22話:呑気に話し合う
「グライフ、触ってみていい?」
人化して近づくと、グライフは片目を開けて僕が翳した手に嘴を近づける。
「何をする気だ?」
「普通に人間の手で触ってみたいなと思って。グライフはその鉤爪の足って触覚あるの?」
「ふむ、蹄よりはあるとは思うが。後でお前も触らせるなら良かろう」
「角以外ならね」
許可貰ったし、まずは嘴触ろう。
なんだろう? あえて近い物上げるなら爪? 硬いけど、生物的なソフトな触り心地。
よーし、次は額触ろう。
なんてしてると、ひとしきり騒いだアルフたちが寄って来た。
ガウナが呆れたような顔で僕を見上げる。
「ずいぶんと変わったユニコーンのようですね。知恵をお貸しいただきたい」
不服そうに見えるのは、期待の裏返しかな?
って言っても僕、思いつきしか口にしてないんだけどな。
あ、グライフの首下の羽毛は小さくて柔らかい。気持ちいい。
「フォーレン、なんか本当に困ってるみたいだし、ちゃんと聞いてやってくれる?」
「よしならば次は俺が触るぞ、仔馬」
「え、まだ後ろのほう触ってないのに」
グライフが起きて人化しちゃった。
尻尾だけは触らせてもらって、僕がユニコーンに戻る。
尻尾、案外太くて剛毛だった。あの尻尾の先はふわふわが良かったなぁ。
「僕たち、靴職人が結婚してすぐから住んでるんだ」
「途中、離れることもありましたが、おおむね靴職人の家に居ました」
通算、四十年弱の付き合いなんだって。
途中で離れたのは、生まれた子供に追いかけ回されたせいらしい。
子供のような純粋無垢な存在は、妖精を敏感に感じ取り見つける上に、妖精に劣らぬ好奇心を発揮するんだって。
「僕たち、人間に見つかったら家を出て行かなきゃいけないからさぁ」
「人間の家に住む存在ではありますが、こちらの存在に気づいた人間は往々にして堕落しますので」
ラスバブに続いて、ガウナは微笑んで言った。
「こいつら、勤勉な人間の手助けをする妖精だから。夜中にこっそり出て来て家の仕事を手伝うんだ」
アルフの説明を聞くと、余計に前世の絵本の印象が強くなるなぁ。
確か、靴屋が貧しいか何かの理由で靴が作れなくなる。けれど翌朝には足りないはずの材料で素晴らしい靴ができていた。
靴屋は材料さえあれば勝手に出来上がる素晴らしい靴のお蔭で豊かになり、妻と二人で夜中こっそり秘密を探る。
すると裸の小人が靴を作ってくれていたので、妻は小人に服を贈る。けれどその服に満足した小人は、靴屋を去ってしまうという話だ。
なんて考えている内に、グライフが僕の首の血管の位置を確かめ始める。
ちょっと、待って。何狙いつけてるの? 油断も隙もないな!
首を振って威嚇すると、悪びれもせずグライフは笑う。
次には鬣を触り出したんだけど、いつの間にアルフが僕の背中に座ってた。
「靴職人の妻がくれるミルクとパンのお礼に、靴屋のやりかけの仕事を手伝うのが僕たちの仕事さ」
「しかし、妻が一年前に亡くなってからは、ミルクもパンももらってはいません」
やっぱり微笑んでガウナがラスバブに続けた。
その微笑んでるのって、悲しんでるか怒ってるかの反対なのかな。
「それでも靴職人の息子が、たまにお酒飲み残すからそれ貰ってたんだ」
「弱いくせに酒好きで、センスはいいんですが靴を作る技術の追いつかない若者でした」
息子がいるなら靴職人は怠けてるんじゃなくて、職を息子に任せ始めたとかじゃないの?
と思ったけど、どうやら話はここで魔王石に関わってくるようだ。
「戦争に息子が取られてしまってから、靴職人は仕事が手につかなくなりました」
「あぁ、それはそうだろうね。親なら心配だろうし、あんな近くが戦場になったんだったら、仕事なんてしてられないよね」
「ほう? わかったように言うではないか、仔馬」
「僕の母馬も、乙女の匂いでおかしくなりながら、僕を必死に隠してくれたから。親って子供の安全第一なんだと思うけど?」
「…………グリフォンは飛べるようになればすぐさま巣を追い出されるからな」
グライフにはわからない感覚らしい。
「息子、戦死しちゃったんだよね」
「うお、マジか」
ラスバブの深刻さのない発言に、アルフが身じろいだ。
っていうかそれ、怠けてるんじゃなくて、靴職人気力が尽きちゃってんじゃないの?
