259話:夜歩き
ここは六階建ての寮の屋根裏部屋。
一階には寮監が寝ずの番をしているらしいので、僕は窓を開けた。
「誰かいる? 風関係がいいんだけど」
夜空に声をかけると、片手で掴めるくらいの光りが三つ飛んでくる。
夜の中普段より光っているように見えるけれど、僕の声が聞こえた妖精たちだ。
「こんばんは。君たちはどんな妖精?」
「おら、木枯らしの妖精だぁ」
「拙者北風にござる」
「うちな、夜風やねん」
なかなか個性豊かな妖精たちのようだ。
「僕がここから飛び降りるから着地を手伝ってほしいんだ。できる?」
「「「もちろん!」」」
思いつくまま聞いてみると、いい返事が返って来た。
僕は音の立つノームの剣を妖精の背嚢へ直し、サークレットとマントで背嚢自体を隠す。
室内には何も残さず、窓に足をかけた。
「さて行こうか」
「羽根がない奴は不便なのよ」
「たぶん羽根があるのに不便なく地中に行けるクローテリアが特殊例だからね」
グライフは羽根が使えない地下をすごく嫌がる。
そんなことを考えながら、僕は窓から跳んだ。
明るい内に落下地点は見定めていたから、下に危険物がないことは確認済みだ。
「いくだよぉ」
「お任せあれ」
「やったるでぇ」
元気な妖精たちの声と共に、僕は冷たい風に包まれる。
風はちょっと乱暴だったけど着地の勢いは殺せたし、怪我もなく地面についた。
「ありがと。僕急ぐから困ったことがあったら森に来て」
「知ってるだぁ。妖精王さま助けるだよ」
「何卒、お頼み申す」
「頑張ってなぁ」
妖精たちに見送られて、僕は魔法学園の中を足早に進んだ。
まずは寮から離れることが先決だった。
「妖精って情報共有が早いね」
「妖精は覗き見が趣味なのよ。怪物の知識にも神の目って出るのよ」
初めて聞いた。
アルフの知識にもない言葉だ。
怪物だから知ってることもあるのかもしれない。
「それで、こっちでいいの?」
「ちょっと待つのよ」
クローテリアは地面に降りると、そのまま犬のように鼻をつけて進みだす。
「こっちなのよ。たぶん噴水か何かの地下設備があるのよ。そこから掘れる土があるはずなのよ」
「そんなことわかるんだ、すごいね」
「ふふん、もっと褒めていいのよ」
機嫌が良くなったクローテリアはそのまま地面を這いながら先を進んでくれる。
「掘ってすぐ行ける?」
「位置的に隣の建物の地下なのよ。少し掘るのよ」
地下には街の遺構が埋まってるらしいけど。
「ずっと穴掘って進むの?」
「違うのよ。土砂に埋まってない所もあって、迷路のようになってるのよ」
聞けば地下は全てが土で塞がれているわけではなく、室内などは無事だという。
その室内の残った廊下を進んで目的の場所へ行くらしい。
「ただの人間が入り込んだら二度と出られないくらいに複雑なのよ。しかも出口なんて最初から作られてない迷路だから土を掘れなきゃ自殺行為なのよ」
だからクローテリアは人間が来ないと判断して魔王石を隠したそうだ。
「思ったよりしっかり残ってるの? どうして埋まったんだろう?」
「火山灰が水を吸って硬くなってるのよ。だから何処か噴火して灰が積もったのよ」
あー、二千年あれば山も噴火するか。
そう言えば前世にもそんな古い街があったな。
もしかして災害で人が住まなくなった後に、別の人間が戻ってきて街を作ったのが今なのかもしれない。
「ううん? なんなのよ?」
「どうしたの?」
突然クローテリアが止まった。
そこは噴水の手前。
庭として手入れされた花壇もある場所だった。
「この下何かあるのよ」
「何かって?」
「人工的に整えられた穴なのよ」
「何それ? え、落とし穴?」
「ちょっと待つのよ。…………穴の下には広大な空間がありそうなのよ」
「噴水の設備じゃなくて?」
「深さが違うのよ。これは遺跡に近い深さがあるのよ」
「え、だったらここから行けるの? 魔法学園の中に出入り口?」
「…………行かないほうがいいのよ。何かの気配を感じるのよ」
「何かって?」
クローテリアは僕を見上げる。
しゃがむと尻尾で手を引かれた。
そのまま舗装された地面に手を付けると、クローテリアの力が流れ込んでくる。
「うーん…………あ」
「わかったのよ?」
「いや、わからないけど。ほら、そこの花壇の中に何かあるよ」
しゃがむと草花の向こうに不自然な塊がある。
近づいてみると蔦に覆われた石碑だった。
記念碑にしては手入れされていない。
しかも動かせないよう魔法がかかってるのが見てわかる。
「ずいぶん古い魔法がかかってるね」
「これは魔法じゃなくて呪いって言うのよ。動かしたら不幸が舞い込むようにされてるのよ」
なんでそんな物が魔法学園に?
