227話:森への攻撃
他視点入り
騎乗から見るシィグダム王国は商業路として使う街道が良く整備され、隣国エイアーナの衰退など気に留めていない様子だった。
「思ったよりすんなり入れて良かった」
「えぇ、でも帰りも素直に通してくれるとは限らないわよ、ランシェリス」
「わかっているよ、ローズ。それでも来たからにはやり遂げよう」
シェーリエ姫騎士団として私は今、シィグダム王国に入国した。
立場は第三勢力、とはいえエイアーナに駐在して関わっているのだから、エイアーナを落としたいシィグダムからすれば敵だろう。
それでも神殿所属であるためか入国は許可された。
ただ見張りのつもりか先導役がつけられている。
「うちの団長は案外気が多いんだから」
ビーンセイズの方角を見ていたことをローズに揶揄される。
「どうせ東も気になるんでしょ?」
シィグダム王国の東には暗踞の森があり、私の従者であるブランカが向かっている。
けれど気になるのはローズも一緒のはずだ。
何せ見習いに昇格したシアナスは、ローズの従者であったのだから。
いや、長い付き合いでローズの表情からは不安は見られない。
森にできた館に住むエルフとも上手くやっていると判断したからこそローズはまたシアナスを送り出したのだ。
「信頼している。それでも心配になってしまう者たちが森に揃っていることはローズも知っているはずだ」
「あら、私はもっと東のほうのことを言ったつもりだったのだけど?」
東の台地に住まう、流浪の民。
ローズは私が引っかかったことで楽しげに笑っている。
シアナスがいないからと言って私で遊ばないでほしい。
もしくは新たな従者を指名すればいいのに。
ローズはいじわるが好きだが、面倒見はいいほうなのだから。
「そんなに睨まないでちょうだい。ビーンセイズのほうも心配する気持ちはわかるわ」
「それこそあちらは自分で対処できるはずだ。シアナスも釘を刺したが全く気にされていなかったと言っていたし」
「あの子のことだから、用事を済ませたら私たちを尋ねて来そうよね」
確かにフォーレンの足ならひと駆けしそうな気がする。
けれど今私たちはエイアーナにいない。
「もしそうなれば、それはそれで困ったことになるな」
即戦力として森に行った姫騎士のほとんどは私に同行している。
事情の通じるカウィーナも出て行った後だ。
王都の司祭に話しを通しておけば良かった。
「ランシェリス、今はいいけれどシィグダムの王都に着いたらその難しい表情は和らげてね」
「…………誰のせいで私の眉間に皺が寄ったと思っているの?」
「あら、思い当たる相手が多すぎるわね」
結局ローズに茶化された理由は私の表情のようだ。
「でもわかってる。私たちの第一の目的は修道士の保護だ」
シィグダム王国への来訪の目的は、正直なところを言えば開戦についての意思確認だ。
けれどエイアーナの代表でもない私たちにそんな話はできない。
だから戦争の気配を察して争いを避ける修道士を保護するというお題目を用意した。
シィグダム王国からエイアーナを経由してジッテルライヒに修道士を逃がすというこちらの提案は、建前上世俗の争いに関わらない教会勢力だからこそ成り立つ。
国側も修道士の拘束は不可能であり、シィグダム王国の内情を肌身で感じていた修道士から私たちも情報を得られる算段だ。
「あの子たちの話を聞いて思ったのよね。ヘイリンペリアムが今まで森に干渉しなかったのは、掘り返しても面倒ごとしか出てこないからなのかしらって」
私が思わず頷きそうになると、ローズは見逃さずに笑う。
「ビーンセイズの子の心配をするあなたを見ていたら、不思議な気持ちになったのよ」
フォーレンは子供だ。聡くはあっても物を知らない。
シアナスも姫騎士団として警告したけれど、フォーレンは敵対したくないと言ってくれたらしい。
それでも戦う者としてその時が来たなら私は剣を取る覚悟がある。
フォーレンにはきっと、そんな覚悟はないだろう。
私を殺す気のない相手にどれだけこの戦意が維持できるか。そんな心配をする日が来るとは確かに不思議な感覚だ。
「ここのところお呼びがかからないのも変な感じよね」
ローズの声の質が変わる。
表情は笑顔のままだけれど、何かを警戒しているのは長い付き合いでわかった。
「それだけ魔物被害が出ていないとは思わないのか?」
「エイアーナにビーンセイズ、オイセンとたぶんエフェンデルラントも国が揺らいでいるのに?」
人間の引いた国境なんて魔物は気にしない。
国々が守りをおろそかにすれば入り込んで本能のままに人間を害する。
だというのに、その報告がない。
魔物が減るようなことが私たちの知らない所で起きているとでも言うのか?
