
途端にコブラナイの姿が他にも見えるようになって、魔学生とお爺さんが驚きの声を上げる。
もちろん、突然姿を現すよう強制されたコブラナイも騒いだ。
「ひぇ!? なんてもん持ってんだよ! こりゃやべー!」
言うと、コブラナイは一目散に逃げて行く。
うーん、足だけなら草原にいる武器持ちのゴブリンのほうが早いなぁ。
「フォー! 今のなんだよ!?」
「いきなりゴブリンが現われたよ!?」
「い、いつの間にあんな近くにいたんだ?」
「び、びっくりした。あ、もしかしてお尻触ったの」
「妖精見えるようにする薬のはずだけど、逃げ出すほど嫌だったのかな?」
妖精の背嚢には袋に詰められた状態で銀色の粉末が入っていた。
適当に掴んでぶつけたから、適量かどうかはわからない。
「…………あんたそりゃなんだい!?」
驚きから覚めたお爺さんが、大きな荷物を背負ったまま食いつく。
あ、目が欲に輝いてるなぁ。
その上、不思議な薬に魔学生も興味を示した。
「なんだそれ! すっげーな!」
「今の妖精だよね? なんで見えたの!?」
「まさかそれ銀でできてるなんて言わないよな!?」
「きらきらしてて綺麗ね! もっと見せて!」
どうやら逃げたコブラナイを捕まえるどころじゃなくなってしまったようだ。
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