239話:封印の正体
他視点入り
「悪魔を有効に使うには、やっぱり人間を標的にすべきだと思うわ、トラウエン」
ヴェラットは今ある計画を吟味してそう言った。
僕も賛成だ。今の所人間以外の種が絡んで失敗しているのだから。
父の顔で話を聞いてる悪魔のライレフは、己を有効利用しようというヴェラットに上機嫌に頷いていた。
「あの動かなかったシィグダムがライレフを送り込んだ途端アイベルクスも巻き込んで動いた。アイベルクスも大道という生命線を切らせないためにシィグダムを諌めて来たのに掌を返した。確かに有効だろうね」
長年同朋を送り込んで、父はシィグダム王国を南のドワーフと争わせようと計画していた。
増長するように周辺国との同盟を締結させたり、戦費のために商業を手助けしたりしてきたのだ。
だが問題は魔王石のオニキスを持っているにも関わらず国を維持し続ける強固さだった。
上手く運んだと思ってもシィグダムの国王は代々慎重で大きな過誤を起こさず、ドワーフへの侵攻計画は正直上手く行ってなかった。
またアイベルクスは大道があるため周辺国より豊かである自覚がある。
現状維持を国是としていたため付け入る隙が少なく、エイアーナのように内部に問題を抱えてるわけでもない。
ビーンセイズのように欲が深いわけでもないので、同朋が勢力拡大できない国だった。
「ふふ、少し森は敵だという考えを刷り込んだだけですよ。あえて言うなら上だけでなく前線に出る下の者にも。逆らえない流れというものを作るのです」
どうやらライレフは人間に対して、人間である僕たちより上手のようだ。
それこそ悪魔の本分というものだろう。
「バーバーアスの勇気を与える能力も有効でしたね。勇気とは何かを成し遂げようとする原動力です。吾が方向を示し、バーバーアスが走らせる。…………惜しい者を失くしました」
確かにいい組み合わせだったのだろうけど、ライレフはさして惜しくもなさそうに言った。
「バーバーアスの敗北は確定、か」
ライレフが貸し与えた使い魔が全て消滅し、使い魔経由でバーバーアスの軍団が壊滅したことはライレフが確かめている。
「さてさて、それで? 次は何処へ行きましょうか?」
今回の企みはほぼ失敗しているのに、ライレフは楽しげに両手を開いてみせた。
森で自らの軍団も傷を負ったのに、怯むどころか自ら進んで次を催促するとは。
そういう悪魔であると僕たちは理解しなければいけない。
この悪魔に流されては安寧などなく、争いの中で摩耗させられるだけなのだと。
「…………ヘイリンペリアムにあなたは入れる?」
床に置いた僕の手と指を触れ合わせて、ヴェラットが試すように聞いた。
「ヴェラット、いきなりヘイリンペリアムは危険だ。もう一つの魔王石を保持し続けるケイスマルクから手堅く行こう」
指を通してヴェラットが逸ってることが手に取るようにわかる。
危機感があるからこそさっさと悪魔を消費する手を打とうとするのを僕は止めた。
満足させて円満に帰ってほしいというのが、僕のライレフに対する方針だ。
「そうですね。吾は神に逆らうことは決してできない悪魔ですから。神を奉る国には中からの手引きと穴をあける細工が必要となりますよ」
「それならすでに当てがあるわ」
僕の制止には応えず、ヴェラットは答えた。
当てというはヴァーンジーン司祭のことだろうけど、ヴェラット自身信用していないというのに。
今回の失敗がよほど不安を掻き立てたようだ。
「当てはあってもすぐには動かせないよ。ヴェラット、オニキスがどうなったかもまだ同朋から連絡がないんだ。早計はいけない」
さすがに二度目の諫言にはヴェラットも唇を噛んで頷いてくれる。
「ライレフ、まず僕たちは魔王復活のために魔王石を集めている。争いは魔王石を集めるための手段の一つでしかない。これを忘れないでくれ」
「もちろん、契約者の行いを邪魔することはないと誓いますとも」
誓いを口にするなら暴走はないと思っていいのだろうか?
生贄を受け取れば従順な悪魔のはず。
それだけ実の父を捧げたことに満足してるということか?
