263話:骨は適さない
「せ…………先手必勝!」
突然叫んだリッチの先制が僕を襲う。
炎が槍のように飛んで来た。
しかも僕の胴体と同じくらいの幅がある。
卑怯なやり方の攻撃の割に威力は高いと思えた。
「クローテリア! 魔学生をお願い!」
炎の槍を回避して走り出すと、クローテリアは離れるように飛んでいく。
「ぬぬ!? なんという速さ!?」
「これでも遅いんだけどね」
人化してるとどうしてもユニコーンより身体能力は劣る。
けど魔学生の前でユニコーンに戻ることはできない。
一度ビーンセイズで攻撃してしまっているし、たぶん怖がられて面倒なことになるだろう。
さてどうしようかな?
「お、俺たちだってなー!」
「フォーだけに任せてられないよ!」
「やめるのよ!?」
ミアの腕の中でクローテリアが叫んだ。
けれどすでにディートマールとマルセルが攻撃魔法を放ってしまっている。
魔法はなんの捻りもなく真っ直ぐ干物ドラゴンへと飛んでいく。
干物ドラゴンは避けもせず、魔法を口の中に入れると苦もなく噛み潰した。
「「うえー!?」」
お返しとばかりに干物がブレスを吐く。
そんな乾燥した見た目なのに、どうして自分は燃えないのか不思議すぎる。
しかも体の大きさに見合った強力なブレスだ。
これは魔学生じゃ対応しきれない。
「何してるんだよ! 二人が刺激するから!」
「あぁ! もう駄目よ!」
「ガキはすっこんでろなのよ!」
ミアの腕から飛び出したクローテリアは大きく息を吸い込んだ。
小さな体から吐き出されたブレスは、干物のブレスに当たると魔学生たちから軌道を逸らす。
「さっさとあたしを助けるのよ!」
「もう、しょうがないなぁ」
恰好良く魔学生の危機を救ったのに、結局僕に助けを求めたクローテリア。
ちゃんと魔学生守ってくれたからいいんだけどね。
僕は剣を抜いて干物ドラゴンに斬りかかる。
ノームの剣も避ける素振りがなく、表面に引っ掻いたような線が入るだけだった。
乾いて脆そうな割に硬いのは、ドラゴンだからかな?
「ふん、物が良くても腕がお粗末。そして魔法は児戯よ」
ドラゴンに魔法を打ち込んだ僕を見てリッチは笑う。
優位を確信した様子で余裕を持って僕の批評までした。
「確かにあんまり有効打ないけど、手数は多いほうだと思うんだよね」
僕は妖精の背嚢から角笛を取り出す。
空気を吹き込むだけで太く低く響く音に、リッチも戦く様子を見せた。
「ぬぬ!? 魔法の道具、しかし召喚系か。ふふん、我が聖域で招かれざる者は呼び出せんぞ」
「うん、そうみたいだね。音は鳴ったけどなんか手応えがない感じだった」
「まぁ、我が使い魔に劣ることは確かだろうが、何を呼ぼうとしていたかは聞いてやろう。ものによってはその小さいドラゴンより、その角笛を対価にしても」
「サテュロスの群れ」
「貴様はおかしい!」
断言された。
「珍しいとは思うよ? 聞いた話だと、何回かに一回マイナスの群れを呼ぶって」
「気が狂っているのか!?」
酷くない?
僕だってマイナスは嫌だけど、これだけ嫌がるってことは戦力としてはありだと思うんだけどな。
妖精の背嚢の中身は旅立つ前に確認してある。
そして入っていた角笛についてアルフに聞いてみたら、そんな機能があることを教えられた。
「何故! 今! ここで! その角笛を使った!?」
「これサテュロスを倒した? 時にもらったから、ある程度言うことは聞いてくれるんだ。群れで来てくれるし、サテュロスが来れたら他の妖精も呼べるかなって」
「ただの嫌がらせなのよ。前に相手が嫌がって即降参したらしいから、味を占めて使おうと思っただけなのよ」
クローテリアにはエルフの国のヴァラのことを話したことがある。
だからってそこまで悪意的に言わなくても。
「こいつはおかしいのよ。だから今なんで怒られてるのかわかってないのよ。理性的に見えて変なところ妖精染みてるのよ。相手にするなら覚悟するのよ」
「ねぇ、クローテリア。僕の味方だよね?」
「あたしはあたしの味方なのよ!」
そっかー。
らしいと言えばらしいけど。
守ってるんだから少しは僕のことも褒めて欲しいなぁ。
褒められるようなことしてる気はしないけどね。
「けどやっぱり妖精は呼べないのかぁ」
「貴様、サテュロス以外も呼べるのか?」
なんかリッチが引いてる。
干物ドラゴンを盾にするみたいにして嫌がってるのはなんで?
