266話:無意味な監禁
競技大会当日、監禁されました。
「あの貴族っぽい学生、何考えてるんだろ?」
猿轡を噛み千切って僕は呟く。
どうやら僕は噛む力も人間より強かったらしい。
アルフの知識に丸めた布を口に入れて噛めないように対処する正しいやり方って出て来るけど、そんなのどうでもいいよ。
手足を縛られた状態で放り込まれたのは、どうやら石造りの倉庫のようだ。
「全く、何してるのよ」
「クローテリア、無事だった?」
屋根の隙間から羽根を使って降りてくるクローテリア。
僕が捕まった時、魔学生に追いかけられていたんだけど逃げ果せたようだ。
「あんなのろまのガキに捕まるわけないのよ。ちょっと隠れたらすぐに見失ったのよ」
僕を捕まえてクローテリアを狙った貴族の魔学生は、その割にこうして殺しもせず拘束しただけ。
何が目的かはわからないけれど、クローテリアも来たし本格的に逃げる準備をしよう。
僕は手を縛る縄を噛んで引き千切る。
手を自由にして足の縄は解いた。
「本当になんであんたは捕まったのよ?」
「え、うーんと、殺しちゃまずいと思って抵抗しなかったけど」
「変なところ悠長で本当に呆れるのよ。殺されるのを黙って待つつもりなのよ?」
「違うよ。殺す気なさそうだから捕まってみたんだ」
その気があるようなら一刺ししてる。
けど縛った後こうして監禁するだけに留めたのは何か意味があるんだと思うんだけど。
「何がしたいんだろう?」
「そんなの、競技大会に出させないための嫌がらせなのよ」
あ、なるほど。
貴族の魔学生は僕が協力する魔学生たちの中、恥をかかされたと思ってるんだろう。
勝手に盛り上がって勝手に自滅しただけなんだけど。
その腹癒せに僕を捕まえて競技大会を失敗させようというつもりらしい。
「せっかく練習したし、魔学生たちをがっかりさせるのはなぁ」
「外では捜してるのよ。でもこの辺りにはまだ来てないから出番までに捜索の手は届きそうにないのよ」
クローテリアが言うにはディートマールたちを中心に僕の不在が判明してから捜し続けているそうだ。
教師も手伝って捜してるけど、この辺りは学園の敷地の端で捜すのも後になりそうなんだって。
「いっそ手を出さないほうが面倒はないのよ。練習ですでにやらかしてるのよ」
「いや、ちょっと危ない妖精呼んじゃっただけで、ちゃんと帰ってもらったって」
「沼に引きずり込む妖精や死の猟兵の猟犬、疫病の妖精に嵐の妖精。全部一体いれば十分な攻撃力あるのよ」
「街の中って森にいるような可愛い妖精いないって知らなかったんだよ。それにコボルトなんかも家から離れたがらないって知ってたらあんな適当な呼び方しなかったし」
「森にいるコボルトたちだけじゃないのよ。竈の妖精も井戸の妖精もごっちゃにいるのが、あそこは特殊なのよ」
オイセンから引き揚げた人間の側にいる妖精を見慣れていた僕の認識の間違いをクローテリアが指摘する。
館にいる妖精の大半が、理由がなければ持ち場を離れない妖精だったらしい。
「あ、それならクローテリア。夜の妖精が何人も来たのはどうして?」
濁したけどまぁ、夜に誘惑する系統の妖精だ。
リャナンシーやガンコナーの恋の妖精とは違う艶っぽさがあった。
正直子供たちの前に呼び出して後悔してる。
通りかかったエルフ先生も慌てて目を逸らしたくらいけしからん雰囲気になってしまった。
すぐ帰ってもらったから「何も見てない」って大きな独り言呟いて去って行ったけど。
「あの手の妖精は人間の欲に惹かれるのよ。街ならそれなりの数がいるのよ」
この街が特殊なわけじゃないらしい。
「あたしはなんで火の精あたりの弱い奴を呼ばなかったかが不思議なのよ」
「アルフが格の高い妖精呼べば派手なことできるって」
「あの妖精王は本当に碌でもないのよ」
うん、まぁ。
結局は小さくて弱いけど可愛い妖精が魔学生には受けた。
魔学生は歌で魔法を発動させる見世物をするから、その魔法を邪魔しない程度の妖精がちょうど良かったようだ。
「あれ? そう言えば街の外から連れて来た妖精たちは?」
自然物の妖精は街にほとんどいなかった。
だから草花の妖精を招き入れたんだけど、僕が呼んだから僕の側にいるはずなのに。
「外なのよ。この倉庫には妖精避けがされてるのよ。あと、外に見張りが一人いるのよ」