「上が被害報告を止めてるにしても、その理由は何かしら?」
「ヴァーンジーン司祭がか? 考え過ぎだろう、ローズ」
「あら、さらに上のヘイリンペリアムで新たな勢力争いが起こっているかも知れないでしょう」
冗談めかすローズは、私が否定できないと知っているからそのまま話を流す。
これはローズなりの警告だ。
目の前のことにばかり固執しては大局を見失うと言う。
私は頭の隅にその可能性を記しておいた。
「なんだ? せっかくあいつの正体がようやくわかったってのに?」
突然視界が変わった僕に聞こえるのはアルフの声。
見えるのは森の様子を魔法で作ったジオラマだ。
ここは仔馬の館の主寝室で、アルフが使ってる部屋のはずだけど。
「うわ、朝っぱらからなんだこの人間たち。…………大道のほうから入って来てるな?」
ジオラマには森の中で動く者たちが三十人ほど描き出されている。
これは僕の見てる情景じゃない。
たぶんアルフの視界だ。
どうやらまた覗き見されていたらしい。
それが侵入者で気が逸れたアルフの魔法が僕に影響を与えたようだ。
「うーん、シィグダムかアイベルクスか? 流浪の民だったら面倒だな」
ジオラマを動かして森に他の異変がないことを確かめるアルフ。
武装していることや妖精に気づかれないよう魔法を使ってることも瞬く間にわかる。
アルフが妖精王の住処から動かず張った結界はきちんと機能しているようだ。
「うーん、黒だな。完全に侵入者だわ」
軽いアルフはそのまま軽く警報を発動し、妖精たちが騒ぎ出す。
「へっへーん! おいらの出番だな!?」
「お呼びじゃないわよ!」
「どうしました、妖精王さま?」
館にいたボリスとニーナとネーナが騒がしくやって来る。
「どうも良からぬ目的で入って来た人間たちがいるんだ。様子を見るか追い出すか…………」
アルフが対応を悩んでいるとさらにコボルトたちもやって来た。
「よりによってお二方のいない時にですか? どなたか協力を要請すべきでは?」
「えー? またダイヤを狙った人間たちだったらすぐここまで来るんじゃない?」
ガウナとラスバブがそう言うと、アルフは何かに気づいた様子でジオラマを覗き込む。
「あ…………人狼の奴が特攻した」
「おいらの出番なしかよ!?」
ボリスが悔しがる間に、アルフがわかりやすくジオラマ内の人狼に耳と尻尾をつける。
「運のない人間たちだね! 森の中で人狼なんて!」
「でも人間も数が多いわ。油断は禁物よ」
ニーナとネーナが言い合う中、妖精たちはジオラマを見守る。
人間たちを示す一団と人狼が接触し、人間の隊列に乱れが起きた。
けれどすぐに人間の一団は前進して隊列も整う。
「これは…………人狼が負けましたね」
「っていうかやられて吹っ飛ばされたね」
ガウナとラスバブが指摘するとおり、人狼のマークは一団から離れて動かない。
つまり侵入者は人狼を一撃で戦闘不能に陥らせられる実力者の集まりということだ。
その上、アルフの目を介して見る中で、アルフは人狼を撃退した時に起きた不穏な魔力の気配に気づいていた。
「こりゃやべーな。ニーナ、ネーナあとボリスも。すぐに侵入者が向かう先にいる森の奴らに報せてくれ。コボルトたちはこの周辺の奴らに侵入者がいることを伝えるんだ」
妖精たちはアルフに従って風のように姿を消す。
その間にも侵入者たちは真っ直ぐ森を駆けて行く。
道もない森の中で速度も落とさず進むのは、妖精を誤魔化したところでアルフに見つかることは想定していると思うべきだろう。
向かう先もどうやらアルフのいる館に一直線だ。
「さて、今度はちゃんと捕まえなきゃな」
自分が狙われていると確信していながら、アルフは余裕で呟いた。
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