248話:悪魔の面通し
僕はアシュトルに呼ばれて大魔堂に来ていた。
そして何故か悪魔召喚に立ちあわされることになってる。
「えーと、悪魔が悪魔って召喚できるんだ?」
兜の悪魔は僕の質問に目を見開く。
マントも着てすごく雄々しいその悪魔が何か言う前に、アシュトルがいつもの調子で答えてくれた。
「これは私の配下だから呼べるの。ここ以外では呼ばないでほしいと妖精王からは言われているから、攻め込まれなければ森の中では呼ばないから安心して」
「あ、ってことはアルフ守るために戦ってくれたの?」
「いいえ。慣れない森での連携は無理だと思ったから、将軍一人を呼んで指揮させたの。その将はちゃんと武闘派だったのよねぇ。これを呼んでブザスは私の側に控えさせるべきだったわ」
アシュトルは采配を間違えたことに顔を顰める。
どうやらアルフを守るために呼んだ悪魔の将軍はブザスというらしい。
ライレフの軍勢を押しとどめてくれたなら、会ってお礼言いたいし覚えておこう。
「この悪魔はなんて言うの?」
「大将のプートよ」
「ちょ! え!?」
なんか驚かれた。
「何? 聞いたら駄目だった?」
「あぁ、気にしないで。名前を知られたことで召喚が容易になったとか、詳しい者に聞けば能力が丸わかりだとかそんなところだから。知りたいなら私に聞いてちょうだい」
プートという悪魔はアシュトルの返答に僕をチラ見する。
微笑むアシュトルには何も言わないというか、言えなさそうな顔をしていた。
大将って将軍の上だよね。
これ呼ばわりで配下なら大公のアシュトルのほうが上ってことか。
「用があるのはあんたじゃないのよ」
アシュトルの言葉にプートは困惑する。
僕もよくわからずアシュトル見上げた。
「何するの? 僕必要?」
「必要よぉ。あなたへの面通しだもの」
僕に微笑むアシュトルは、一転してプートに冷徹な声で命じた。
「バーバーアスを呼べ」
「は!」
感情の抜けた低い声に、プートはすぐさま魔法陣の中に消える。
そして何やら慌ただしい声が聞こえて来た。
「おい! 伯は何処だ!? バーバーアスめ、何をやらかした!?」
「大公のお呼び出しだったはずじゃ? どうしたのですか?」
「いいからバーバーアスを連れて来い! 大公がお怒りだ!」
「あ、さっきこっちにいましたよ! 久々の召喚だったのに散々だったって愚痴ってました!」
「伯ー! 大将がお怒りですよー!」
魔法陣から大騒ぎが聞こえる。
え? この向こうどうなってるの?
「あらやだ、恥ずかしい」
「アシュトル怒ってるの?」
「そうねぇ、不愉快ではあるかしら?」
僕に笑いかけるアシュトルの目にちょっとぞわっとした。
確かに怒ってるみたいだ。
「…………あれ? バーバーアスって聞いたことあるような?」
僕がそう言うと、ひそひそ声が聞こえていた魔法陣が静かになり、黒い煙が湧き出した。
今度は二人の悪魔が跪いて現れる。
「ご用なきようでしたらば、私はこれにて」
「大将狡い…………!」
「黙れ! お前をご指名だ!」
プートは叱責して消える。
アシュトルの目はバーバーアスという悪魔に固定していた。
バーバーアスは羽根のついた帽子に短いマント、太いベルトに重そうなブーツを身に着けた狩人のような恰好の悪魔だ。
「…………うーん?」
「見覚えはあるかしら?」
「あ、面通しってそういうこと? えーと、あるような、ないような?」
「わかりにくいのかしら? バーバーアス、立ってよく顔を見せなさい」
バーバーアスは跳ねるような勢いですぐさま応じる。
目が合うと、バーバーアスは僕の角を見てギョッとした。
「…………覚えがあるようだな」
アシュトルの冷えた声にバーバーアスが肩を跳ね上げた。
「そういう反応ってことは本当に会ったことあるんだね? でも誰かわからないや」
「あら、そう? シィグダムであなたを邪魔した悪魔のはずよぉ」
「あ、バーバパパみたいな名前の? …………こんなだったような、気も、する?」
「あやふやすぎるのよ」
今まで僕の背中に貼りついて黙ってたクローテリアが焦れて声を出した。
「だって邪魔だなとしか思えなかったからよく見てないし、覚えてないんだよ」
僕が何か言う度にバーバーアスの口元が動く。
なんだか言いたいことを必死に堪えてるみたいだ。
なんだろう?