「あ、だからここ誰もいないんだね。おーい、聞こえる?」
小声で呼びかけると、壁の向こうから妖精たちが騒ぐ声がした。
「確かミアのお友達の幻象種がいたから、その子を通じて予定どおり手伝うって伝えて。君たちは練習どおり魔学生の出し物をお願い」
「「「「はーい」」」」
「「「「でもひどーい」」」」
「「「「悪い子はだめー」」」」
やる気だった妖精たちは、僕を監禁して邪魔した相手に怒ってる。
楽しいことが好きな分邪魔されると仕返ししたがるのは何処の妖精も一緒のようだ。
「じゃあ、僕を捕まえた魔学生の中で一番偉そうだった子わかる?」
「知ってる! 宰相の孫だよ!」
「王さまとも親戚なんだ!」
「お金いっぱい使っていいって言われてるの!」
「強い魔法使いになってこの街牛耳るのが夢!」
「ディートマールたちのほうが目立つから張り合うの!」
妖精たち口々に個人情報を並べ立てるけど、まぁ、どうでもいい。
「じゃ、その子の魔法を邪魔して。そうだなぁ、怪我しない程度ならわざと失敗させてもいいよ」
「…………こいつも碌でもない薫陶が行き渡ってるのよ」
「僕はちゃんと手加減してるつもりなんだけど」
「あの妖精王も基本的には手加減してるのよ。けど碌なことにならないのは知ってるはずなのよ。まず妖精なんかを使おうって言うのが間違いなのよ」
クローテリアが厳しい。
でも僕が直接やるとオーバーキルもいいところだし。
「一撃で殺してやるのも慈悲なのよ」
「クローテリアも相当危ないこと言ってるからね?」
そうだった、クローテリアも人外だった。
「傷物のグリフォンが言ってたのよ」
「え、僕について?」
グライフに捕まると嘴削る砥石にされるクローテリアはほとんど近寄ってないはずなのに、何を話したと言うんだろう?
「殺すより酷いことするのよ」
「え、そうかな?」
「ひたすら矜持を折りに行くのよ。あの羽の生えた悪魔がいい例なのよ」
「あ、そう言えばこういう芸術関係しそうなことだったら、ウェベン呼んだら上手くやってくれたのかな?」
「呼ぶ気なのよ?」
クローテリアの確認に僕は首を横に振る。
だってアルフの守りしてもらってるし、僕だけでどうにでもなるから呼ぶ必要は感じない。
と思ったらクローテリアが溜め息を吐いた。
「いつまでもあの悪魔を役立たずのままに置いておくのも殺すより酷いのよ」
「え、そう? 今からでも呼ぼうか?」
「いらないのよ。悪魔なんてどうでもいいのよ」
「えー? だったらなんで」
「まだまだあんたは自分のやってることを自覚してないって言いたいのよ」
尻尾で床を打ちながら、なんだかしつこく言ってくる。
「…………あ、もしかして宝を集める習性のあるクローテリアに、盗みを禁止したこと怒ってる?」
「やっぱりわかってないでお気楽に禁じたのよ!?」
牙の並んだ口を開いて怒るクローテリアは、床を打つ尻尾も激しさを増した。
「いや、盗む以外にも方法はあるでしょ」
「お前の宝の集め方は特殊すぎるのよ! しかも望んで手に入れてないのよ! 一緒にするななのよ!」
さらに怒られた。
「えーと、こっちは失敗作とか言ってたっけ。じゃあ、ノームの剣いる?」
「それが矜持無視してるって言ってるのよ! 施しは受けないのよ!」
「…………その割に尻尾が剣に巻きついてるけど?」
僕の指摘に怒るのをやめたクローテリアの目が泳ぐ。
その末、未練がましく剣を見ながら尻尾を解いた。
「おー、クローテリアが自分から宝諦めた」
「嫌な言い方するななのよ。諦めたわけじゃないのよ。いつか貰ってくださいと献上させるのよ!」
拍手したら前足で床に投げ出した足を踏まれる。
え、献上って僕が?
うーん、ノームがいいって言うなら機会があればありかな?
どうせ剣使わないし。
「あれ? 今、爆発音みたいな音聞こえた? 競技大会のほうかな?」
音が気になった僕は、まだまだご立腹のクローテリアを持ち上げて立ち上がる。
そろそろ無駄話している場合ではないのかもしれない。
「クローテリア、何処から入って来たの? 僕通れそう?」
「出るならそこの床石割れてる所から穴掘ってやるのよ」
それなら小さくなるだけで済む。
僕はクローテリアの掘った穴から倉庫の外へと脱出した。
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