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26話:地下道の姫騎士

他視点入り

「ブランカ、そこは触れないほうがいい」

「え? あ、はい。…………後学のため、理由をお伺いしても?」


 私たちシェーリエ姫騎士団は今、王城に続く地下道にいる。

 下水道の隠し扉から入る地下道には、私を頭に騎士団の中でも身の軽い者たちが待機していた。

 副団長のローズは、私の横にある梯子を上って王城への潜入隊を率いていて不在。


「石の組み方が違う。ちょうどブランカが手を突こうとした部分の石は他よりも落ち込んでいる。仕掛けがあるようだ」

「は、はい。言われてみれば。さすが団長、ご明察です!」

「灯りや魔物避けが隠されてる可能性もあるが、追っ手を足止めするための崩落装置かもしれないから触るな。…………貴族屋敷にも似たような仕掛けはあるからな。ただの経験則だよ」


 ローズでもわかる仕掛けだろう。

 ただ、仕掛けには目印が当たり前だと知らないブランカでは気づけないだけ。


「ラファーマ家と言えば、ヘイリンペリアムでも名高い名門。聖女の名を受けた団長ともなれば、王城の仕掛けも見慣れたものですか」


 私たちをここまで案内した神父は、実情を知らないらしく賞賛が窺える声で言った。


「ご期待に添えず申し訳ないが、私は五つまでしかラファーマの屋敷にはいなかった。…………貴族屋敷の仕掛けは、魔物討伐の際に目にしたものだ」


 たまにいるのだ。

 姿美しい魔物を珍獣のように屋敷で飼う悪趣味な貴族が。

 そして、制御を失い私たちに泣きついて来る。魔物が何故魔物と呼ばれると思うのか。

 以前、バンシー憑きの家を潰してバンシーを捕らえていた貴族がいた。が、バンシーの呪いで屋敷内の人間たちは死に絶え、不死者や怨霊にされ、とんだホラーハウスが出来上がっていたものだ。


 横目で見れば、ブランカはよくわかっていない顔をして首を傾げる。比して神父は理解したようで顔を顰めた。


「すまない。少々意地の悪い話だ」

「いえ、崇高な聖女様のご意志を広めるべき姫騎士団に、碌な任務を与えないのかと…………ごほん、批判の意図はございませんので」

「ふふ、わかっているとも。少々語るなら、私はラファーマの長女として生まれた時点で、団長となるべく定められていた。であるから、最初から貴族としての名も受けず、五つで修道院へと移っている。俗悪に触れずに育てたことを感謝している」


 ランシェリス=シェーリエ=ラファーマという名は、洗礼名=継承名=家名だ。私には生まれた時から個人の名は与えられなかった。

 生まれた時から、聖女の名を継ぐことが決まっていたから、世俗の名など必要とされなかった。


 私は、姫騎士として魔物の前に身を晒し、聖剣を振る運命だったのだ。

 それが、私が神に与えられた生まれた意味。

 これほどやりがいと有意味に満ちた使命があるだろうか。


「副団長とは、修道院に入ってからのお付き合いですか?」


 未だにブランカという自身の洗礼名を聞き逃すことのある従者が、好奇心に輝く栗色の瞳で見上げて来た。


「ローズも聖女の従者パルの名を継承する者だ。生まれた時から私たちは共に生きることはわかっていた。家も貴族同士だから、物心つく前から顔は合わせていたと聞く」

「フューシャ家ですね。シェーリエ姫騎士団の団長と副団長は、ラファーマ家とフューシャ家から出す決まりだと聞いております」

「えぇ、他の騎士団と違い、私たちは名誉を欲することはない。ただ聖女さまの御心をこの地上に実現するために存在する騎士団ですから。聖女さまの血縁としての使命に邁進するのみです」

「なるほど。あなた方にとって世俗の名誉よりも、慈悲の聖女の名を冠することが何よりも名誉なのですね。確かにあなた方は聖女さまの名代としてこの上もなく相応しい高潔な方々だ」


 褒めすぎだとは思うけれど、ここは聖女さまの名の下に受け入れておこう。

 否定しては目の前の聖職者の信仰を蔑ろにする。


「あら、私がいない間に、また信奉者を増やしてしまったの、ランシェリス?」

「ローズ。無事か?」


 梯子を使わず跳び下りてくるローズに、目に見える外傷はない。


「拍子抜けするほど簡単に行けたわ。ビーンセイズは国王を軟禁するだけの人手しか残さなかったようね。働いているのはエイアーナの人間だけだったわ」


 次々に降りてくる姫騎士たちも無事だ。ただ、誰の表情も晴れない。

 私は答えを予想しながら報告を待った。


「宝物庫は目ぼしい物は持ち出されており、施錠さえされていなかった。つまり、侵入はとても簡単だったんだけど…………ダイヤは確認できなかったわ」

「ダイヤが、か? 別の石である可能性もある」

「それはビーンセイズも同じ思いだったのかもしれないわね。織物や金属器は残っていたけれど、宝石類は一つもなかったわ」

「あの、奥の壁は?」


 神父が堪らずローズに核心を迫った。

 返されるのは、首を横に振る動作だけ。

 私はそれでわかるけれど、あまりにも気遣いのない返答だ。


「つまり、壁にあった扉の中も確認したのね?」

「えぇ。確かに三つの鍵のついた金装飾の扉があったけれど、すでに中身は持ち去られた後。専用の台座は残っていたから、魔王石の大きさは、こう、片手の指で円を作ったくらいの大きさのはず」


