23話:似非恩返し
王都では今、教会に多くの人が集まっているそうだ。
治療院という施設には傷を負った兵士たちがいっぱいで、不安を訴える人たちが教会に寝泊まりしているらしい。
「つまり、そこに寝たきりの靴職人を預けられれば、ガウナとラスバブはここを離れることができるんでしょう?」
人化した僕は、ガウナとラスバブから借りた大きなマントに身を包んで、夜の王都に潜む。
アルフは元から見えないから堂々と。グライフは幻術で誤魔化しているとは言え僕から見れば全裸だけど気にせずついて来た。
「教会にいる者に靴職人を回収させようというのか、仔馬?」
「うん。コボルトは見られちゃいけないって言っても、最初から見える人には関係ないんでしょ、アルフ?」
「あぁ、ないぜ。ただ、運よく見える奴がいるかも、乗ってくれるかも賭けだな」
僕たちが話している間に、ガウナとラスバブは意気揚々と教会へ向かう。
「こっそり、こっそり、見つからないよう、捕まらないよう、さぁ、忍び込め♪」
「これも人助けだ、どうか見逃して♪ 善の目的、悪の手段、それが罷り通る世の中だ♪」
なんか歌詞任せたらとんでもないこと歌ってる。
いくつか日本昔話を聞かせて、作戦の方向性を理解してもらったはずなのに。
僕が参考にした前世の記憶は、ショウジョウジと歌う童謡。
あれは和尚をおびき出すために、狸が庭で歌って大騒ぎをしてる様子を歌ったものだ。
「考えたな、仔馬。あのコボルトの声が聞こえれば妖精を見る素養のある者。しかも歌の内容が気になれば、コボルトを追って誘き出されるということか」
「上手くいけばね。…………なんか、あの教会すごくいい匂いがする」
僕が首を傾げると、アルフはちょっと呆れたように笑った。
「修道女はもちろん、家にいるのが不安な女の子なんかもいるんだろ」
「あ、本当だ。そういう匂いだ。なんかまだ慣れないなぁ、この匂い」
「ユニコーンの弱点を克服するという一点においてのみ、羽虫は有用なようだな」
「あぁん!?」
「静かにして。あ、二人の声が戻って来たよ」
グライフと言い合いを始めようとしたアルフを掴んで止める。
「こっそり、こっそり、見つからないよう、捕まらないよう、さぁ、持ち帰れ♪」
「これも人助けだ、どうか見逃して♪ 善の目的、悪の手段、それが罷り通る世の中だ♪」
ちょっとアレンジして戻って来た。
ガウナとラスバブは、自分たちより大きなパンを頭の上に掲げて走る。
「む、上手く釣れたようだな」
グライフが夜に光る目で見る先には、教会からこっそり後をつける外套姿の人間がいた。
フードを目深に被っていて年齢性別はわからないけど、明らかにガウナとラスバブを見ながら後を追っている。
いや、性別はわかるや。
女の子だ。歳はもしかして若い?
「ふふん、面白くなってきた」
何故か一番グライフが乗り気になってる。
僕たちは外套の後をつける形で、夜の王都を移動した。
「あれ? どうして中に入らないんだろう?」
靴屋までは順調にいったのに、何故か外套の人物は中に入らない。
扉はガウナとラスバブがわかりやすく開けて行った。周りには人通りもない。
だというのに、外套の人物は靴屋の前で困ったようにうろつくだけ。
「中で何かあったのか?」
「靴職人が死んだのではないか?」
「え! それじゃ意味ないよ?」
グライフの不吉な言葉に僕らは顔を見合わせ、大回りして靴屋の裏に回る。
「グライフ、窓から家の中の様子って見える?」
「ふむ、この部屋は無人だな。む? あれはコボルトではないか?」
グライフが窓を覗き込むと、どうやらガウナとラスバブがいたらしい。
窓を指先で叩いて合図すると、ガウナとラスバブが内側から鍵を外して窓を開けた。
「どうしたの? 何かあった?」
「それはこちらが聞きたいことなのですが」
「後ろをついて来てた人間が入ってこないんだ」
ガウナとラスバブも、外套の人物が入ってこないことに頭を捻っていたようだ。
僕たちは窓から狭い室内に入る。
「ここは死んだ息子が作業部屋にしてたから、靴職人もここのところ入ってない部屋だよ」
ラスバブの説明を聞きながら、僕はグライフの無駄に大きな羽根に押されていた。
「グライフ、ちょっと外で待っててよ。明らかにここ狭すぎるでしょ」
「ふむ、断る」
きっぱり言わないでよ。
作業場にしていただけあって、物が多い。
グライフは羽根を抜きにしても大柄な男性の姿だから、明らかに部屋の大きさと合ってなかった。
「し、失礼しまーす? 夜分遅くに、申し訳ございませんー」
怯えたような女の子の声と共に、玄関の扉が開く音がした。
