223話:黒馬のプーカ
少女の悲願を達成した僕は、エイアーナに入って茂みに隠れる。
人化して着替えて、エルフの冒険者フォーに扮した。
「あとは靴、靴どうしよう?」
人間の住む範囲で裸足は目立つから用意してもらったんだけど、正直窮屈だ。
今までは履いてたけど、もう帰るだけだしと思わなくはない。
でも人間の姿で歩くなら誰かに見られた時を考えて履いておいたほうがいい。
「履くか…………。あとこの角は包んで…………」
僕は母馬の角をマントで包んで隠すと、剣と一緒に腰に下げた。
妖精の背嚢に入れてもいいんだけど、なんとなく見えるところに持っておきたい気分だ。
こうなると悪魔のサークレットがあって助かったな。
「ペオルにお礼言うべきだよね」
マントが気軽に脱げるのは助かったけど、妙な絡まれ方はされたくないな。
「えーと、ここから街道に出るには…………どうすればいいんだろう?」
適当に国境を越えたせいで、自分の現在地がわからない。
咎められないよう人間の入らない場所を選んだのがあだになったようだ。
狙いどおり人はいないけど森の方向もわからない。
うーん、困った。
「あっちから僕来たから、たぶんこっちに走ればその内森が見えるかな?」
困りはするけど解決方法がないわけではない。
夜になればユニコーンに戻って適当に走ればいい。
ちょっとやそっとの遠回りでも気にしないでいられる体力はあるんだ。
「ともかく人間の足だと歩きにくいから道を探してっと」
僕は隠れていた茂みから出て適当に歩く。
すると行く手に黒い馬が現われた。
「君、ビーンセイズで捕まってた妖精だね」
幻象種と一緒に残ってた黒馬。
けどいつの間にかいなくなってたんだよね。
「あたい、プーカのパシリカ」
黒馬は妖精らしい無邪気な口調でそう名乗った。
プーカとは報いの妖精で、プーカに悪を成せば復讐を、善を成せば報恩をするらしい。
アルフの知識によれば、復讐で人間を化け物に変えてしまうことで恐れられてもいるんだとか。
ちょっと怖いな…………。
「どうしたの? 帰らないの?」
「元より帰る場所なんかないよ。ただ、報いる相手がいるからビーンセイズには行く予定」
「報いって、何するの?」
「そんなの、あたいを閉じ込めた人間たちに復讐するのさ」
無邪気に答えるパシリカに悪意はない。
ただし害意はたっぷりだ。
「人間たちは人間たちで報いを受けさせるつもりだから、邪魔しないであげてほしいな」
パシリカは歩く僕に合わせて隣を歩く。
ビーンセイズに戻るんじゃないの? 方向逆だよ?
「その人間は、あたいを一緒に助けた子供たち?」
「え、違うけど」
「だったらあたいはあたいの復讐をしたいな」
どうやらパシリカは魔学生を気にするようだ。
「もしかして助けた報恩のため?」
「そう。あの子供たちの邪魔をする気はないよ。子供たちが報いを行うならあたいは諦める」
「そうだね。ちゃんと裁かれないとたぶん魔学生たちも褒めてもらえないと思うよ」
「うーん、じゃあしょうがない。あの聖騎士たちが報いから逃げるようなことがあったらその時を楽しみにしておく」
あ、チャンスがあったら復讐するんだね。
それでも引いてくれるなら良かった。
パシリカが復讐したら新たな問題の発生にしかならない。
「あの子たちに報恩するなら早く戻ったほうがいいよ。ジッテルライヒに帰るから」
「子供たちより先に帰ってるから追って来たんだよ」
うん? もしかして僕にも報恩する気?
