244話:悪魔の面倒ごと
他視点入り
「どうする気、ランシェリス!」
血の海の広間から背を向けた私にローズが厳しい声を投げかけた。
「あの悪魔はフォーレンを追って行った! 暗踞の森だ!」
「待ちなさい! 正気かもわからないのよ? 何より妖精王に異変があった今、無闇に追っても危険だわ」
「だがその危険な森にブランカとシアナスが向かっている!」
知らなかったとは言え命じたのは私だ。
二人を見捨てるわけにはいかない。
そんな私にローズは険しい顔で正面に回り込んだ。
「だからこそよ。あなたはあの二人を軽んじる気? 命じられて向かった先で、なんの手も打てずにただ死ぬような軟弱な者が、私たちの従者だったとでも?」
ブランカは私の、そしてシアナスはローズの従者だった。
あの二人の能力も性格も良く知っている。
「仲間を思う気持ちを否定はしないわ。けれどだからこそ、信じてあげなさい。団長なら、もっと全体を見て任せられる者だけを動かしなさい」
状況が違う、予定が違うと言っても与えた指令は情報収集なのだ。
確かに二人だろうと私たちが行こうとやることは変わらない。
二人でも情報の正誤を判断できるからこそ行かせたはず。
何より現状私が焦って動いてももはや遅い。
「…………ローズ、あの悪魔が何者かわかる?」
私は息を吸って気持ちを落ち着けるように心掛けながら片腕に問いかけた。
フォーレンと顔に傷のあるグリフォンは森に帰った。
その後にやって来た悪魔と思しき赤い羽根の生えた何者かは、遅かった、追わなければと言って去って行ったのだ。
「あの悪魔は私たちのことを敬虔なる清らかな乙女と呼んだわ。嫌みでないなら本心。神を讃える悪魔は多くない。それにあの赤い羽根、従僕のような姿。召喚者に忠誠を誓いながら主人を駄目にする堕落の悪魔、ウェベンではないかしら」
ローズは悪魔学を学んだ騎士であり、私より確かな知識がある。
そんなローズが危険を口にしないのは、危険性の低い悪魔だからか?
「魔王が従えた七十二柱の悪魔の一柱だけれど、敵に送り込まれて内側から瓦解させるような作戦で使われたという記録が残っているわ」
「強いのか?」
「いいえ。ただし、殺しても復活するという困った特性を持っているわ。悪魔のわだかまる闇に帰さない限りずっと地上に存在することになる」
「暗踞の森での異変に関わりがあるだろうか?」
「正直、妖精以上に忠実に妖精王に仕える者はいないでしょうから、あの悪魔の入り込む余地があるとは思えないわね」
確かにフォーレンは気軽に受け入れそうだけれど、妖精王の友として妖精たちがすでに忠実に従っている。
グリフォンも傲慢の化身として使役しそうだが、聡いため堕落は難しそうだと思える。
森に棲む他の種族も用心深い者が多く、あの悪魔が入り込む余地はないように思えた。
「考えられるのは、この惨状を招いたあのユニコーンに、悪魔として惹かれたか」
「場の穢れか。そう言えば、久方ぶりに仕えるに値する方だと言っていたな」
仕えることが目的の悪魔であるならありうることか。
あの悪魔がこの状況に関わりないのだとしたら、何故フォーレンはこんな惨状を引き起こしたのだろう?
「…………森に行く前に調べなければいけないことがある」
「そうね」
「これだけの騒ぎに軍が出ないのは不自然だ。シィグダムが何をしていたのかを知りたい」
「えぇ」
「エイアーナにはシィグダムからの流民が入らないよう警告を。シィグダムに寝返った街が自棄になる可能性もある」
「国境の町を回らせて、王都への伝令を走らせたほうがいいわね」
「シィグダムが森と事を起こしたとすれば大道も心配だ。偵察を向かわせるべきか」
「場合によっては軍が森の付近に出張っていて城の守りが手薄だったのかもしれないわ」
「となると状況説明と称して私たちから一隊随行させ、そちらの様子も…………」
考えていたことを無意識に喋っていたことに気づいてローズを見ると微笑まれる。
「それで、私たちはどう動くのかしら、団長?」
ローズのお蔭で焦りは引いて考えがまとまった。
私が今から森へ行ってもできることは二人を連れ戻すくらいだ。
だったらここでできることをしてからでも遅くはない。
「まずは外にいる者の中から重職の者を見つけなければ。国王が逃げていればいいのだが」
「玉座の側にシィグダム国王と同じくらいの年齢の遺体があるわね」
「断定は早い。ともかく、国王の顔を知る者を捜そう。無闇に人を入れては混乱が大きくなるだけだ。まずは重職の者と、教会の人手を借りよう」
この数の遺体を埋葬するには教会の者だけでは足りないだろうか。
国王の死が確定したらエイアーナに報せ、同時に軍の所在確認も必要になる。
本当に森にいるならそちらには腕の立つ者を派遣し、現場に下された命令を把握する必要があった。
