240話:魔王石と混ざる
「…………は?」
アルフが死ぬ?
聞いた途端血が沸き立つような昂ぶりを感じた。
「貴様の口は何処まで軽いのだ!」
「何度失敗しても学ばないな!?」
「妖精王、さすがに軽率すぎよ!」
「少しは反省をしろと何度言われれば気が済むのだ!?」
グライフ、アーディ、アシュトル、ペオルが叱ると同時に鉛色の卵を殴る蹴るの暴行に及ぶ。
やらないけどスヴァルトも苦言を呈した。
「フォーレンくんがあらぶっています。どうか軽率な発言はお控えください」
「お、おう。悪い悪い。フォーレン、すぐにどうにかなるわけじゃないから。落ち着け、な? っていうかすごいなこれ。音から何されてるかはわかるけど、中にはなんの影響もないぜ」
呑気なアルフに言われる前に僕の怒りは沈静化していた。
なんかいきなりみんなが怒ったから逆に冷静になれたんだ。
うん、ちゃんと話を聞こう。
「死にそうってどういうこと?」
「えっと、まず前提としてこの封印、閉じ込められたらだいたいの奴は死ぬんだ。そこはわかるか?」
金属だから息できないくらいは想像できるし、飲食もできないなら僕も死ぬだろうとは思う。
「精神体なら平気じゃないの?」
「この中にいると物質体に寄せられるみたいだな。さっきオニキス取り込んだ隙に調べたけど、たぶんこの金属壊すために溶かしたり真っ二つにすると俺も同じことになる」
つまり力尽くで解放しようとしてもはアルフが死ぬ。
「で、精神体って基本的に存在する理由があっているわけなんだ。動けないし外とも連絡が取れないとなると、存在する意味がなくなって時間と共に消えちまう」
「あの、少しずつ金属を掘って行くことで救出はできないのでしょうか?」
ユウェルが控えめに聞く。
「さっき見ただろ? この金属は形を変えられる。削った端から元に戻るだけだ」
「で、では腐食させてはどうでしょう?」
ブラウウェルもなんだか及び腰だ。
もしかして怒った僕や金属殴りつけて平気な面々に引いてる?
「たぶんそれも溶かすのと同じで俺も崩れるぜ」
つまり打つ手なしだ。
「で、先に行っておくと、封印しやがったライレフ倒しても俺はこのままだ。あいつの力はこの封印に一切干渉してない」
「つまり動けない以外は問題ないんだろう?」
コーニッシュに言われてみれば、こうして話しできるならアルフが消える恐れはない。
「もうアルフは外と連絡取れる状態なんだよね? なのに死にそうって…………」
「いや、おかしいぞ。今その封印には魔王石二つと妖精王が入っているのだ。それでもなお堅固な封印を維持しているのは異常としか言えん」
グライフの言葉にアルフが嫌そうな声を返した。
「お前が気づくのかよ。そうだよ。この封印は封印を維持するために中に取り込んだ力を吸い取ってる」
「なるほど。その中にいる限り力を吸い取られて消える運命しかないということか」
「魔法に明るくないのですが、妖精王さまの力が奪われるという考えでいいのでしょうか?」
理解したベルントに、ルイユは不安そうに聞いた。
アシュトルとペオルも難しい顔で状況を確認する。
「となるとまずいわね。魔王石も取り込んだ状態ということは、魔王石の力が妖精王に影響を与えているんじゃないの?」
「魔王石に侵されては妖精王としての存在が揺らぐ可能性があるな。となれば時を待たずとも妖精王としては存在する意味がなくなるか」
「そうなんだよ。この封印、俺と相性悪すぎないか?」
愚痴るアルフにスティナとエウリアは悔しそうにこの封印が開発された頃を語る。
「妖精女王が宣戦布告して以来、魔王は妖精を封じる手を模索していました。その中に妖精女王を封じる方策もあったかと」
「流浪の民が持っていたと考えるなら、魔王が作った物なのでしょう。となれば魔王が身に宿した神の叡智が関わっている可能性もあります」
さらにはそんな封印に流浪の民が手を加えた。
魔王が生きてる間に魔王石はないから、魔王石を標的にする部分が改良なのかな?
