254話:エルフ先生は頭が固い
他視点入り
「ところでヴァシリッサ」
「嫌、です」
私は笑顔のヴァーンジーンに笑顔で即答した。
「まだ、何も言っていないのだけどね?」
「言われる前にお伝えしておこうと思いまして」
お互いに笑い合う中、空気だけが張りつめていく。
「はは、君はずいぶんせっかちになったものだね。会話を楽しむ余裕は必要じゃないかな?」
「ほほほ、あなたの話を聞いても森に潜んで子供一人連れ帰るなんて命令を出されるだけではありませんの」
室内に響く笑い声が渇いてる。
けれどそんなことは関係ない。
私は聞かない。
ここで聞いてしまえば負けだと私の勘が告げているのだ。
ユニコーンから流浪の民の子供を助けるなんてふざけた命令、森に入るまで知らなかった。
ちょっとしたお遣いで恩を売るなんて言葉に騙されたのも腹立たしい。
もうあんな命が縮まるような思いのする命令は断固拒否する。
「わたくしも所属するにあたって相応の務めというものがございます。このジッテルライヒに所属していながらいつまでも不在というわけには参りません」
正直修道女としての務めなんてどうでもいい。
ただ今は上司の無茶ぶりを避けるために使えるから使う。
最初から信心などないから利用することにも良心の呵責なんてない。
「おや、君はこの魔学生の騒ぎ声が聞こえる東教区を嫌っていると思っていたけれど?」
ヴァーンジーンが陣取るここは魔法学園と隣接している。
どちらも広い敷地を持ち建物も高さがあるため、隣同士だからと必ずしも関わりはしない。
けれど子供の声は聞こえる。
どうして子供の騒ぎ声はあんなに響くのか。
まるで猿のように騒ぎ立てるので、確かにここでの滞在に一度愚痴を言ったことはあった。
「正直好みませんわ。けれど、務めとなればわたくしの好みなどなんの言い訳にもなりませんもの」
まぁ、実際はここを嫌がってビーンセイズ王国の王宮に入り込んでいたし、あそこは欲に塗れた人間が多くてやりやすかった。
教会自体が腐敗していたので少し派手に遊んでも見過ごされたので、ここに戻るつもりなど毛頭なかったのだ。
けれどビーンセイズ王国の傾きで戻らざるを得なくなった。
このジッテルライヒは比較的ヘイリンペリアムに近い国土であり、小さいからこそ国の方針が徹底されている。
いいことなんて魔法を使っても魔法使いばかりであまり気にされないことくらいだ。
「…………絶対何かあったのになぁ」
私の意思の硬さにヴァーンジーンが諦めた。
いえ、諦めたように見せかけて様子を窺っている。
これは反応してはいけない。
罠だ。
「ビーンセイズに例のユニコーンを誘き出すまでは上手く行ったのに」
「誘き出す…………? それは、何をなさって?」
好奇心に負けてしまった。
私が管轄していた場所であのユニコーンの行動を制御できる術があったなんて、気になるに決まってる。
「うん? ただ鳥を飛ばしただけさ」
教える気はないようだ。
鳥は伝書のことかしら?
姫騎士団とやり取りで使う鳥のことであるなら、あの生娘たちを動かしたということ?
「まだシェーリエ姫騎士団からシィグダムでの顛末が伝わってこない。何かあったはずなんだけど」
すでに他の者から暗踞の森を襲う軍事行動の情報は入ってる。
その時姫騎士団がシィグダムにいたこともわかっていた。
慎重で堅実だったシィグダムの大胆すぎる動きのその裏には、流浪の民がいる。
けれどどうやってあの国を動かしたのか?
ビーンセイズのように年月をかけた仕込みがあったのか?
その辺りをヴァーンジーンも知りたいのだろう。
「あぁ、そうだ。だったらヘイリンペリアムに行かないかい?」
「豚小屋へ行けと?」
突然振って来たヴァーンジーンに、笑顔は取り繕えたものの本音が漏れてしまう。
「はは、豚の世話は得意だと思っていたけれどねぇ」
「まぁ、おほほ。豚の世話のために用意している人員がいるのですから、そちらを用いるべきでは?」
「うーん、あちらを動かすにはまだ時期がね。それに勿体ないじゃないか」
「ほほほ、慎重も時にはよろしいことでしょう。ですが、使わねば道具も傷み用をなさなくなるものでしてよ?」
挑発になんて乗るものか。
あちらの人手は勿体なくて、私はいいと?
