212話:墓参り
母馬の角を見にきた領主の館で僕が出会ったシーリオは、かつて出会っていた迷子の兄妹だった。
確かカウィーナに会った後に会ったんだよね。
あの時カウィーナはすれ違ってしまっていたらしい。
「とても美しかった。それと共に恐ろしかった。全く僕たちのことを相手にしていない様子で近づいて来て。妹は泣いてしまって」
「それさ、妹が乙女だったからじゃないの?」
マルセルが当たり前のように言う。
違うって言いたいんだけどなぁ。
「僕もそう思って妹を守ろうと必死でした。けれど、今思えば全くそんな素振りなかったんです」
「どういうことだ? ユニコーンは乙女が好きなんだろ?」
ディートマール、その言い方やめて。
「そうですね、今にして思えばという感じですが、迷子になってる僕たちを心配しているようでした。深い青い瞳がとても賢そうで、人を相手にしているような雰囲気さえあったんです」
「そんなのあるわけないだろ。相手は魔物だよ?」
「決めつけは良くないわ。それに目が青かったなら興奮していないはずよ」
夢を壊すテオにミアがシーリオに賛同する。
うーん、そのとおりなんだけど、あの時はショックだったな。
何もしてないのに小さい子供に泣かれるなんて。
今ならそんなものだって思えるくらいに人間見たけどさ。
あ、人間以外もだいたい僕見ると怖がるなぁ。
「たぶん、ここにあるユニコーンの角の持ち主の子供だと思います」
「「「「え!?」」」」
「聞いていませんか? 仔馬を連れたユニコーンだったんですが、仔馬は行方知れずで。その後すぐに目撃されたグリフォンに食べられてしまったのだろうと言われています」
「近くにグリフォンいるのか!?」
「ディートマール、さすがに空を飛ぶ相手は無理だって」
「テオのほうが怖がりじゃないか。僕なら魔法で一発だね!」
「マルセルは逆に近づいてこない相手に強気ね」
やめてー。
グライフは容赦してくれないから駄目だよ。
無謀で怖いな本当に。
「よっし! ともかくここで領主待って、帰ってきたら万病薬作るのとユニコーンの角見せるよう言おうぜ!」
「本当に無謀だね、君」
僕はつい、ディートマールに言ってしまう。
「なんだよ、フォー。お前はシーリオの話聞いてなんとも思わねぇのか」
「思うことはあるけど、僕たちよりも近い位置にいるシーリオが訴えて聞かないなら、よそ者の僕たちが加わっても同じ。どころか、シーリオが仲間を呼んで歯向かったと思われかねない」
思いつくことを指摘するとシーリオが真剣に考え込む。
たぶん見た目から十歳前後なんだけど。
貴族という生まれのせいか十代半ばの魔学生より大人びている。
子役なんかの仕事をしている子供も大人びていたと、前世の記憶にあるなぁ。
特に役には立たないけど。
「シーリオ、君が僕たちに声をかけたのは困っていると思ったから? それとも一緒に領主を動かしてほしいから?」
「それは…………両方、ですね」
「だったらまずは僕に預けてほしい」
「預ける?」
「領主と事を荒立てるにはしがらみのある君より、僕のほうが自由に動けることもある。命を張った者たちが報われず、封鎖という形で犠牲を払った村が見捨てられるのを見過ごせない君の考えにも共感はできる」
味方になることを明言するとシーリオは真剣な表情で僕の言葉に耳を傾けた。
「駄目な時にはそう言う。だから僕が動く間、君は動かないでほしいんだ」
「僕は邪魔、でしょうか?」
「そういうわけじゃないよ。でも、カウィーナが心配してるから君は流行り病が収まるまで村に近づかないほうがいい」
「カウィーナ?」
「私の名です」
「え!?」
シーリオは耳を押さえてきょろきょろする。
でも魔学生は驚くシーリオに反応してきょろきょろしていた。
あれ? シーリオにだけカウィーナの声が聞こえてる?
