28話:地下での攻防
グライフは死角からの剣閃を危うく回避した。
「何!? 避けただと?」
ツインドリル団長の渾身の一撃だったようで、その顔には焦りが浮かぶ。
「援護します!」
短髪の従者が小型の弓を引く。
顔目がけて飛ぶ矢を、グライフはこともなげに首を動かして避けた。そして、矢の軌道上にいたアルフが慌てて僕から転げ落ちて避ける。
「あっぶねぇな! 考えて避けろよ!」
「考えた上で避けたのだ、阿呆め」
「余計にたち悪いだろ!」
アルフと言い合っている間に、近すぎたツインドリル団長は短髪の従者近くへと退く。
後ろでは赤毛副団長たちが追いついて来た。
「ランシェリス! そのグリフォン、魔法が達者よ!」
「グリフォンが? とんでもない者が潜んでいたものだ」
「潜むなどするわけなかろう、戯けたことをほざくな」
「「!?」」
あれ? 今、グライフ喋った?
今まで鳴き声だったのに。
「ふむ、通じているようだな。仔馬の真似事の割に上手くいったようだ」
どうやら、僕が風魔法で喋る練習をしていたのを真似たらしい。
僕、未だに片言みたいな喋り方になるのに…………。
「人間、見逃してやる。俺の道を塞ぐな」
そして僕を真似たと言いつつ、グライフの傲慢は変わらないみたい。
滅茶苦茶上から目線で言われて、姫騎士たちが気色ばんだ。
状況を考えれば、グライフには不利な場所で、前後を挟まれてる。
姫騎士団のほうがどう見ても優位だ。
けど、グライフとしては殺そうと思えば殺せるし、僕やアルフっていう隠し玉もいる。
どうにでもなると高をくくってるんだろうなぁ。
「団長…………」
こっそり、短髪の従者がツインドリル団長の袖を引いた。
あれ? なんか栗色の目が、こっち見てる?
うん? この匂いってまさか…………。
「グリフォンの背に、妖精がいます。蝶の翅に美しい顔立ちの少年の姿をした」
「なんだ、見える奴いたのか。せっかく魔法で驚かせたってのに」
僕からすると変化はないんだけど、姫騎士団たちの視線がアルフに集中した。
どうやら自分から見えるようにしたみたい。
アルフから伝わってくる感情を読むに、グライフが魔法上手って言われて釈然としなかったみたいだ。
そしてアルフにも僕の考えが伝わり、短髪従者の纏う外套を見て笑う。
「本当に妖精か? 何故グリフォンといる!?」
「「たまたま」」
アルフとグライフが声を揃えた。
聞いたツインドリル団長が眉間に力を籠める。
馬鹿にしてると思ったみたい。けど、残念ながら二人とも本気なんだよね。
「真似をするな、羽虫」
「いや、お前おまけだから。くっついて来てるのお前のほうだから」
不毛な言い合いを始めそうな気配に、僕はグライフの背中で足踏みをして、アルフを尻尾で打った。
二人ともそれで黙る。
いや、本当空気読んでよ?
僕の気持ちが伝わったのか、アルフがツインドリル団長に指を向けた。
「俺がここにいる理由なんて、そっちはとっくにわかってんだろ?」
「やはり、ダイヤが…………」
「やらかしたのは人間だ。言い換えれば、俺たちを招き入れたのはこの国の人間なんだよ。追いかけ回される理由はない」
姫騎士団はいつでも攻撃できる体勢を整えたまま、ツインドリル団長の指示を待って静かだ。
「人の罪であると言うなら、人の罪は人が裁く。森へ帰ると約束してくれるなら追わない」
「笑いさえ起きんぞ、人間。貴様らにつき合う理由が何処にある。奪われた物を奪い返すために来た者に、盗品を返すこともなく帰れとは」
「まー、人間の手に渡った時点でこうなることはわかってたけどさぁ」
軽蔑したようなグライフの後に、アルフは気にした素振りもなく笑った。
僕の疑問に気づいたアルフは、姫騎士団に話す態で教えてくれる。
「人間の業でもあり強みでもあるのが、その欲深さだ。一度手に入れた物を、例え人間に非があっても、ただで返すなんてことするはずはないとは思ってたさ。その上、他人が持ってて自分が持ってないことが我慢ならないのも人間だ」
「奪い合いになることは予想済みか、羽虫。貴様の悠長さも笑えんが、確かに人間は強盗行為を誇る下郎ではある。さもありなんか」
僕はもう一度足踏みして、尻尾を振った。
姫騎士団の殺気がひどい! この状況で煽ってどうするの!
