264話:魔王石のカーネリアン
他視点入り
「…………もう一度言ってくださる?」
私は朝一番にとんでもないことを言われた。
「おや、ヴァシリッサ。昨日は遅くまでお勤めで寝不足ですか?」
ヴァーンジーンが聞き返した私をわざとらしく気遣うふりで返す。
ちょっと血を貰うために男と遊んだだけで大した寝不足なんかない。
嫌みなら私にホイホイ引っかかるこの教区の飢えた修道士について言うべきだ。
そして問題はそこじゃない!
「魔学生が地下に行ったのはわかります。今までもあったことですし、あの竜使いの魔術師が招じ入れていたことも知っておりますもの。わたくしが確認したのは、高が魔学生如きが死を超越した魔物を倒して帰還したという妄言の真偽です」
「確かに誇大に自身の功績を言い立てるきらいはある子たちですが、それは経験の浅さからくる視野の狭さに他なりません」
弄ぶようにこの上司は私の求める答えをはぐらかす。
私が何を気にしているかわかっているくせに。
あの古代の魔術師は子供に倒されるほどやわではない。
魔王さえも退けたとうそぶく程度には地下の縄張りは堅牢なのだ。
だからこそ私はそこから死霊術に使う良質な残留思念を抜き出していた。
あそこで手に入れた念を入れれば傷んだ死体でも大した労もなく動かせた、いわば私の武器庫なのだ。
「さて、まだ真偽のほどは確かではありません」
私の不機嫌を見てヴァーンジーンは肩を竦める。
「今朝魔学生からの報告があり、こちらに浄化の依頼があったのです。国のほうには建国以前の資料の問い合わせをするとのことでした」
「つまりまだ地下に人は入っていないのですね?」
「人数を揃えている段階ですね。武装した骸骨が徘徊していると魔学生たちが言っているので」
「出入り口は?」
「魔学生が地下の主を倒して出て来たと言う場所を調べることはもう始まっているでしょう」
本当なら内側から閉めていた魔術師がおらず、隠蔽もされていない出入り口は簡単に見つかる。
魔物が住処にしていたからこその魔窟であり、そうでなければただの心霊現象が起こる地下空間でしかない。
波長が合ってしまえば死者も出るけれど、魔物が本当に消えたなら過去の遺物でしかないので探索は無事に終わるだろう。
「こちらからも人と浄化に必要な物資を出します」
ヴァーンジーンは私の反応を面白がりながらそう言った。
「しかし何分急なこと。支度までにはまだまだかかるでしょう」
「わざとらしいことですわね。何ごとも如才なくなさるあなたが、まさか演じる才能がないとは新たな発見ですわ」
ただの嫌みの嘘だ。
本当はとんでもない奴だと知っているし、その言葉の裏もちゃんとわかっている。
人数を揃えるという言い訳で時間を稼ぐから、今の内に痕跡を消せという命令だ。
言われずともわかっている。
「ところで、屍霊術師として今後予期する事態を聞きたいですね」
ヴァーンジーンは真面目ぶってそんな風に振って来た。
先手を打って売名か、魔法学園に恩を売るつもりだろう。
実際は知っていて放置していたのに。
どころか部下の私が活用していたのだから自作自演に近い。
「強い力場が地下にあり、その力場を安定させられる者がいたためにこの地は魔法に適した街でしたの。力場安定の主がいなくなったとなれば魔法研究に遅れが出るでしょうね」
「地下の魔物が湧きだしてくることは?」
「どのように倒されたかによるとしか。力場の安定した魔力を全て使い果たして倒されたならすでに魔物は活動を停止し始めているはず。逆に今生者を入れれば活性化しかねません」
私は幾つもの禁術を会得している。
これは元から魔法の才能があったからであると同時に、とヴァーンジーンがかつて神殿が囲い込んだ禁術を覚えるよう指示したためだ。
屍霊術以外にも魔獣を操る魔法や精神体にさえ作用する魅了の魔法を修得していた。
もちろんヴァーンジーンは対策を持っているので悔しいことに効かないけれど。
可能ならひと泡吹かせてみたいとは思うのに、今のところ手がない。
「もし地下の主が負けたふりをして潜んでいたらどうでしょう?」
「確かにその可能性のほうがありそうですわね。となると、今頃地下では墓地の通路をあえて崩して本来の広さより狭く見せる隠蔽作業中かもしれませんわ」
「あなたが下へ行って確かめることは?」
「あら、わたくしあちらの方ときちんとお顔を合わせたことはございませんのよ。手負いの状態で近づいても警戒されるだけですわ」
どころかあの魔物が力にしていた死者の残留思念をかすめ取っていたのだ。
あれだけの魔術師が気づいていないはずはない。
向こうは成果を掠めとる鼠とでも思っているだろう。
「手負いだからこそあなたの術で縛ることは?」
「思い違いをされては困ります。わたくしが修めた術は魔獣にのみ有効でしてよ? 知性と意思を兼ね備えた魔物になど効きません。どころかこの術を人間に使った時と同じ結果になりかねませんわ」