 伝承に聞く魔王石は、特別大きく美しい宝石が使われている。

 ローズがいうとおりの大きさだったなら、破格の大きさから魔王石の可能性は高い。

 と言うか、もう魔王石で決定としか思えない。


「…………ヴァーンジーン司祭の言うとおり、か」

「団長、提案だけど、一回報告にかこつけてジッテルライヒに戻らない?」

「ローズ?」


 何を言い出すのかと軽口を睨めば、ローズは真剣な目をして苦笑した。


「この国の様子を考えるに、私たちがビーンセイズに着いた時には、もう災厄が起こっている最中の可能性が高い。しかも戦争を起こしてまで奪うほど向こうの国の上層部はご執心。もうこうなると、私たち一騎士団では手に負えない状況になるでしょ」


 魔王石の回収を優先するなら、一度ジッテルライヒの司祭と対策を練ったほうがいい。

 場合によっては、ヴァーンジーン司祭の伝手で他の騎士団も招集してもらうほうが手堅い。でも…………。


「ビーンセイズを、ここの二の舞にさせるわけにはいかない。今回の私たちの任務が魔王石の回収でも、本懐は人々を救うことにある。苦しむ人々がいるとわかっている国を素通りするなど一考の余地もない」


 私自身の迷いを断ち切るように腕を振ると、ローズはわかっていたように肩を竦めた。


「それなら、せめて外交努力をしてもらうように、人を走らせるくらいいいでしょ? ジッテルライヒから諸国に呼びかけてもらって、今回のエイアーナ侵攻への質問状を送ってもらうの」


 素直に魔王石の奪取などと説明できないため、代わりの言い訳を用意するだろう。その手間がビーンセイズ上層部の動きを鈍らせる、か。

 すぐさまの効力はない。けれど、ビーンセイズは諸国の動きがちらつくだけでも警戒で動きが鈍ることもある。

 そこに、私たちが付け入る隙が生まれるかもしれない。


「わかった。本隊はこれよりビーンセイズへ向かう。ジッテルライヒへの使いはローズが選抜を。ともかく速度が必要になる。…………非戦闘員を、お願いできますか?」


 神父は、一瞬意図を計りかねたようだった。

 けれど、私が物資と人員を置いて行くという言葉の意味に気づいて、何度も頷いて見せる。


「あなたは…………! 聖女さまの御心を、まさに、示す騎士の中の騎士だ…………!」


 私もこんな荒んだ街で、苦しむ人たちを知らないふりはできない。

 見捨てられないということは、戦う者にとって、団を率いる指揮官にとって、弱さでしかない。

 それでも、心からの感謝と賛辞を与えられた時、私はそれだけで満たされる。

 私の運命は、ここにあるのだと。






「…………どういうこと?」


 僕は地下道に続く隠し扉の隙間から、姫騎士団たちを見てアルフに聞いた。


「あの金髪の団長って奴の言ったこと? たぶん、あの聖職者の格好してる奴の所に物資と人手置いてくから使えって意味だろ。商人も逃げちまって、まともに働いてる奴もいない状況じゃ、物資も健康な人手も足りてないんじゃないの?」


 騎士団って言っちゃえば武力集団だから、勝手に別行動とか人手を割いたりしちゃいけないんだって。武力で解決するからこそ、その辺りの規律は厳しんだとか。

 けど今回は軍事行動のためって理由がつけられるから、あのツインドリル団長は厚意で置いて行くらしい。


「宝石類もないと言っていた。なれば、あの女たちの狙いは同じなのだろうな」


 なんでグライフはちょっと楽しそうなのさ?

 僕としては、よりによって姫騎士団がこんな所にいることに文句言いたい。

 しかも、ちょっといい人っぽいこと言ってるし。


「ねぇ、アルフ。ダイヤ回収に来ましたーって言ったら、協力してくれないかな?」

「仔馬。あれが何か知らんのか?」

「僕の天敵なんでしょ? 王都に来る前にすれ違ったから、アルフに聞いたよ」

「それで協力考える辺り、フォーレンって確かに豪胆だよな」

「アルフまで何? え、目が合った時点で襲われたりするの? 話し合いできない人たちなの?」


 何故かアルフとグライフは、同時に首を横に振って呆れた。


「子供の内などいい獲物だろうに」

「その角、人間喉から手が出るほど欲しいんだって」


 あ、交渉の余地なく襲われるのね、僕。

 可愛い女の子たちなのに。僕がユニコーンだから。

 姫騎士団って、やっぱりこの世界のアマゾネスなのかな?


「ダイヤがないのなら、ここに長居する理由もあるまい?」

「そうだな。ビーンセイズにあるってのもわかったし。軍が持ち帰ったならやっぱ王都か。確かこの国の軍は、手に入れた途端、指揮官が処刑されたんだよなぁ。そのせいで色んな奴の手を転々とすることになってさ」

「うーん、また行方知れずになってたら困るね」

「その辺りの話はここを離れてからで良かろう」


 グライフの頭に登って漏れ聞こえる声を聞いていた僕とアルフは、首を振られて背中に転げ落ちる。


「あれ? グライフも姫騎士団が怖いの?」


 思ったこと言ったら威嚇音出された。


「場所の不利を考えず身を危険にさらすほど愚かではないわ。空があるならばあのような小娘ども恐るるに足らん」

「わぁ、案外手堅いこと考えてるんだぁ…………」

「おい、何してくれてんだよ」


 アルフが怨むような目でグライフを見てた。


「今の、奴らに聞こえてたみたいだぞ」


 アルフはそう言って隠し扉の向こうに顎を振る。

 地下道からは、隊列を組む忙しい足音と、抜剣する金属音が次々に上がっていた。


毎日更新

次回:地下での邂逅

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