「人間の側に住んでんなら少しは想像つかないか、お前ら? それ、妻も息子もこの一年で亡くして、仕事する気にもなれねぇんだよ」
「やっぱりそう思う?」
「僕もそれ以外にないと思うよ、ラスバブ」
「でしたら、もはや復職はないものとして、こちらは引き払うだけですね」
僕を見上げて、ガウナは微笑んだ。
「もしかして、一人になった靴職人を見捨てるのが偲びないの?」
僕の指摘にガウナとラスバブは顔を見合わせた。
「「そうかも」」
「まぁ、長居してたみたいだし、そういうこともあるか」
アルフはちょっと難しい顔をする。
「けど、見返りもなしに長居しても、お前らが弱るだけなんだな?」
「そうです。それに今は都でまともに働いてる職人がいなくて、ここに残るのも難しいんです」
ラスバブ、アルフには敬語なんだね。
ただ、そわそわしてる? 目が合ったから聞いてみたら、思わぬことを言われた。
「悪戯していい?」
「え、やだよ」
「がーん!」
「口でわざわざ言うほどショックなの?」
「そういう性質なんだって。うーん、鬣少し弄るくらいならいいだろ、フォーレン。俺が元に戻してやるから」
「まぁ、それくらいなら」
「やったー!」
「優しすぎるのもどうかと思いますよ」
とか言いつつ、ラスバブと一緒にガウナも僕の背中に登ってきた。
何をするのか見てると、金色の鬣を三つ編みにし出す。
手際がいいなぁ。って、なんか三つ編みだけじゃなくて四つ編み? みたいなことまでし始めた。
本気で悩んでるのか、ちょっとわかんないなぁ。
「えーと、ガウナとラスバブとしては、靴職人にまた仕事してほしいってこと?」
「それはもう無理でしょう。職というものは需要と供給です。あの王都では数年まともに職人仕事はできません」
「でもねぇ、あのまま一人で置いて行くのもさぁ。今僕たちがいなくなると、確実にそのせいで死んじゃうんだ」
気力が尽きてるなら、弱ってても不思議じゃないか。
なんて思ったら、もっと深刻だったら。
「死んじゃうって…………え、寝たきり?」
「そう。昨日も今日もベッドから起きて来ない」
「もはや死んでいるのではないのか?」
「呼吸はしていました」
グライフは僕と同じこと思ったみたい。
けど、ガウナもラスバブも生存だけはこっそり確認しているらしい。と言うか、妖精が住む家には加護がついているらしくて、その力で命を繋いでいるそうだ。
「誰か看病する人いないの? 親戚とか」
「今王都、誰も他人の世話なんかしてられない状態だよ」
「戦場にこそなりませんでしたが、魔王石によって起こった凶行の数々によって社会不安が深刻なのです」
喋りながらガウナもラスバブも手を止めず、僕の鬣をせっせと結っていく。
どうやら王都は荒らされてはいないけど、荒れているということらしい。
荒らされたのは城だけなんだとか。
ビーンセイズという国の軍は、王都が降伏すると真っ直ぐ城に乗り込んだ。
そして城を荒らした後にはすぐ国へと戻ってしまったらしい。
「アルフ、それって…………」
「可能性はあるな。さっさとダイヤ回収して国に持ち帰ったかぁ」
「うーん、どうなんだろう? 帰って行く軍からは、魔王石の気配しなかったんだよね」
「はい。正確には軍が城に入ってから、魔王石の気配が消えました」
コボルトたちも妖精であり、自らの王が封印していた魔王石が持ち込まれたことにはすぐに気づいたらしい。
「ビーンセイズとやらが馬鹿の集まりでないなら、魔王石を封じてから持ち運ぶであろうな」
僕の尻尾を触るグライフは、そう推測する。
「確かに、封じられたら気配は消える、か」
アルフも一考してビーンセイズがあるだろう北のほうを見た。
「気のせいじゃなけりゃ、ちょっと向こうからダイヤの気配した気がするんだよな」
「え、ここまで来たの無駄足なの、アルフ?」
「うーん、ここにあったのは確かだから、確かめるだけはしたほうがいいとは思う」
ワインレッドの大きな目でアルフを見るガウナは、手を止めて向き直った。
「ビーンセイズの軍に奪われていたとして、やはり人間の住処に立ち入るなら、服は必要かと思いますが?」
「それもそうだな。なぁ、ついでに城への侵入路知らないか?」
「知ってます!」
ラスバブは元気よく返事して地面を差した。
「城からの脱出口が、この林の中に隠されてます!」
「よーし、だったらまずは靴職人を元気にする方法考えなきゃな。…………ってわけで、フォーレンなんかない?」
「そこ丸投げなの!?」
本当にアルフって適当なところあるよね。
まぁ、考えるけど。
こんなお伽噺みたいな状況なら、何かお伽噺にヒントとかないかなぁ?
浮かぶ前世の記憶は、お伽噺はお伽噺でも、日本昔話の類だった。
いくつか王都の様子を聞いて、僕は改めてガウナとラスバブに聞いた。
「二人とも、歌は得意?」
毎日更新
次回:似非恩返し