「そうだね。ここなら死の猟兵を呼んでもいいかと思ったんだけど」
「連れまで死ぬぞ!?」
「え、そうなの?」
「そうなのだ! なんだこやつ!?」
「死者側に片足突っ込んでる相手には悪くないなのよ。けど生者にも襲いかかるからやめたほうがいいのよ」
クローテリアにも止められた。
強そうだし干物ドラゴン倒せそうだと思ったんだけどな。
「だったらもう、魔法使うしかないか」
「ふ、ふん! 最初からそうしろ!」
「雷霆」
「ぎゃー!?」
干物ドラゴンには剣の一撃と同時にマーカーつけてたから適当に放っても当たる。
けどどうして干物ドラゴンに当たっただけでリッチが叫ぶの?
「おい! 今のなんだ!? なんて魔法だ!?」
「い、いい、今の、雷だよ。魔法で雷出した…………」
「そんな馬鹿なことあるか! できるわけないよ!」
「そうよ! 雷は神さまの領域の天から降るものなのよ?」
魔学生も驚いてる。
悪魔も驚いてたからやっぱりこの魔法って珍しいんだなぁ。
「やっぱりあんまり効かないなぁ」
「何故雷霆を操れる!? いや、まさか末路わぬ巨神の居所を知っているのか!?」
「誰それ? これは巨人の老師から教わったんだよ」
「だからってこんな土の中で天に通じる魔法を使うなんて常識外れもいいとこなのよ」
うーん、敵味方から色々言われるなぁ。
別に電気って空にあるだけじゃないのに。
生き物は大抵電気信号出してるとかわからないんだろうけど。
「くぬぬ、こいつは思ったより厄介だ。早々に勝負を決めさせてもらおう!」
先制しておいて今言う?
リッチは両腕を頭上に広げて高速で呪文を唱えた。
腕を広げていくと薄青く光る白い槍が現われる。
「へぇ、魔法で氷ができるんだ」
「その余裕、いつまでもつかな!?」
リッチは炎の槍と同じように氷の槍を投げる。
避けると魔学生に当たる位置を狙ってくるあたり考えてはいるようだ。
僕はしょうがなく剣を構えて前に突っ込んだ。
顔を下げてひたすら真っ直ぐに突き進む。
「捨て身とは万策尽きたか」
リッチの笑い声を気にせず走った。
結局僕はこれが一番得意なんだ。
剣を少し退くと角に衝撃が伝わる。
同時に伏せた視界に砕けた氷が跳ねるのを見た。
「な…………に…………?」
勢いのまま走って干物ドラゴンにも頭突きを見舞う。
と見せかけて角を刺す。
感触からして、ちょうど足の骨を砕いたかな?
「馬鹿な!? ドラゴンの骨だぞ!? それほどまでにそれは豪剣なのか!?」
リッチは角が見えてないからノームの剣でやったと思ったようだ。
そして僕はちょっと気づいた。
「骨って、向いてないかも」
「な、なんだと言うんだ?」
干物ドラゴンは足が折れて動けず、リッチは攻撃が効かなかったことで警戒して聞き返してきた。
「硬い骨拾って砥石にしようと思ったけど、表面つるつるだから削れない。折っても中身は隙間があるから砥石にはなりそうにもないや」
そして何故か前世の知識が浮かぶ。
それは骨の構造で、隙間があるから砥石のような密な構造とはかけ離れているというもの。
砥石にしたいと思った時に欲しかった知識だなぁ。
「な、何を、言っているんだ?」
「教えてやるのよ。魔に堕ちた者」
なんでクローテリア上からなの?
「招く相手を間違えたのよ。そして、怒ってない今なら謝れば許してくれるくらいにはそいつは甘々なのよ。怒るとあたしも全力で逃げなきゃこの墓地ごと平らにされるだけなのよ」
「言いすぎだってば、クローテリア」
さて、本格的に用もなくなったしさっさと地上に帰ろうか。
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