脳裏にブランカとシアナスの顔がチラつく。
「…………無事でいてくれ」
「エルフとも上手くやっていたと言うし、きっとすぐさま攻撃されることはないわ」
ローズの慰めに、私はそうであることを願ってやまなかった。
三回ほど復活することになったウェベンの灰を羽根でベランダの外まで吹き散らすと、グライフは不機嫌に話し始めた。
「魔王石が持ち込まれたと思しき時期は、俺が大グリフォンの元を離れる前、三百年以上も昔のことだ」
魔王が倒され魔王石がばらばらにされたのが五百年前で、グライフがだいたい四百歳。
それで三百年前には魔王石が大グリフォンの所に持ち込まれた。
…………年月の感覚がおかしくなりそうだな。
僕はまだ一歳になってないのに。
「ある時、貢ぎ物を持ってきた者たちを大グリフォンが皆殺しにした。たまに金によく似た紛い物で嵩増しする者がいるからそれだと思われていた」
けれどその時から大グリフォンに口癖ができたとグライフは語る。
「魔王石など碌な物じゃない! でございますね」
「貴様面白がって見ておったな!」
復活してベランダに飛んで来たウェベンを、グライフは鉤爪で掴む。
そのまま高い天井に飛び上がると、ウェベンを振り回すように勢いをつけて壁に叩きつけた。
またウェベンは燃えて灰になる。
「グライフ、そんなこと言うのに大グリフォンは魔王石のオブシディアン捨てなかったの?」
「フォーレン、魔王石って一回手に入れると捨てても戻ってくるんだよ」
「え?」
「俺がダイヤを回収に行ったのは、持ち主全部が死なないと俺の元に戻ってこないってわかってたから。ほら、エノメナって人間の家にオパール伝わってただろ? あれは盗まれても戻ってくるし、焼き出されても巡り巡ってまた戻ってきてたからだよ」
「今エノメナが持ってないのは?」
「あくまで持ち主が親だったからだろうな」
呪いの宝石の名に恥じないな、魔王石って。
親が呪われた余波で不幸になったエノメナが改めて可哀想になって来る。
「捨てただろうとは思うぞ。何せその頃周辺ではいくつかの集落が滅びていた」
そしてグライフが物騒なことを言う。
南に大きな国はほぼない。
国を作っても狙いやすい大きな獲物でしかないから、小さく集落にまとまって同族同士で守り合うんだって。
エルフの国も都市国家みたいなものだし、街ごとに要塞みたいになってるって聞いた。
そんな南は国同士にすごく距離があるから戦争なんてそう起きないそうだ。
「大グリフォンの下でも争いが頻発した時期でな。あの時は大グリフォンが病を得て死にそうだという噂が流れたせいで治安が不安定化したと思っていた」
どうやら魔王石を不本意に手に入れた大グリフォンは引き篭もって出て来なくなったらしい。
「今なら魔王石をどうにかしようとしていたとわかるがな」
「どうにかできたの?」
「まだ大グリフォンが健在であるならそうだろうな。俺は大グリフォンが引き篭もっている間に族を離れた」
グライフが泉の妖精に予言を受けると、同族のグリフォンは囃し立てた。
族内の揉め事は大グリフォンが禁止していたけれど、その影響力が弱まったからこそグライフが標的にされたそうだ。
で、グライフは返り討ちの上、そのまま出奔。
「魔王石って本当に厄介だね。なのに人間は欲しがるなんて」
「一定数いらないってはっきり言う奴もいるだろ。サンデル=ファザスとか」
姫騎士は? って、封印目的で欲しがったんだっけ。
「あ!」
「どうした?」
「そう言えばシィグダムで姫騎士に会った! グライフ、僕姫騎士襲ってないよね?」
「俺が見た限りでは無傷ではあったな」
「わたくしが見た時も怪我などはしていませんでしたよ」
「なんでウェベンが知ってるの!?」
「おぉ、あの敬虔で清らかな乙女たちはご主人さまの知人だったのですね。ご安心ください。わたくし清らかな者には触れることもかないませんので」
「どういうこと?」
わからない僕にアシュトルが嫌そうな顔で教えてくれた。
「悪魔にも違いがあるのよ。かつて天で神に仕え、神を裏切ったことで堕天させられた悪魔は清らかな存在には触れられないし、聖なる場所へも行けないの」
「神に? あれ? でもアシュトル教会に召喚されてたよね? それに姫騎士に攻撃してたけど、ウェベンは無理なの?」
僕の新たな疑問にはペオルが答えてくれる。
「良い着眼点だ。穢れた場であれば入ることが叶う。その教会やシィグダムの城は穢れていたのだろう。そしてそのような場にある者は穢れに触れることになるため攻撃が可能だ」
「自分やペオルは最初から悪魔として生まれた悪魔だから関係ないよ」
コーニッシュに言われて頷いてみた僕だけど、悪魔にも種類があると初めて知ったのだった。
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