「おーい、フォーレン。落ち着いてる? 大丈夫か?」
「…………悪魔や流浪の民をどうにかしてアルフが助かるわけじゃないのはわかった」
「そうそう。それでさっきオニキス入れてわかったんだけどさ」
なんだかこっちがシリアスになるのが馬鹿らしくなるくらいにアルフは軽い。
出会った頃からそうなんだけど、本当に死ぬことに鈍感なんだな。
自分が死にそうだってことに無頓着すぎるよ。
「どうもこの封印、永続的に存在できるわけじゃないみたいだ」
「え!? つまり時間で解決できるってこと?」
「たぶんあ。で、封印が有効なのはざっと千年!」
「長いわ、馬鹿者!」
「普通に消えるだろう!」
グライフとアーディがまた殴る蹴るといったことを鉛色の卵にする。
彷徨える騎士という動く鎧に爪痕を残したグライフは、鉛色の卵にも爪痕をつけた。
ただしすぐ直る。
本当に物理的にどうにかするのは無理そうだ。
「妖精って千年生きられないの?」
僕の質問にユウェルとブラウウェルが長命ゆえの視点で教えてくれる。
「フォーレンさん、千年経てば地形が変わるんです。今ここは森で妖精も多いですが、森がなくなれば妖精も減ります。そうなると姿の見えない妖精王さまを認識する妖精が少なくなり、力は弱まるんです」
「それにお前が妖精王さまと繋がっているからこその現状だ。お前が千年の間に死なないとは限らないだろう?」
言われてみればそれもそうだ。
マーリエも不安そうに頷いている。
「私たち魔女は環境の変化に弱いので、森から離れなくては生きていけない時が来るかもしれないんです。そうなった時、お姿の見えない妖精王さまにどれだけのことができるか」
「怪物でも千年もあれば倒されるのよ。千年休まず敵を警戒するなんてできないなのよ」
クローテリアも僕の考えの足りなさをそう指摘する。
「アルフ…………」
「心配するなよ、フォーレン。俺の話はまだ終わってないぜ。何処かの短気二人に話し遮られたけどな」
無言で鈍色の卵を攻撃するグライフとアーディに、アルフは直接影響がないからか無視して話を進めた。
「実はこの封印、魔王石取り込むようにはできてないんだよ」
「魔王石を狙うっていう設定は後から流浪の民が手を加えたのはわかるけど、実際二つ取り込んでるよね?」
「そ、だから相当な負荷がかかっててさ。俺が封印された時でざっと千年だった封印の有効期間が、九百年切るくらいにまで短縮されたんだよ」
元から封印に想定されていなかった魔王石のせいで負荷がかかるようになっていたのに、想定外に二つも入れられればさらに耐久が下がるということらしい。
それってつまり、もっと魔王石入れればさらに負荷がかかっていずれ解けるってこと?
「でもそれって魔王石の影響がアルフにもあるんじゃないの?」
「うーん、気分的には遅効性の毒ってところかな? 今はまだ全然平気。ただ、時間が経つほどに効いて来そうな予感はあるぜ」
「…………つまり、アルフを助け出す方法は」
「できる限り早く、多くの魔王石を集めてこの封印に放り込む!」
宣言するようなアルフの言葉に辺りは静まり返った。
グライフとアーディを見ると、頭痛がするように額を押さえてる。
グリフォン姿のグライフは羽根まで使って頭部を覆っていた。
「頭痛がするほど頭の悪い発言にしか聞こえん…………」
「正気の沙汰ではないな。いや、はなから妖精王は正気を疑うことしかしないが」
「うるせーなー! 今これしか手がないんだよ! 負荷がかかって余剰な力が封印内に増えれば、俺が自分の力使う隙もできるんだぜ!?」
怒りながら説明するアルフに、僕は所有者の不確かな魔王石の存在を思い出す。
「じゃあ、オパールの行方を追ったほうがいいよね? サンデル=ファザスに協力をお願いしてみよう」
「いや、待ってほしい。もっと確実な魔王石がある」
近づいてくるスヴァルトが取り出すのは、エルフ王から預けられたジェイドを封じた袋だった。
「でもスヴァルト…………」
「早ければそれだけ妖精王さまの危険が減るのなら、最も近くにある魔王石を使うべきだろう?」
「え、それって…………おいおい、スヴァルト」
アルフも気づいて声を出すけど、スヴァルトは気にせず封を開く。
袋から取り出すジェイドにその場の誰もが驚いた。
一番驚いたのはユウェルとブラウウェルだとは思うけど。
「えー!? それ、それジェイドですか!?」
「どうしてダークエルフが持っているんだ!?」
「エルフ王に決して狙われず、狙われても守れるだろうと託された」
スヴァルトの答えに、戸惑うエルフ二人に、僕は本人から聞いたし頷いておく。
「託された物を拙の勝手で使用する。そのことについての責めは拙が負おう。…………だが、エルフ王さまは恩を受けた相手のためと話せば、聞き入れてくださる度量の持ち主だと考えている」
スヴァルトが封印を解いた時点で、鈍色の卵の表面は波立っていた。
触手のような物が伸びるのを待って、スヴァルトは魔王石を上へ投げ、ブラウウェルを見る。
「拙の思い違いだろうか?」
ブラウウェルは魔王石の行方を追わず、横を向く。
否定できないのが肯定だ。
ジェイドは音もなく、鈍色の卵に取り込まれて行った。
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