249話:穢れなきために
コーニッシュに塩蔵肉の味見をさせられ、僕は魔女の里へ向かった。
クローテリアは肉に惹かれてコーニッシュと館の台所へ戻ったので僕一人だ。
「あれ、ブランカとシアナス?」
魔女の里で待っていたのは姫騎士の二人だった。
「ずいぶん戻るの早いね。エイアーナで何かあった?」
暗い顔に驚いて聞くと複雑な表情で見つめられてしまう。
あ、そう言えば僕人間相手にやらかしてた。
「えっと、森で何があったかは聞いた?」
「この度のことは妖精王が襲撃されたためであると聞きました。ご無事とのことですが森の損傷の激しさに私たちも心を痛めています」
「私たち、フォーレンを追うより妖精王さまの近くで情報を待ったほうがいいってランシェリスさまに言われたんだけど、森に入れてもらえなくなって」
ブランカが妖精に頼んでも駄目で、オイセン近くにいるドライアドにようやく事情を聞いて、魔女の里が開いてると教えられたんだとか。
一緒に僕を待っていたマーリエがさらに説明を続けてくれる。
「私たちが箒に乗せて上空から森の様子を見てもらったんです」
と言ってもグリフォンが飛んでる危ない森なので、魔女の里周辺だけ。
それでも木々が丸々なくなってることはわかるし、激しい争いの爪痕も姫騎士は確認した。
「フォーレン、やっぱり流浪の民なの?」
「うーん」
僕がブランカにすぐ答えないと、シアナスは厳しい顔をした。
「魔女の方々も己の口からは軽々しく語れないと詳細は聞いていないのです。どうか、説明を」
説明をするのはいいんだけど、何処まで話すべきかを迷う。
僕がビーンセイズにいると思って戻ってきた二人は、つまりシィグダムでのことを知らないんだ。
「あなたの目の色が変わっていることに何か関係がありますか?」
シアナスが切り込むように聞くと、ブランカも不安そうに僕を見つめる。
これは誤魔化してもすぐにばれそうだ。
変に邪推されるよりここは素直に話してしまおう。
「うん。アルフを攻撃されて目が赤くなったんだ。それでそのままシィグダムっていう人間の国に攻撃しちゃった」
「「え!?」」
エイアーナでもビーンセイズでもない国名に、二人とも大慌てを始める。
「シィグダムには今、ランシェリスさまたちがいるんだよ!?」
「赤目のまま一人でですか!? いったい何をしたのです!?」
ランシェリスたちがシィグダムにいたこと知ってるんだ?
そう言えばなんでランシェリスたちはシィグダムにいたんだろう?
「僕にばっかり質問しないで、僕の疑問にも答えてほしいな。ランシェリスたちあそこで何してたの?」
「…………エイアーナと開戦の気配があるため修道士の保護に向かわれました」
シアナスの答えには違和感がある。
「ランシェリスたちってエイアーナが本拠地じゃないんでしょ? 別の目的があるとか?」
「実は、名目上で実際はシィグダムの魂胆を探りに行ったの」
ブランカは素直に答えてくれる。
やっぱり誤魔化してるのはなんとなくわかっちゃうよね。
よし、僕も素直に話しておこう。
「アルフに手を出した悪魔は見失ったから流浪の民が関与してるかどうかは断定できないよ。でも別の悪魔がいてそっちは倒した。シィグダムの王さまっぽい人も森に手を出したみたいなこと言ってたから、たぶんシィグダムが攻撃して来たんだ」
「何故、あやふやなのですか?」
「怒っててよく覚えてないんだよ。ランシェリスが剣を抜かないでいてくれなかったら襲いかかってたかもしれない」
正直に話したらブランカとマーリエが青くなる。
シアナスも険しい顔で確認の言葉を絞り出した。
「団長方は、ご無事なのですね?」
「うん、僕は攻撃してないよ」
「では、シィグダムの者は?」
「あれ、フォーレン国王に会ったの? つまり、怒ったまま、お城に…………?」
気づいたブランカが声を詰まらせると、シアナスも僕が何をしたのかわかったらしく顔色が悪くなる。
「うん、誰も生きてない」
断言すると二人は黙り込んでしまった。
「けどまだアルフを攻撃した悪魔は残ってる。しかも受肉してるから森は人間もみだりに入れないよう結界を調整してる状態なんだ」
今までは無理矢理突破可能にしていて、突破されたら警報が鳴るようになっていた。
それでもアルフはやられたので、侵入事態を阻止する形にしている。
さらに森の奥には行けないように森の中も結界で小分けにしているとアルフは言った。
幾つかあえて開いているところを作って、進むと悪魔の大魔堂やケルベロスの洞窟に着くようにしてあるそうだ。
魔女は自前で結界を張っているので、里への侵入は魔女の裁量に任せてあった。