「もういいのよ。さっさと魔王石を回収するのよ」
「そうだね、危険を冒す必要もないし。じゃ、僕も」
地面に潜るには小さくならなくてはいけない。
そのためにはまずユニコーンに戻らないと。
だから周囲を警戒した。
そしたら予想外に引っかかる存在がいることに気づく。
「あれ? なんで四人がいるの?」
「あ、あたしを倒して竜殺しになろうとした馬鹿なのよ」
クローテリアも気づいたんだけど、襲われたからって酷い言いようだ。
「「「「えへへ」」」」
僕に見つかって愛想笑いするのはディートマール、マルセル、テオ、ミアの四人。
「屋根裏って勝手に入っちゃいけねぇから、今しかなくてよ」
「見てみたくてフォー訪ねて行こうとしたんだけど」
「そしたら飛び降りるの見ちゃったんだよね」
「私は三人に合図されて来たらフォーが座り込んでて」
それってミアも寮を抜け出す常習犯ってことじゃ?
まぁいいか。僕は先生じゃないし。
四人は見つかって隠れる必要もなくなったので寄って来る。
面倒だけど、この際だから聞いてみよう。
「ねぇ、これ何か知ってる?」
「あ、呪いの石だろ。学園作る前からあるって」
「何か書かれてるらしいけど読めないらしいんだ」
「千年以上も野ざらしじゃ当たり前だけどね」
「エルフ先生が慰霊碑じゃないかって言っていたわ」
慰霊碑?
もしかしてクローテリアの言う火山の噴火で死んだ人への?
それにしても四人とも僕から離れる気がないみたいだし、今夜は諦めたほうがいいな。
僕は心残りはあるものの、寮に戻るため花壇から出る。
「ほら、屋根裏部屋みたいんでしょ? 戻ろうか。あ、でも戻る方法考えてなかったな」
全員が僕がなんのために抜け出したのかを聞きたそうな顔してる。
言わないからね。
なんて視線を交わした瞬間、僕から一番遠かったマルセルが落ちた。
「ひょ!? わー!?」
マルセルの足元には四角い穴がいつの間にか開いている。
あれはさっきクローテリアが何かあると言った辺りだ。
「おい、マルセル!?」
落ちるマルセルを一番近くにいたディートマールが掴んだけど、もちろん一緒に穴の中へ落ちる。
「え、うわ…………!?」
するとテオも反射的に手を伸ばして、掴んだディートマールに引き摺られて穴に。
「テオ! みんな!?」
「え!?」
ミアは助けようとしたけど、間に合わず。
と思ったら、何故か落ちるテオが僕のマントを握ってた。
そのせいで僕はマントにミアを巻き込んで一緒に穴に転がり落ちることになってしまう。
「あーあ、なのよ」
最後に残ったクローテリアは、僕たちを追って自分から穴の中に飛び込む。
「痛い! う、うわー!?」
「なんだなんだなんだなんだ!?」
「暗いよー! 狭いよー! ひぇー!」
「と、止まらないわ! 誰かー!」
穴の中は急傾斜の滑り台になっていて、状況のわからない魔学生の大声が反響する。
どうやら僕は、何かがいるらしいこの穴から地下へと行くことになってしまったようだった。
毎日更新
次回:魔法学園七不思議