「あぁ、かつての研究結果に在りましたね。気が狂い、自らの肉が削げ、骨が露出しても破壊行動をやめなくなったと」
「人間であれば命尽きるまでの辛抱でも、相手が死の概念から抜け出した者であるなら、おわかりですわね?」
倒されるまで暴れ続けるだろう。
それも無作為に。
最初に犠牲になるのは狂気に陥らせた元凶の私だ。
冗談じゃない。
「それでは、わたくしは片づけに参ります。可能であれば竜使いの魔術師を捜してみますが、期待はせずお待ちくださいな」
あまり捜す気はない。
ちょっと探って見あたらないなら放っておくことにしよう。
けれどこうでも言っていないと私が地下にいる間に地上の人間を地下に入れかねない。
そうして対処を間違えば私は切り捨てられる。
こういう試し行為を言わずに笑顔でしてくるからこの上司は嫌なのだ。
地下墓地から抜け出した翌日の夜、僕はもう一度地下に入った。
朝から人間たちが地下に入ろうとしてたけど、入り口が開かず魔学生たちは疑われていた。
けれど調べたら一度閉じたら外からじゃ簡単に開かない魔法がかかっていたそうだ。
その魔法を解くのに数日かかるらしく、今はまだこの地下に人間はいない。
「で、君は何してるの?」
「また来たのか!?」
リッチが分厚い本をいくつも抱えて叫んだ。
今日は魔学生いないから、僕はクローテリアが掘った穴を小さくなって通って来た。
入り口は塞がってたから、縄張りの境は角で突破している。
「明らかにやられたふりだったから何してるか様子見に来たんだ」
結局剣に見せかけて角で胸を突いて倒した。
けど弱点は頭なんだよね。
それなのに大袈裟に叫んで消えたから演技だとわかった。
干物ドラゴンもリッチが消えた時に死んだふりしてたけど、怪物の割に消えないし。
そう思って見ると、僕が折った足は添え木が巻かれてた。
「あれって治るの?」
「部品は全て残っていたから繋ぎ直しておる。もう我はここから引っ越す! 貴様に負けて退去するのだ! 邪魔をするな!」
「別に残ってていいのに。僕たち用が済んだらこの国から出るし」
「な、何? いや、しかしな…………数年前から鼠も入ってきている。魔王の封印も緩んだ今、ここに居続ける理由もないし」
「ここで死んだ人じゃないんでしょ? 君何処から来たの?」
ちょっと警戒気味にリッチが僕を見る。
今さらだけど眼球ないのに、どうしてだか視線を感じる。
引っ越し準備で物を纏めつつリッチは答えた。
「西から海を渡った。騒乱の時代であり、力さえあれば誰もが己の望むままに生きられた時代だった。当時は珍しいことでもない。我はこの地に至り死を超越し、己の力を磨き相棒を得た」
見るのは干物ドラゴン。
どうやら使い魔として強制しているわけではないらしい。
「君そのままでいいの? 一度倒れたら生まれ直すんでしょ?」
「今の自分は自分だけだからこのままがいいって言ってるのよ。ただの怪物でいるより気が楽だそうなのよ」
クローテリアが聞き取りづらい干物ドラゴンの言葉を訳してくれる。
「それで、貴様は何をしに来たのだ? 今さらここに望む物などあるまい」
「いや、あるよ。っていうか、本当に気づいてないんだね」
僕のその言葉に興味を引かれたらしくリッチもついてくることになった。
土の中をリッチの頭蓋骨引っ張って進むことになったけど。
「ひぃ!? ユ、ユ、ユニコーン!? そんな馬鹿な! 正気か!? いや、正気なのか?」
なんかうるさい、この頭蓋骨。
小さくなるためにユニコーンに戻ったら、勝手について来ておいて騒がないでほしい。
「やっぱりまだあったのよ」
クローテリアが縄張りより深い地層に隠した袋を引き摺り出す。
近づいただけでリッチはそれが何かわかったようだ。
「な、なんという不吉な物を! くぅ、どうりで最近負の力が順調に集まると思ったわ! 下手に力を溜めていたら我が魔王石に汚染されるところであった!」
「元から自分の縄張りに認識阻害かけておいて何を言うのよ。あたしもこんな近くにこんなのが巣食ってるなんて思わないのよ」
「うーむ、同時に我も結界に阻まれこれほどの力を感知できなかった訳か。いや、最近どうも骸骨たちの誤作動が多いと思っていたがな。…………鼠のせいかと思っておった」
リッチの縄張りに戻って中身を確認すると、オレンジみの赤い石が出て来た。
触れたらやっぱり暗転したんだけど、暗転する直前にドン引きしたリッチの声が聞こえた気がする。
そして心象風景では鏡を見たような?
ワンルームだったかすらわからないくらいすぐに意識を取り戻した僕は、最近何回も心象風景に入って慣れたのかもしれなかった。
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