245話:神を忘れた悪魔
「そう言えばシィグダムにライレフはいなかったんだ。別の悪魔がいたから倒したんだけど。ライレフは清らかな相手とかって関係ある?」
「あるわよぉ。あいつも私たちと同じ堕天系だもの」
アシュトルが敵意のチラつく笑顔で答えると、アルフが空気を読まずに言った。
「堕天系の悪魔ってな、姫騎士相手には場さえ選べば手出しできずに一方的にやられる奴らだぜ」
どうやらあのシェーリエ姫騎士団はユニコーン特攻部隊でもあり、堕天系悪魔の特攻部隊でもあるらしい。
「神に仕えて裏切ったって、何したの?」
「覚えてないのよぉ」
「え?」
「私たち、裏切った罰で神の下での栄光の記憶をすべて失って悪魔にされているの。だから神がどんな姿で何を言ったかなんて何一つ覚えてないのよ」
「おう! 叶うならば今一度天へ!」
「こんな世迷言言ってる悪魔、堕天系でもこいつくらいのものだから気にしないで」
いきなりテンションを上げたウェベンにアシュトルは冷たく言い放つ。
「あれ? 悪魔って神に作られたって言ってなかったっけ。ペオルは悪魔として生み出されたんじゃないの? 神は知ってるの?」
「さてな。役割を与えられて生み出されたことは自覚しておる。ただ神に仕えた記憶などはないのう」
あれかな?
悪魔が作られた後に堕天して、悪魔側に左遷されたのがアシュトルたちってこと?
「なんの話をしているんだ。これ以上無駄話をするなら俺は帰るぞ」
短気なアーディが舌打ちしながら軌道修正してくれた。
「あ、魔王石! ウェベンがいきなり来たからすっかり話逸れちゃったね」
「これは申し訳ない。ご主人さまの貴重なお時間を浪費してしまったお詫びに、お命じくださればこのわたくしがオブシディアンを献上させていただきましょう」
「二度と南に近寄るな」
グライフが目を突くとウェベンが初めて苦悶の声を上げた。
「目が、目がー! いっそ一思いに殺してくださいー」
あ、致命傷じゃないと灰になって復活できないんだ。
覚えておこう。
ただ血の涙流すような形で笑顔で立ってるから言うほど効いてないみたいだけど。
羽根の音がして見ると、クローテリアが僕の顔の高さに飛び上がった。
「なんでそんなに離れてるの?」
「目の赤いユニコーンなんて近寄るもんじゃないのよ」
「あ、まだ赤い? これ戻らないのかな?」
「もう少し心が落ち着くのを待ってはどうかな? 戻らないとは聞いたことがないよ」
ベルントがそう言ってる間、僕の周りを回るクローテリア。
「話していいのよ?」
「何について?」
クローテリアはちょっと迷う様子を見せてまた僕を一周する。
顔の前に戻って来た時には決心したように告げた。
「カーネリアンは今、山脈のドラゴンは持ってないのよ」
「え?」
「おいおい、まさかお前」
アルフが何かに気づくとクローテリアは頷く。
「そうなのよ。あたしはあのドラゴンの分身なのよ。やっぱり盗み聞きしてたなのよ」
クローテリアの正体を知ってるのは僕とアルフだけ。
ルイユとマーリエがそれぞれ別の反応を見せた。
「そのドラゴンどのは、たしかノームの所で盗みを働いたと聞きましたが?」
「え、え!? その子本当に怪物のドラゴンだったんですか!?」
「簡単に言うと、暇に飽かせて自ら分身なんて生み出した本体が、あたしに魔王石を捨ててくるよう命じたのよ」
どうやらクローテリアのお遣いは魔王石を捨てることだったようだ。
「でも魔王石って捨てても戻ってくるんでしょ?」
「いや、分身に捨てさせるってのがポイントだな。持ち主を本体じゃなく、分身のほうに擦りつけられるかもしれない」
アルフの推測をクローテリアも肯定する。
「そうなのよ。だから本体はあたしを殺して魔王石が持ち主を変えたか知りたいのよ」
「クローテリアに持ち主が移行していた場合、魔王石はどうなるの?」
「誰の手にもない状態でそいつが死んだら魔王石はそのままだな。基本的に魔王石を封じるには持ち主がいない状況にする必要があるんだよ」
アルフが言うには持ち主になってしまえば使わないよう精神汚染を跳ね返す必要がある。
持ち主が全て死ぬと魔王石は精神汚染を行う対象が現われるのを待って沈黙するそうだ。