僕たちはすぐさま息を顰めて声を窺う。
「どなたかいらっしゃいませんかー? あの、お加減の悪い方などは?」
教会の中で病人がいると歌ったガウナとラスバブの声を、外套の人物は確実に聞き取っていたらしい。
僕たちが固唾を飲んで耳を澄ますと、ゆっくり室内を歩き回った外套の人物は、ようやく灯りを見つけたらしい。
もちろん、寝たきりの靴職人が点けたものじゃない。
ガウナとラスバブが目印につけておいた灯りだ。
「もしもし? 大丈夫ですか? …………乾燥してる。息が浅い。それにこんなにやせ細って」
何か心得があったのか、外套の人物は靴職人の状態の悪さをわかってくれたようだ。
体を触られたせいか、靴職人も意識を取り戻して何か喋る様子が窺える。
「大丈夫ですよ、教会でも治療は受けられますから。すぐに仲間を呼んでまいります」
丁寧に声をかけた外套の人物は、立ち上がって靴屋を出て行く音がする。
僕は安心して息を吐いた。
瞬間、すぐ後ろで重い金物が落ちる音がした。
見れば、不用意に動いたグライフの羽根が、作業場の道具を台の上から払い落としてしまったようだ。
「何してるの!」
「ふはは、狭い」
「ヤバい、音した!」
「隠れて隠れて!」
「何をしてるんですか」
僕たちは慌てて幻術で姿を隠し、なるべく音がしないように窓から外へと逃げ出した。
「今の声はさっきの妖精? もしかして、このために?」
靴屋から逃げ出す直前、扉の向こうにそんな声を聞いた。
「うーん、僕たちがお膳立てしたのばれてたよ、あれ」
ユニコーンの姿に戻った僕の言葉に、妖精たちは背中の上で元気に飛び跳ねている。
「結果良ければ全て良し! 爺さん保護されるんだしいいんじゃねぇの?」
「幻術がなかったら、確実に失敗してたけどね…………。ガウナ、ラスバブ。存在知られちゃったけど、これで良かったの?」
「いいよ! だってこれで、心置きなくこの王都を離れられるんだし」
「私たちの心残りがなくなれば、それでいいのです。ひとりは寂しいでしょう?」
ギョロっとしたガウナの目は、コミカルだけど真剣だった。
「そうだね、一人は寂しい…………。僕は、運よく友達ができたから平気だったけど。でも、長く一人でいたら、寂しさで死んでいたかも」
「フォーレン、お前…………本当、そういうとこだよなぁ」
「何アルフ? ユニコーンらしくないって?」
僕が背中の妖精たちと会話している横で、同じくグリフォン姿に戻ったグライフが不思議そうに言った。
「自縄自縛と言うか、改めて妖精とは妙な存在だと思ったぞ。いや、寂しくて死ぬなどと恥ずかしげもなく言える仔馬のほうが珍妙よな」
「道具落としたのグライフなんだから、少しは反省してよ。なんで狭い部屋に入り込もうと思ったの? 明らかにサイズが合わないのわかったでしょ」
「暇だったからに決まっているだろう、仔馬!」
グライフに反省の色はなし。
まぁ、ガウナとラスバブが気にしてないならいいか。
アルフは僕の背中にかかったマントを軽く引っ張る。
「それにしても、このマントちょうどいいな。ユニコーンに戻ってもしっかり体覆えるし」
「裸マントとか、僕としてはすごく恥ずかしかったんだけど、アルフ」
いつ下が真っ裸なことに気づかれるかって、ひやひやものだったんだよ。
「もちろん、お約束ですから服は用立てましょう。そのマントも気に入られたならどうぞ」
ガウナはしかめっ面でそう言った。
僕たちは最初に出会った林まで戻って来てる。
理由はもちろん、秘密の通路の出入り口を教えてもらうため。
「戻ってくるまでに頑張って作っておくよ。で、グリフォンの旦那は羽根くれるならついでに作ってもいいよ」
「ふむ、何故羽根を欲する?」
「織ってみたい」
ラスバブは、作戦を伝える時に僕が話した鶴の恩返しに興味を持ったようだ。
「あれ、作り話だよ? それとも、鳥の妖精っているの?」
「鳥に変身できる奴はいるけど、羽根使って織物する奴は聞いたことないな」
「物は試しだ。ちょうどこの辺りの羽根が抜けるから、これをやろう」
「わーい」
グライフは羽繕いのように嘴を使い、一本の羽根をラスバブに渡した。うん、羽根のほうがラスバブたちコボルトより大きい。
「面白いものができたなら見せよ」
「はーい」
なんか、思ったよりもグライフと仲良くなったみたいだ。
と言うよりも、なんでアルフと仲が悪いのかな?
たまに僕にはわからない話するし、今度落ち着ける時に詳しく聞いてみよう。
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