「…………こんな、人を曲解するのが、幻象種と妖精なんですか?」
うーん、僕も前世の人間だった時に言われたら短髪の従者みたいな感想だったのかなぁ。
実際、魔王石返さないって、ツインドリル団長言っちゃってるし、エイアーナからビーンセイズが奪い合いやっちゃってるし。
別にアルフの言ってることは間違ってない。
で、グリフォンからすれば、黄金奪いに来る人間は、強盗と変わりない、と。
前世の知識のゲームとかだと、強いモンスター倒せば称号つくし、実入りも良かったりするから人間側の考えが想像できないこともないけど、けど…………。
襲われる側なんだよね、僕。気分的にはアルフとグライフに同意しちゃう。
正直、人間って卑しいよなぁ。僕もひとのこと言えないんだろうけど。
ただ、この人たちはまだ道理を通そうとしている雰囲気がある。
魔王石危険だから自分たちで確実に回収したいってのも、さっきの犠牲者を見捨てられないって言ってたことからわかる。
「どうするのだ? 俺は別段噛み殺しても構わんが?」
「あー、待て待て。考え中」
あ、僕の決定待ち?
そうか、協力できないかな、なんて言ったから。
(協力が無理なのはわかった。人間って、見逃せないほど僕たちのこと怖がってるんだね)
(あぁ、自分よりも強い生き物に近寄られると過剰に排除しようとするんだよ)
アルフが心で答えてくれた。
(けど、盗んだ本人でもないんだし、姫騎士団を傷つけるのは嫌だな)
(じゃ、どうする?)
逃げるにしても挟まれてるしね。
振り切るなら、人数の少ないツインドリル団長の方向だ。
けど、あの光ってる剣が気になる。
細身の剣なのに、グライフの首を断ち切る気で振られてた。つまり、当たれば断ち切れると思ってたってことだ。
ゲーム的に考えると魔法剣的な?
(アルフ、あの団長の持ってる光る剣って何?)
「なぁ、その光ってる? 剣って噂の聖剣?」
「…………!? 光って、見えるのか?」
ん? 団長、副団長、後は隊長っぽいちょっといい装備の人たちが驚いてる。
「光など、俺には見えんぞ」
グライフが獣の声で言って来た。
アルフも疑問形だったし、もしかして見えてるの僕だけ?
(最初から、白銀に輝いて見えてるけど?)
(魔法のかかった武器の燐光しか見えねぇなぁ。人間たちの反応からして、見えないほうが普通みたいだし)
(あれ? っていうか、今が逃げ時じゃない?)
僕が思わず心で呟いたら、アルフが即採用してしまった。
「交渉は決裂ってことで!」
「ふむ、邪魔をするなら命を懸けるのだな」
グライフもすぐさま翼で風を打ちつけた。遅れずアルフも魔法で風を強化する。
正面のツインドリル団長たちはもちろん、背後で構えていた赤毛副団長たちも怯む。
「魔法を…………魔素が!? 妖精か!」
「これだけ近いんだから、使わせるわけないだろ」
魔法で足止めしようとした赤毛副団長たちを、アルフが邪魔したようだ。
グライフは鉤爪を構えて、ツインドリル団長に襲いかかる。
「全員退避!」
命じて、ツインドリル団長は果敢にも単身グライフに向けて地を蹴った。
飛び込むように転がると、ツインドリル団長は白銀に光る聖剣をグライフの翼に向けて立てる。
僕は咄嗟に角を突き出して剣を弾いた。
「何!?」
「ぬぅ!? 刃先が…………」
突然硬質な音と共に弾かれ、ツインドリル団長は目を瞠る。
断ち切られることはなかったものの、白銀の刃はグライフに掠った。
「なるほど、聖剣か」
「グライフ、大丈夫!?」
「痛むだけなら今は走れ!」
アルフの指示に、グライフは爪を立てて走り出す。
振り返ると、姫騎士団は追うのをためらう様子を見せていた。
ツインドリル団長と赤毛副団長は、信じられない様子で聖剣を見ている。
聖剣とは、と頭の中の知識が開いた。
神が与える聖なる剣、もしくは、神の移し身である使徒を象徴して作られた剣である。
神の与えた聖剣は、神の権能を有しているらしく、人間の身には余る自滅の剣らしい。
そして使徒を象徴して作られた剣は、使徒の聖遺物から使徒の持っていた力を再現しているのだとか。
シェーリエ姫騎士団が持つのは、使徒シェーリエの聖遺物から作られた聖剣。いかなる邪悪も退ける力があり、相手が邪悪であればあるほど切れ味が増すんだとか。
何そのファンタジー。
こんな状況じゃなきゃじっくり見たかった!
そして、グライフ。君邪悪だったんだね。知ってはいたけど。
グライフの翼は刃先が振れただけで羽根が切り裂かれ、皮膚にまで達してしまっている。
滴る程度とは言え血を流しながら、グライフは一目散に姫騎士団から離れた。
「…………欠け、てる?」
遠ざかる中、妙にはっきり、ツインドリル団長の呟きが聞こえた気がする。
…………弁償しろとか、言わないでほしいな。
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次回:服は手に入ったけど