「あ! そう言えば、倒した時に何かアシュトルに言っておいてって言われたことがあったような…………?」
やっぱりあやふやな僕にバーバーアスは必死に頷いていた。
「…………なんだっけ?」
「覚えててくれよ…………!」
「こんな変なユニコーンに期待するなんて悪魔としてどうなのよ」
クローテリアひどくない?
僕が思い出せないと見てアシュトルがバーバーアスの目の前に動く。
「言い訳は私が直接聞いてあげるわぁ」
「ひぃ…………」
バーバーアスはアシュトルの狙い定めるような目に震え上がった。
「何か言いたいことがあるなら聞いてやるといっているんだ」
「…………ございません」
圧をかけられるバーバーアスは絞り出すように答えた。
「あ、思い出した」
「あら、なぁに?」
ころっと表情を変えてアシュトルは僕に顔を向ける。
「アシュトルの縄張り荒してないって言ってたよ」
「なんだ、そんなことぉ」
アシュトルが甘い声で失笑すると、バーバーアスは声を絞り出す。
「そ、そちらのユニコーンとは、どのようなご関係で?」
「関係? えーと、誘惑されてる?」
「そんな水臭いこと言わないでぇ。私の誘惑を三度も跳ね返した上にその角でこの身を貫いたく、せ、に」
いつも思うけど、なんで嬉しそうなの?
「悪魔の感性ってよくわからないなぁ」
「わからなくて当たり前なのよ」
僕とクローテリアがそんなことを言ってる間に、アシュトルはバーバーアスに冷徹な顔を向けた。
「お前が知るようなことではない。が、一つ教えておいてやろう」
いつの間にかバーバーアスがまた跪いてる。
圧に負けて膝を屈したみたいだ。
「私は自らの言葉でこの者に約したのだ。不在の間の妖精王の守りは任せよと。たとえ格が上の悪魔が来たところで守り通すと」
そう言えばそんなことを言っていた。
「わかるか? 私自らが約定を結んだのだ。それをこうも無様に反故にした。私のこのはらわたの煮えくり返るような恥辱が、わかるか?」
煮えくり返るという割に空気は一言ごとに冷えて行く。
僕としてはアルフを守れなかったことを気にしてくれてたんだと知ってちょっと嬉しい。
「アシュトル、次も任せていい?」
「あらぁ、しくじった私にまた機会をくれるのぉ? あぁん、嬉しい!」
避ける隙もなく抱きつかれた。
「大袈裟だよ。アルフの目を通してアシュトルが頑張ってくれてたの見てたから」
「…………あらやだ。無様にやられたところも見られてたのね…………」
「あ、ごめん。でも、何か仕かけしたんでしょ? だったら次は大丈夫だよね?」
「本当にわかってるわぁ。次に会ったらあいつの腹から食い破ってあの依代ずたずたにしてやるんだから。そのついでに精神体のほうも締め上げて受肉解除してみせるわ!」
僕を離したアシュトルは高らかにそう宣言すると、バーバーアスを見下ろした。
「ということで、さっさとあのライレフ召喚した人間の情報吐きなさい」
「た、大公! 契約者についてそんな言えるわけないじゃないですか!?」
「お黙り! 言われたことにだけ答えなさい!」
あ、ちょっとバーバーアスが可哀想になってきた。
そこに背後から忍び寄るように悪魔が現われたことに気づく。
「我が友、君を尋ねて来た者がいるそうだよ」
「コーニッシュ? って、やっぱり後ろから僕に何か食べさせようとしてたね? またチーズ? それにしても今日は用事のあるひとが多いなぁ」
クローテリアに爪を立てられてちょっと痛い背中のほうからは、バーバーアスの悲痛な声が聞こえてくる。
バーバーアスへの哀れみは別件があれば忘れるくらいの同情だった。
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