25話:過激派神さま
蜘蛛の子散らすとはまさにって感じで、鰐や蜘蛛の魔物が一目散に逃げていく。
「…………なんかごめん」
「ちっ」
「え、何が? あ、うっわ! お前、滅茶苦茶毛が逆立ってんじゃん、ぶふ!」
どうやら威圧とやらができたみたいなんだけど、グライフにも有効だったみたいで。
「この羽虫が! いい気になりおって、降りろ!」
「へっへーん。フォーレンの威圧は契約してる俺には効かないしー。鳥肌立ててぶるったのお前だけだしー」
怒って暴れるグライフの上で、アルフはロデオ状態で煽る。
やめて、必死にバランス取ってるの僕なんだから。
ひとしきり騒ぎながら前進すると、本物の排水に行き当たった。
道路からの排水らしくてそこまで汚くないけど、さすがにアルフとグライフも暴れるのをやめてくれる。
「貴様なぞ泥にまみれて流されろ、羽虫」
「もう、グライフ。機嫌治してよ。あ、そう言えば下水道って他の街でもこんななの?」
思ったよりきれいっていうか、前世の知識だと、こういう下水を整備してなくて疫病流行ったりってあったのに。
ここにはちゃんと整備するための足場があるし、水位の上がった跡があることを考えると、水害対策もされてそうだし。この様子だと排泄物は別口に下水が整備されてる。
ガウナたちに下水を突っ切って王城の下に行くって聞いた時には、もっとひどい環境を想像してた。
「他にも大掛かりな下水施設はあるぜ。ただ、古い都市に限る」
「え、古いほうが下水しっかりしてるの?」
おかしくない?
「あぁ、これは使徒の遺産か」
どうやらグライフはアルフが何を言っているのかがわかったらしい。
使徒って確か、神に遣わされるとかいう?
『使徒っていうのは、神が地上に遣わす移し身だ。神の一部をその魂に受けて生まれる存在。だから、神は一なる己を分けて遣わす『全なる一、一なる全』と呼ばれるんだ』
そんな風にアルフは説明してくれた。
「えーと? つまりこの下水道は神さまの知識?」
「いや、普通に使徒が作るよう命じたから、使徒の遺産っていうんだ。下水道整備したお蔭で疫病なくなったって話だぜ」
「ほう、汚水を集めることにそのような意味があったのか」
動物に近いグライフには衛生観念なんてないよね。
…………いや、この世界の文化レベル考えると、衛生観念ある人って、いるのかな。
日本でも衛生面に気を使う都市作られたのって、江戸くらいじゃなかった?
「使徒が与えた知識って言えば、裁判とか結婚とかもそうだな」
「あぁ、神殿か。罪を規定して裁くとかいう私刑を禁止する面倒な制度と、番うことを一生ものに限定する契約だったか?」
「えぇ? 言い方…………」
「確か神殿は三つあったな。あと一つはなんだ、羽虫?」
「治療院な。フォーレンに説明すると、使徒が建てた神殿が三つ、ここからずっと北にあるんだ」
アルフが言うには、その三つの神殿はもちろん神さまを奉る施設なんだけど、それぞれ創設した使徒が考案した社会制度を実施する場でもあるんだそうだ。
罪科を規定して相応の罰を下す神殿は、裁判所と刑務所を合わせたようなところ。
一夫一妻制度を普及させた神殿では、結婚式の他、各種の慶事を祝う式場のようなところ。
治療院のある神殿は、病院と薬の開発研究を行うところで、手術もできるんだって。
なんかこうも揃ってると、前世で言うテンプレっていうのを疑いたくなる。
僕以前に異世界転生した人が、使徒って呼ばれてるんじゃない? そうなると、僕を転生させたのは、神さま?
「使徒というのは、そうした知識を人間に普及せよと命じられて地上に降りるのか?」
どう聞き出そうかって考えてたら、グライフがアルフに聞いてくれた。
「うーん、一つ使命が与えられてんだよ。で、お前なりにその使命を果たす努力をしろってな。命じられるより、使徒本人が使命のために必要だと思うから、神殿と付随する施設も作ったんだろ」
「ちっ、さすが妖精などと言う頭の緩い存在を地上に蔓延させるだけはある。お前たちが奉る神も、相当に考えなしのようだ」
「おいこら、それはさすがに聞き捨てならないぞ?」
いつになくアルフが真剣な声を出した。
異世界でも宗教関係ってナイーブな話なんだなぁ。
「ね、ねぇ! 使徒って、いつごろから遣わされてる? ものなの」
僕が話題を振れば、グライフは黙った。
「…………最初の使徒は妖精女王。で、一万年近く前だと思うぜ」
「一、万年?」
「なんだ、三千年ほど前かと思ったぞ」
グライフも思ったより古かったみたいなこと言ってるけど、三千年もどうなの?
西暦越えてるよ?
「最初は妖精女王で、次に妖精王。この間で千年くらい経ってるから、さすがに幻象種でもいつから使徒がいたか忘れてるんだろ」
幻象種は寿命が長いから、人間よりも使徒のことを長く伝えてたりするらしい。けど、実際使徒と交流のある妖精のほうが、その辺りについては詳しいんだって。
アルフが言うには、妖精女王から今まで、十人の使徒が遣わされているんだとか。
「覚える必要もないぞ、仔馬。幻象種に使徒が現れることはない」
「…………え?」
「ま、神に従わない種族だからな、幻象種は」
「そ、そうなの…………?」
だったら、使徒って転生者ではないのかな?