「バンシーが君に語りかけたよ。でも、さっきまで聞こえてなかったのにどうして?」
「フォー、いえ、あなたが私の名を教えたためでしょう。元よりこの子とは繋がりがありましたので」
だから繋がりのない魔学生には聞こえていないらしい。
「これが、バンシーの声? 恐ろしい泣き叫ぶ声だと聞いていたのに、ずっと穏やかで静かだ」
「えー、シーリオだけ妖精と話せるようになったのかよ? いいなー」
「たぶんこのバンシーだけだよ。ディートマールは妖精に興味があるの?」
「妖精って言ったら、財宝の隠し場所教えてくれるんでしょ。興味がないわけないじゃないか」
テオの目が光る。
さらにマルセルとミアがうろ覚えで言い合った。
「違うよ。妖精は捕まえると願い事をかなえてくれるんだったよね?」
「あら、不思議な力のある道具をくれるんじゃなかったかしら?」
アルフの記憶が開いて、答えは全てそのとおりだとわかる。
「そういう妖精もいるよ。どの妖精に出会えるかだね」
っていうかアルフずっと見てるの?
暇なら自衛に努めようよ。まだ森には潜んでる敵がいるかも知れないんだから。
「シーリオ、まずそのユニコーン狩りに参加した村の場所を教えてくれる? あと主導した司祭のいる教会」
「本当に預けてもいいんですか?」
「大丈夫です。この方は私よりも高位のお方の加護が厚く守っています。幸運は全て彼の下に集まるでしょう」
「それは言いすぎな気がするけど、まぁ、なんとかなると思うよ」
いざとなったら万病薬、持ってるしね。
カウィーナの後押しでシーリオが教えてくれた。
「じゃ、早速その村に行こうぜ」
「え?」
ディートマールが立ち上がる。
「その前に、流行り病にかからないよう対策をしなくちゃ」
ミアは窘めるどころか乗り気だ。
逆にテオが引け腰な物言いをする。
「けどさ、危険を冒すのに見返りがないなんて損なことはしたくないよ。手伝うんだから人魚の鱗くらいは欲しいなぁ」
引け腰に見せかけてのおねだりだった。
そんなテオにマルセルが拳を握って立ち上がる。
「みんな助かればそれが一番だろ? 見返りなんてそれだけで十分じゃないか」
本気のマルセルにテオはばつが悪そうに横を向いた。
けど感情で動く三人より慎重に損得考えられるくらいがいいと思うよ。
こっちもそのほうが動き読みやすいし、無茶しなさそうだし。
「別に君たちはここでシーリオと待ってていいよ。流行り病がかかる可能性もあるんだし」
「水臭いこと言うなよ! フォーを一人で行かせられるか!」
なんか熱血っぽいこと言って来た。
けどディートマール、僕ら今日、さっき会ったばかりだよ?
なんて言える雰囲気じゃないね。
しょうがない。魔学生と一緒に村へ行こう。
村から出た後に手洗いうがいをさせることにすればいいかな?
もちろんこっそり僕が角をつけた水で洗わせる。
そして僕たちはその日の内に村へと着いた。
「なんだか、悲しい雰囲気の村ね」
村を見たミアの感想だ。
確かに全体的に暗い雰囲気で人通りが少ない。
「見て、墓地だ」
マルセルが教会の隣を指す。
「やっぱり、真新しい墓が多いんだね」
テオはちょっと引け腰でディートマールの陰にいる。
柵で囲まれた墓は、掘り返したばかりらしい土が目立つ。
木で作った墓標はまだ風にさらされていないため新しかった。
「僕見てくる」
「おい、フォー」
墓地に入って新しい墓を見ながら歩いてみた。
墓標には釘で書いたような埋葬者の名前が刻まれている。
目的の人物を見つけて僕は墓の前で足を止めた。
「また会えた…………」
会えるとは思ってなかった。
けれど確かにカーラの墓が目の前にある。
僕の母を殺すために死んだ少女。
自分の母親のために命をかけた少女。
無力な人間がその覚悟と決意でユニコーンを倒せると僕に教えた人だ。
人の怖さを、人の強さを、その死をもって示した。
「これ、ユニコーン狩りの乙女の…………」
追って来たマルセルが気づくと、テオがその後ろから別の墓を指差す。
「あ、隣の墓も同じ形ってことは家族じゃない?」
「これも新しいぜ。なんか布撒かれてるけどなんだ?」
ディートマールが気づく。
確かにカーラの墓にはない布が撒かれた墓が他に幾つもあった。
「もしかして流行り病でなくなった人を区別するため?」
ミアの予想が正しいのだとすると、カーラのすぐ隣で関係がそれだけ近い女性って。
流行り病にかかっていたその母親?
僕の胸には何とも言えない後味の悪さが広がった。
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