その間、魔王石の害は周囲に波及しないので封印のチャンスらしい。
「神殿とケイスマルクに封印されてる魔王石はこの類だ。持ち主がいないから置いておいても害がない」
「あれ? オブシディアン、オパールって隠蔽されたって知識に」
「あぁ、ケイスマルクにあるっていうアメジストもな。そっちの二つは誰かに見つかって転々としてんだよ」
それ、隠蔽の意味ないね。
「あれ? もしかして魔王石があること知らずに祭りやってるの?」
「たぶんそうじゃないかな? 知らないけど」
コーニッシュはやる気のない返事で魔王石に全く興味がないことがわかる。
「って、クローテリア。魔王石のカーネリアンどうしたの?」
「人間の国に隠したのよ。そしてあたしはここで名前を受けて分身からの脱却を図ってるのよ」
僕がわからないでいるとユウェルが眼鏡を直しながら頷く。
「なるほど。元の持ち主であるドラゴンとは別の存在となれば魔王石はドラゴンの下へ帰り、あなたは持ち主の軛から逃れられる可能性があると」
「怪物同士で魔王石の押し付け合いか…………」
ブラウウェルがげんなりしてるのは触ったことがあるからこそなんだろうな。
でもクローテリアが今教えてくれたことには意味があるんだろう。
「僕は今、魔王石が欲しいんだ」
「わかってるのよ。隠した場所に案内してやってもいいのよ。人間には入れない場所に隠したから、まだあるはずなのよ」
「ありがとう。それで、何処の国?」
「ジッテルライヒなのよ」
そこって魔法学園のある?
え、魔学生大丈夫かな?
ジッテルライヒって確か姫騎士の本拠でもあったよね?
…………すごく危ない気がする。
「…………目の色が端だけ戻ってるのよ」
「え?」
「見せてみろ」
「ちょ、グライフ! 爪刺さってる! アーディも目が乾くから瞼押さえないで!」
乱暴な大人二人に抑えつけられる僕を他のみんなも覗き込む。
「どうだ? 本当に戻ってるか?」
あ、見えないアルフだけ不参加だ。
「確かに上のほうの端は色が滲んだようになっています」
答えるスヴァルトにアルフは上機嫌な声を出す。
「よしよし。時間経過かわからないが、戻るみたいだな。だったらフォーレン、当分俺の近くにいてくれ。精神の繋がりまだ不安定だし、直すついでに興奮しないよう感情抑えるから」
「貴様、何を当たり前のように人格改造を宣言している」
「え、そういう言い方されると怖いんだけど」
不穏なことを言うグライフにアルフが反論した。
「お前は本当に俺の善意を悪意的に解釈するよな!?」
「貴様の善意が良い結果に繋がったことが今までどれだけあった?」
アルフの反論もアーディの冷たい声に切り捨てられる。
森の住人たちは何も言わない。
肯定しないだけ優しさ、かな?
「えっと、アルフ。僕いつまで側にいればいい? 魔王石は早いほうがいいでしょ?」
「まぁ、焦るな。ともかく今日明日はやめておけよ。集めてくれるのは嬉しいけど、俺のほうもまだ守り完璧じゃないし」
「あ、そうだね」
森は荒れてるし、館も城も壊されてる。
今僕という防衛に使える戦力を森の外に出すべきじゃない。
僕の目の色が戻り始めたからか、クローテリアが服の裾を加えて引っ張る。
「母馬の墓作るって言ってたのよ」
「あ、そうだった。荒らされない場所選ばないといけないね」
埋めても野生動物が掘り返すようじゃ困るしなぁ。
考えていたら今度ははアシュトルが大人のお姉さんの姿でクローテリアのように僕の服の裾を引っ張った。
うーん、惹かれない。
「これも駄目? まぁ、いいわ。ところで、フォーレン。まだ悪魔がいたようなこと言っていたけど?」
「うん、でも倒したよ」
「念のためよ。相手が呼ぶ悪魔の傾向で人物像が見えてくることもあるの。教えてくれる?」
そういうものなの?
って言ってもあの時怒りで我を忘れてたからすごくぼんやりだな。
「えーと、名乗ってたけどなぁ? 大きな鳥に乗ってて、狩人みたいな恰好で、他にも使い魔とか軍とかいて、なんて言ったっけ? …………バーバパパみたいな?」
「あらぁ…………?」
何故かアシュトルの短い一言には殺気が籠っていた。
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