「…………君たちはどうしたい?」
ブランカは困って僕を見る。シアナスは警戒するように周りを見た。
マーリエはブランカと同じ顔で答えを考えあぐねているようだ。
けど話し合いの場を用意してくれた里長なんかは、全く動揺してない。
「神殿はあなたを魔物と認定するでしょう」
「先輩、でも…………」
ブランカが何か言いかけても、シアナスは僕に視線を定めて続けた。
「神殿の決定なら、私たちシェーリエ姫騎士団も従うことになります」
「つまり僕を討伐すると言うんだね」
「そんな…………!」
「マーリエ、最初にランシェリスたちと会った時、僕は討伐されそうになったんだよ? 今さらだって」
「でも、シィグダムという国の人が妖精王さまを襲ったからじゃないですか!」
「それは一方的な推論でしかありません。その上、もはやその言葉を肯定すべき者も生きてはいない。そうですね?」
僕はシアナスに頷く。
目につく相手は殺したと思うし、肯定できるとしたらライレフくらいだろう。
「いるとしたら悪魔だけど、たぶん悪魔の言葉は聞いちゃ駄目とかそういう決まりがあるんでしょう?」
「先輩、フォーレンは今まで協力したり助けてくれたりしたんですよ。いきなり魔物だなんて…………」
僕を庇おうとするブランカだけど、シアナスに見向きもしてもらえず尻すぼみになった。
シアナスは僕を最大限警戒してるから、目を離すことができないんだろう。
「本当にローズそっくりだね」
「どういうことでしょう?」
「ローズもずっと僕を警戒していた。腰のところに何か武器を隠してるんでしょう? たまにそれ掴んでるのを見たよ。抜かれたことはないけど」
ブランカもシアナスも驚くってことは、よほどの武器を隠してたのかな?
シアナスは密かに呼吸を整えた。
「これは、まだ私の推察にすぎません。ですが、あなたが魔物である可能性があるなら、私はこれ以上言葉を交わすことを拒否する所存です」
「そっか。それは姫騎士団の決定にもなりそうか聞いてもいい?」
「…………私の個人的見解です。私は、団長ほど崇高でも副団長ほど意思が強いわけでもないのです。ですから、一度決めた自らの志を違えることがあれば、二度と目指せはしないとわかっています。姫騎士として、あなたとの交流は、これで最後にすべきだと判断しました」
真面目だなぁ。
ブランカも素直に、シアナスの言葉で自問するらしい。
うん、ブランカのほうが流されやすそうだもんね。
「わかった。僕も姫騎士団には不用意に近づかないようにするね」
「怒らないのですか?」
「僕も暴走してやりすぎたとは思うから、それを責められるなら言い訳のしようがないし。確か、姫騎士団って清らかなことで自分たちを餌にして他の人を守るんでしょ? だったら今の僕は近づかないほうがいいと思う」
なんか複雑そうな顔をされた。
「えーと、実は僕今血の穢れっていうものがついてるらしくて、シルフにも嫌がられてるんだ。時間が経ったらなくなるらしいけど、それも草食の僕だからなくなるだけで、人間だと精進潔斎? とかいう特殊なことをしないと取れない穢れなんだって」
反応のなさに僕が困ると、マーリエの祖母オーリアと里長が姫騎士に語りかけた。
「志貫くは尊き心構えではある。されど世界を己に当てはめるなど愚か者のすることじゃ。世界は常に小さき人間などを越えて広がるもの。あるがままをあるがごとく受け入れることも肝要であろう」
「私どもは姫騎士団に恩義があります。守護者さまのお許しがあれば、今後も迎え入れる所存です」
「うん、いいよ。あ、でもシュティフィーは最近のことで人間に対して怒ってるから、向こうには行かないほうがいいと思う」
「承知しております。我らが介しましょう」
魔女を通してなら森の様子を探れるようにしたことで、ブランカとシアナスはランシェリスに報告すべくまたすぐに帰ることになった。
森の際まで見送った僕に、マーリエが心配そうに尋ねる。
「あの、良かったんですか? ずいぶん仲良しだったのに」
「心配してくれるの? ありがとう、マーリエ。でもさ、向こうが魔物として討伐もあり得るって言ってるだけで、僕は姫騎士団に捕まるつもりないし。なんだったら、見かけて助けるくらいはしようと思うし。別にその辺りは僕の自由じゃない?」
「そ、そうですね! 敵対する必要はないんですから、これが最後じゃないですよね」
マーリエは僕の屁理屈に胸を押さえて安心したようだった。
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