「ダイヤを奪還できる見込みを聞きたい」
一転、ライレフは難しい顔で考える様子をみせた。
「妖精王はもうだめでしょう。あの結界は妖精王にとっては致命的です」
「確かに妖精を標的にしたはずのものだけれど、どうして断言するの?」
ヴェラットの疑問は僕も思ったことだ。
相手は精神体の頂点とも言える妖精王なのだ。
断言するということはライレフにもあの封印が有効だったということだろうか。
「妖精の王であるからこそ妖精王。妖精との繋がりを断ち切られては存在理由がないのですよ。周囲との断絶こそが妖精王への致命の一撃なのです」
どんな場所に隔離しても、人間が生きられない環境でも世界がある限り妖精王は死なない。
けれど断絶を主眼にした封印だからこそ、全ての妖精と繋がり纏める妖精王には効くらしい。
「そういうものなのね。草木と同じで適当に発生して消えていくものだと思っていたわ」
「まさか。妖精王は人間のために存在するというのに。ふむ、今の人間はどうやら妖精とずいぶん隔絶してしまっているようですね」
「…………君は?」
僕は思い切ってライレフに踏み込んだ質問を投げかけた。
答えによってこの悪魔の真偽が知れるかもしれない。
「君は何を断たれたら危うくなるんだい? 知っておかないと対処ができない」
言いつくろう僕を見透かすようにライレフは笑う。
その上で目の前の悪魔は楽しそうに答えた。
「神の御心に背くなら」
冗談にしか聞こえない。
けれどそういう悪魔だ。
ライレフはかつて神に仕え、神を裏切り、神の元での栄光を忘れ、神によって悪魔として存在することを定められた存在。
悪魔の中には怪物のように神の罰によって悪魔となった者がいる。
ライレフはそうした神の罰を受けた者だった。
お風呂で血を落とした僕は、ベルントとルイユ、そして館に様子見に来たマーリエと共にまた城へと戻っていた。
「全く、狭量にも妖精の守護者などと号したと思えば。それがこんなことで貴様に利すとは」
アーディの愚痴に対して、アルフが笑う声が木彫りからしている。
ゴーゴンが用意したのか角のへこんだ木彫りは台座に乗って、鉛色の卵の前に置かれていた。
「俺すごくない? フォーレンと精神繋いで、子機残して、妖精の守護者って称号介して妖精たちにもこの状態で指令出せるなんてさ!」
どうやら僕と再接続したことで妖精相手にも無事を報せられたようだ。
だから妖精たちはアルフの生存を知っていたらしい。
それまでは随分荒れていたと城に向かって森を歩く間マーリエから聞いた。
森の住人も歩けない場所ができたくらいだったとか。
「また魔王石か。まさか集めるなどと世迷言を宣うつもりはなかろうな、仔馬」
「いらないよ。けど持ってきちゃったし放っておいても危ないでしょ」
いつからオニキスがついていたかを聞くと、シィグダムで再会した時何か引っかかってるのはグライフも気づいていたらしい。
ただ見定める前に僕が頭を振って後ろに回したそうだ。
全然覚えてないなぁ。
「でだ、フォーレン。さっきアシュトルたちと検証してたんだけどさ。この封印がどうして俺だけを狙って封印したのかわからないんだよ」
「そんなこと言われても僕だってわからないよ?」
掌から魔法を発して木彫りに当てながらアシュトルが説明してくれる。
「この木彫りは妖精王の子機。もし妖精王に反応するなら封印に近づければ妖精王と判断して飲み込むはずでしょ。でも、あの時なんの反応もなかった」
「封印に変化があればそこを起点に干渉しようと思ったんだけど何も起きなくてさ。フォーレンもこの封印殴ってたんだろ? なのに平気ってことは俺以外に目印が設定されてるはずなんだ」
僕が血を洗いに行ってる間、みんなで考えていたそうだ。
館からついて来たクローテリアが僕の肩に乗る。
「魔王石じゃないなのよ? この森で魔王石持ってるの、妖精王だけなのよ」
「お、それありだな。俺の結界の中でもそれなら確実に判別できる」
おあつらえ向きにいらない魔王石もあるので、僕はさっそくオニキスを封印に近づけた。
…………変化はない。
「そう言えば僕、この金属殴った時にはもう持ってたんだっけ?」
「いや、ちょっと待て。そのままじっとくっつけといてくれないか? 反応はしてる」
アルフに言われてじっとオニキスを鉛色の卵の表面にくっつけて待った。
腕を半端に上げてるのが辛くなってきた頃、突然アメーバのように卵型だった形が崩れて襲ってくる。
「わ、気持ち悪い!?」
「投げろ! フォーレンまで取り込まれるぞ!」
アルフに言われて魔王石を上へと放り投げた。
すると金属の触手も上へと伸びてうごめく。
あまり速い動きじゃないため、オニキスが落下するほうが早い。
そしてアメーバのような金属はオニキスを飲み込むと、卵型に戻って何ごともなかったように丸い表面を光らせた。
「どうやら決まりのようだな」
「だからさっさと魔王石など捨てろと言ったのだ」
グライフとアーディが他人ごとだと思って野次を飛ばす。
「妖精王と魔王石の二つが鍵ね。となると問題は身動きの取れない状態でどうやってダイヤを外すか、かしら」
アシュトルが考察しても、アルフは静かなまま。
その沈黙に嫌な予感を覚えると、アルフが呟いた。
「やっべ…………俺、死にそう」
隔日更新
次回:魔王石と混ざる