えぇ、業腹です。
ですが乗りませんからね。
「もちろん、道具を使い潰すこともおすすめいたしませんわ。使い続ければ壊れるのも早いですが、適宜使用すれば長く有効に使えましょう」
私はビーンセイズ王国からジッテルライヒに戻り、さらにそこからエルフの国まで出張ったのだ。
戻ってからは東の大地を移動する流浪の民と繋いで、森にまで出向く羽目になった。
いい加減にしてほしいものだ。
それとも本当に今私を使い潰す気でいるのか。
「そんなやわな道具を揃えたつもりはないけれどね」
「慢心は良くありませんことよ」
私はもう休みたいの!
当分このジッテルライヒから動きませんからね!
ジッテルライヒの副都を前に、僕は魔学生に襲われた。
僕に気づいて魔法を撃った後だけど謝ってくれたから、話すために道端の石に座る。
「こいつら知り合いなのよ?」
「ほら、ビーンセイズに行った時に会ったって言ったでしょ」
ビーンセイズでのことは城造りの間聞かれるだけ答えたし、魔学生と依頼を受けたこともクローテリアは聞いていた。
「聞くよりもアホなのよ。相手は選んで襲うべきなのよ」
「それ、僕に初めて会った時を思い出しても同じこと言える?」
妖精王の冠盗んで僕が行くことになったクローテリアは、顎を上げて目を逸らす。
横向いてもドラゴンの顔の形上、普通に見えるからね?
「フォー、あなたこのドラゴンと話せるの?」
僕たちの様子を茫然と見ていた魔学生の中、ミアが戸惑いながら確認して来た。
「うん、幻象種だしね。大抵の生き物とは意思疎通できるよ」
「そうなの!? じゃあ、妖精とも話せる!? どんな風に話すの?」
「できるよ、マルセル。話すのは普通だけど、精神体は心を読むことで意思疎通ができて、言葉の壁はないけど嘘吐かれると混乱したり不快になったりするらしいって聞いたなぁ」
「けど結局妖精見つけないと話もできないんだから盗み聞きされるだけじゃないか」
テオが身もふたもないことを言うけど、確かに妖精が見えないことには会話もできない。
思いついて見下ろすと、クローテリアと目が合う。
「怪物は生まれによって色々なのよ。あたしは幻象種とそう変わらないのよ」
「そう言えばクローテリアとはとくに意思疎通に不自由した覚えないね。まぁ、人間相手にもだけど」
「それは妖精王の知識で言語に不自由しないからなのよ。あの館にいた姫騎士のために金羊毛下げた冒険者は使う言語変えてたのよ」
そう言えばブランカとシアナスはビーンセイズで使われてるって言葉を喋ってた。
金羊毛はオイセンやエフェンデルラントの言葉以外にビーンセイズのほうの言葉もわかってたから会話できてたんだ。
意思疎通はできてたから、何語喋ってるなんて気にしてなかったなぁ。
「ある程度言語知ってるあのグリフォンはお前と似たようなものなのよ。四足の幻象種は精神体部分での意思疎通が主なのよ。だから言葉に頼りすぎる人間なんかはこっちの言ってることわからないのよ」
「えー? ホントかよ、フォー? エルフ先生は他の幻象種は訛りが強くてわからないって言ってたぜ」
クローテリアの説明なんてわからないディートマールが割り込むように声を上げた。
さっき魔法を封じると脅して謝らせたせいで今は大人しく石に座ってる。
「僕たちと一緒にジッテルライヒに来たフォーンは動物とも話せてたよ」
「ドワーフはわからないって言ってたからエルフもそうだと思ったのにな」
マルセルとテオは僕が魔法を防いだことで面白がって攻撃を続けたので、今は地面に座らせている。
僕の横にいるクローテリアは石の上から地面の魔学生を見下ろして言った。
「そのエルフ、きっと頭が固いのよ」
「頭が固い?」
「「「「あー」」」」
なんか魔学生は納得しちゃったよ?
「種を越えた対話は当人の感受性や柔軟性に依存するのよ。考え方の近い者なら通じやすいのよ。でも生き物としてそもそも違う相手と意思疎通は本来難しいのよ」
「そうなんだ?」
「お前は特別なのよ。精神体の中でも上位に位置する妖精王の補助があるのよ。通じないほうがおかしいのよ」
「へー」
「フォー、そのドラゴンなんて言ってんだよ?」
「ギャアギャア言ってるからきっと邪悪なことだよ」
「まさか僕たち食べようだなんて言ってないよね?」
魔学生の男子は相変わらず騒がしいなぁ。
「ちゃんとフォーの言うこと聞くいい子にそんなこと言っては可哀想よ」
ミアが窘めるのを聞いて、聞かなきゃいけないことを思い出す。
でもその前に片づけたほうがいい問題もあった。
「君は何をしてるの? パシリカ?」
街道の向こうの林に呼びかけると、僕の姿を取った妖精が現れた。
隔日更新
次回:魔学生の野望




