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234話:逃走の果て

 誰かに名前を呼ばれた気がした。

 動きを止めると辺りには静寂だけが広がる。


「何処だっけ? ここは…………城?」


 辺りに生きてる者は誰もいない。

 追い駆けて悪魔も蹴散らして、最後の一台になった馬車が逃げ込んだ先がここだった気がする。


 高く厚い壁の突破には時間がかかる。

 力押しで行っても足を止められるだけだと悪魔の軍団で学んだ。

 だから僕は知る中で最も簡単な方法を考えて、飛んだ。


「…………羽根? 必要と、決まった時にって…………誰がそう言っていたんだっけ?」


 羽根ができた時の様子はその誰かの変身と同じだった気もする。


 羽根を使って城に入り目につく者を襲った。

 外に誰もいなくなって中へ入り、今歩く廊下に生きてる者はいない。

 けれどこの先に生き残りが全員集まってる場所があるのは音でわかった。


「…………邪魔」


 廊下の突き当りには彫刻のされた扉。

 中では物を動かす音がして、状況を報告する怒鳴り声も聞こえる。


「森の近くに配備した軍はどうしたというのだ!?」

「何故ユニコーンが王城にいる!?」

「あの男はどうした!? 狩人のような恰好をしたあいつだ!」

「帰ったのは馬車一台です! その馬車に乗っていた者たちも外でやられました!」


 耳障りな叫び声に、満ちる怒りがさらに膨れ上がる。

 同時に怒りが力に変わる気がする。

 僕はそのまま扉に向かって走った。


 角を突き立て穴をあけると、左右に振って扉を破壊する。

 予想以上に丈夫だったから足でも蹴りつけると、扉は内側に向けて大破した。


「ひぃ!? …………陛下をお守りせよ!」


 バリケードを作っていた兵士が足並みをそろえて僕に武器を向けた。

 その声に偉そうな文官も立ちはだかるように動く。


「森から来たならそうとう消耗しているはずだ! 魔物を討伐した者には相応しい褒賞が約束されるであろう!」


 文官の声に兵士たちもやる気を見せて雄叫びを上げる。

 怒鳴り声を上げられるよりいいか。


「やれやれ、悪魔も伝承によって誇大化されていたということか」


 奥から聞こえるのは落ち着いた声。

 見ると中年くらいの今まで見た中では若いと思える王が玉座に座っていた。


「エイアーナの都市の併合が上手くいったからと急いたな。森の宝を得るつもりが掴んだんのはこれか」


 若い王は自嘲する。


 何故かあの若い王には近づきたくない。

 なのに見ていると怒りが募る。

 憎しみに増大する、させられる?


「森にこのような猛獣が潜んでいようとは。何をして怒りを買ったかなど聞くだけ無駄か。しかしよりによって憤怒の化身とは」


 兵士が僕を囲むように動いて、槍が突きつけられた。

 包囲の完成を見て国王が立つ。


「もたせるぞ、勇士たちよ! すでにアイベルクスは森への侵攻を始めている! 北のエイアーナ、ビーンセイズは瓦解! 南には頼もしき同盟国! 何を恐れることがあろうか!」


 剣を抜く国王がそう鼓舞した。

 いや、違う。

 掲げているのは剣のような造りの杖だ。


 でも剣でなくてもやる気なのは変わりない。

 だったらあれは僕の敵だ。

 じゃあ、やることは一つ。


「救援は来る! すでに国内に魔物討伐で名を馳せた騎士団もある! ジッテルライヒで優秀と言われたこの私自らが立とう! 悪意を集めるこの呪われた石を従え国の発展に邁進した父祖の守りと共…………」


 うるさい。


 僕は足を踏み込んで一息に駆けた。

 兵士は弾き飛ばされ、誰も反応できない。


 僕の角に胸を貫かれた国王自身でさえも。


「に…………、何…………? ごふ!?」


 僕を見下ろすと、国王は大量の血を吐く。

 ようやく貫かれてると知った時には、貫いた勢いで壁に叩きつけられた後なのに遅い。


 背後の壁にはすでに血が飛び散っており、国王はそれ以上何も言えず息を止めた。

 邪魔だから死体は振り落として、僕は後ろの兵たちを振り返る。


「…………陛下? …………陛下ー!?」


 遅すぎる恐慌はうるさい。

 けどその次に起こった異変には僕も反応できなかった。


 突然視界が暗転する。

 気づけば何も見えない闇の中に立っていた。


「魔法? 殺す前に何か…………違う。これは、心象風景?」


 いつもとは様子が違うからすぐには気づけなかった。

 闇なのに赤い、赤いのに闇だと思う暗さがある。


「いつもの場所とは、違う」


 違うのはわかるけど、何故なのかはわからない。

 いや何故か、知ってる気がする。

 何かを、失った気がする。


「何か…………誰か?」


 呟いた途端怒りが沸いた。

 闇がうごめいたように赤い色が明滅する。


「なんで!?」


 訳もなく叫んで僕は暴れた。

 何処かで誰かの悲鳴がする。

 血の臭いがする。

 何かが折れて潰れる感触がした気がした。


 何かなんてどうでもいい。


「許せない!」


 叫んで暴れて走って。

 怒りが募るばかりで晴れない。

 怒りばかりで疲れる。

 なのにまだまだ怒りは濃く深くなってい行くばかりだ。


「あー! あ、ぁ?」


 何故かマウスのクリック音が聞こえた。

 あまりに場違いな音に僕は止まる。


「え…………? あれは…………」


 見ると遠くに点のような光。

 白く確かに光ってるそれが気になって、僕は走り寄った。


 すぐに遠さは縮まって、光っているのはパソコンのディスプレイだったことがわかる。


「オニキス?」


 画面にはアルフの知識が表示されていた。

 それは魔王石の危険性と有用性。

 敵意を呼び寄せると同時に、持ち主に繁栄を約束する深く黒い石。


「…………誰?」


 これを操作したのは?

 この知識を開いたのは?

 この知識をパソコンに入れたのは?


 何かを思い出した気がした。

 瞬間、僕の視界が戻る。


「…………あぁ」


 心象風景から現実へ。


 また、誰かに名前を呼ばれた気がした。

 動きを止めると辺りには静寂だけが広がる。


「何処だっけ? ここは…………城?」


 辺りに生きてる者は誰もいない。

 無意識でも怒りのまま動いていたみたいだ。


 疲れた。

 でもまだ耐えがたい怒りが胸の内にある。

 動いていなきゃ怒りで僕自身が爆発しそうだ。

 何より湧いてくる怒りで少し前まで何を考えていたのかさえ塗り潰される。

 怒りのままに動く以外のことが考えられない。


「…………誰?」


 近づく足音があった。

 僕は破壊した扉のほうを見る。

 その先に繋がる長い廊下は、窓がなく薄暗い。


 そんな廊下の向こうから白い誰かが走って来ている。

 それはまるで心象風景で見た赤い闇に差す光に似ていた。


毎日更新

次回:本能のまま

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