「僕は妖精の守護者って言われてるから、えーと、仕事的な? 別に報恩とかはいいよ」
そう伝えた途端、パシリカは不満顔になる。
うん、馬だけどすごくわかりやすく顔を顰めた。
そんなパシリカは魔法を使うと僕と同じ人間の姿になる。
「わ、すごいね。そっくりだ」
そう同じ姿だ。
金色の髪に白い肌、手足はすらっと長くて顔は小作り。
歳の頃は十代半ばくらいだけど、顔のせいもあって男とも女ともつかない立ち姿。
ただ目の色が違う。黒馬の時から変わらない金色の目をしている。
僕に化けたパシリカは、不満顔のまま手を差し出す。
そこには金の杯が現われていた。
「これの中身を飲めば生涯幸運に見舞われる。…………けど、あんたはすでにこの上ない幸運を約束されてるんだもん」
「あ、アルフの加護?」
不満そうに頷くパシリカが与える幸運は、妖精王の加護を上回れないようだ。
「正直困る。あたいの存在意義を否定されてる気分」
「言いすぎだよ。こんなにそっくり変身できるなんてすごい妖精だと思うよ」
僕が褒めるとパシリカはぱっと花が咲くように笑う。
自分の顔なんだけど美少女が笑うと、いやいや、僕は男でこんな美少女顔はいらないんだよ。可愛いけど。
ただちょっと妖精やゴーゴンたちが僕を女の子のように可愛がる理由がわかってしまった。
「実はあたい、人間に変身してもこの耳隠せないんだ」
そう言ってパシリカが触るのは馬の名残を残す耳。
でもそれは僕と同じ耳だ。
だって僕も馬の名残でこの耳だし。
「自分でも驚くくらい完璧に化けられてる」
パシリカがそう言って瞬きをすると目も青く変わる。
もう一度瞬きをすると金色に戻った。長くは変えていられないようだ。
「ふふ、用が済んだら妖精の集会所へ行くよ。それで妖精の守護者に化けられることを自慢するんだ」
「自慢することじゃないって。あ、妖精以外にその姿で悪いことしないでね」
「もちろん。妖精王さまが与えた姿だもん」
上機嫌なパシリカは妖精なりの判断基準があるみたいで即答した。
けれど手の中の金の杯見てまた不機嫌そうになる。
「蓄財を手伝うこともできないし、農作業もしない、探し物もない。誰か怨む相手なんていても、あたいがどうこうするより本人がどうにかできるし」
報恩できないというパシリカの上げる内容は、確かに必要のないことばかり。
僕は困ってもアルフの加護で他の妖精に手伝ってもらえるから、大抵の困りごとは解決する。
「子供たちはやりたいこと多いからやれることを報恩すればいいけど」
「え、あの子たちに望むまま叶えるの? 何する気?」
「英雄を望むなら勝利を。大魔法使いを望むなら魔導書を。金銭を望むなら財宝の在り処を。探訪を望むなら道しるべを」
そういうこともできるんだ。
僕はどれも望まないけど。
「何か望みはないの? 今あたいができることない?」
「今? えーと…………あ、だったらさ僕今から帰るんだよ」
パシリカは真剣な顔で聞いてる。
「でもこの辺り来たことなくて。だから迷わず帰れるようにしてくれる?」
僕の思いつきにパシリカの表情が輝く。
わー可愛い。僕の顔だけど。
うん、絶対僕の前世こんな顔じゃない。
たぶんナルシストじゃないし、他人の顔見てる感覚が強い。
自分の顔って鏡ないと本当に認識できないものだね。
「それならこの杯を干しくれればいいよ」
そう言って差し出された金の杯は、いつの間にか中が満ちてる。
匂いはお酒で、華やかで飲みたくなるいい匂いがしていた。
「いただきます」
中身を飲むと杯は幻のように消える。
同時にパシリカも姿を消し始めていた。
「これで帰りたいと思った時に帰りたいと思った場所へまっすぐ帰れるよ」
「森限定じゃないんだ? ありがとう。これで迷子になる心配がなくなったよ」
「変なの。最初からそんな心配必要ないのに」
くすくす笑って消えるパシリカの声を聞いてた妖精たちも周囲で笑う。
そう言えば周りに妖精がいるんだから、聞けばいつでも答えてくれたんだ。
アルフのいる暗踞の森なら知らない妖精もいないだろうし。
「走るの好きだから、たまに方向を見失うんだよ」
もうパシリカの声はしないけど、なんとなくビーンセイズのほうを振り返ってそう言い訳をした。
加護を受けた感覚はあるけど、気のせいかもしれないほど微かな感覚だ。
「どんな風に発動するかは、その時になってから、かな?」
僕はバンシーのカウィーナから貰った加護を思い出す。
死の危険が迫ると僕にしか聞こえない嘆きの声が聞こえるのだ。
パシリカの加護は、あまり驚かない加護だといいな。
毎日更新
次回:遠回り