うん、そうか。僕は神に使命を与えられた覚えなんてないしね。
「ふん、そのせいでこっちは住処を荒らされることもあるというのに」
「幻象種の大半は協調性がないんだよ」
「侵略者が協調性を語るか」
「ちょ、ちょっと! ここで喧嘩はやめて」
会話の方向が怪しくなってきた。っていうか、グライフってアルフに対して辛辣だ。
僕が止めると、グライフはこっちを振り返る。
「契約が必要であったことは、貴様の性格を思えば羽虫の方便だけとは思えん。が、お前は神に呑まれるなよ、仔馬」
「どういうこと…………?」
グライフは答えてくれない。
アルフを振り返ると、困ったように笑っていた。
「俺としては、与えられた使命もなく生きることに無為を感じるんだけど。幻象種は生まれからして違うからなぁ」
「あぁ、運命を導くとかいう? それってさ、神に従ったら、神が助けてくれるってことなの?」
僕の質問に、アルフは顔を強張らせた。
次いで、グライフが体を揺らして笑いだす。
「ふっはははは! とんだ皮肉よ、仔馬!」
「え、皮肉なの!?」
「おい、フォーレンを悪意的に言うな! 今のが皮肉に聞こえたのは、お前の性格が悪いだけだっての!」
あ、もしかしてキリスト教みたいに死んだら天国に行けるよっていう、信仰なのかな?
情けは人の為ならずとか、日本の宗教って現世利益が基本だから…………。
っていうかアルフが答えないってことは、この世界の神様は生きてる間に手助けしてくれないってこと?
「使徒って、人間を助けるために遣わされるんじゃないの?」
僕の質問に、グライフはまた笑った。その声には皮肉げな響きがある。
アルフは悔しそうな感情を滲ませて、答えを絞り出した。
「神の意志が、人間のためでも、使徒のやり方いかんで、戦争にも、発展することが、ある。…………あまりに神の意志とかけ離れた状況になると、神は、地上を罰する」
「五千年前だったか? 神が地上を焼き払ったのは」
グライフの問いには答えないけど、無言の肯定って言うのがアルフから漂っていた。
つまり、この世界の神さまって、過激派?
怖! 焼き払うって何? 前世の知識で巨神兵って出て来たんだけど?
「…………うーん? フォーレン、何考えてんだ?」
「う、えっと…………気に入らなきゃ焼き払うって、他にやり方あるんじゃない? 使徒送り込んで丸投げするくらいなら、自分が降りてくればいいのになって」
「ふっはははは! 神に降りて来いと? はははは! 貴様の契約者は、俺よりもよほど豪胆だぞ! なぁ、羽虫!」
「え、いや、そんな実力行使する前に話し合おうよ! 平和的にさって意味!」
言い募ったら、グライフのツボにはまったみたいで歩けなくなっちゃった。
アルフもなんか、しょんぼりして僕の背中から降る。
そんなに悪いこと言った? 信心深い人なんて前世知識でも知らないから、何が地雷かわかんないんだけど?
「仔馬、くく、お前のその面白い考えは、その羽虫との契約に関係があるのか?」
「ないと思うけど。思ったこと言ってるだけだし。争い嫌いだし」
「では忠告だ。その羽虫に神に逆らうという考えはない。そういう生き物だ。面倒が起こる前に縁を切るのだな」
「え、やだよ」
「え?」
なんでアルフが驚くのさ。
「別にアルフが神を信じててもいいよ。同じように信じろって言われたら困るけど、誰を信じるのかは本人が決めていいものだし、僕は否定するつもりなんてない」
「…………ふむ、どうやら神という存在自体を理解していないな、貴様?」
「うん、なんかすごいことができるひとってくらいしかわからない」
「えー?」
だからなんでアルフが不服そうな声あげるの?
「諦めろ、羽虫。こやつ、物を知らな過ぎて神を恐れることなど知らんのだ。まして、作った側と作られた側の間に存在する強制力など、俺たちの知ったことではない」
グライフも神さま信じてないんじゃないの? 信じてる神さまが違うだけ、なのかな?
あー、日本人が宗教色の濃い外国に行って、無神論だって言うと正気を疑われるって聞いたけど、今ってそんな感じだったりするのかな。
アルフはなんだか不安そうな目で僕を見上げた。
「フォーレン、信じる者がいないのは、不安じゃないのか?」
「信じるだけなら、自分を信じればいいんじゃないの? …………それか、信じてほしいと思うひとに信じてもらえる自分でいれば」
「はは…………神以外に従うようにはできてないし、俺には無理そう」
「そう? アルフでもできると思うよ。僕より長く生きてるみたいだし、自分は自分って言える心はあるでしょ」
気軽に言っちゃったけど、なんだかアルフは苦しそうに顔を顰めてしまった。
ガウナもそうだったけど、どうやら妖精という生き物は、お気楽そうに見えて縛りが厳しいようだ。
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