208話:変わったエルフ
他視点入り
「シェーリエ姫騎士団が戻ったぞ!」
「ランシェリスさま! ローズさまー!」
エイアーナの王都に馬に乗って戻った私たちを、沿道に集まった人々が出迎えてくれた。
この国の人々からは信頼されるようになっていると実感できる光景だ。
「司祭どの、お時間をいただけますか」
「団長、まずは無事のご帰還お喜びします。が、あまり良いお話は聞けないようですね」
身を寄せる教会へ行くと、王都を任せられる司祭は笑顔から真顔になった。
「城へは報せを?」
「後で窺うが、まずは新たに回収した遺体の安置をお願いしたい」
私たちは一度エイアーナの王都を離れて南の国境へ行った。
というのも南隣のシィグダム王国が国境の街を勝手に接収してしまったからだ。
明らかな侵略行為だが、今このエイアーナは遺体の回収さえままならない状況にある。
「身元は分かっておいででしょうか?」
「家族の持たせた冥銭の袋がこれよ」
ローズが血で黒ずんだ小さな袋を四つ差し出した。
それは遺体と同じ数だ。
冥途へ渡る際に必要となる金銭を入れる袋。
中身は抜かれているが、袋には死を覚悟する身内の刺繍が施されている。
模様や針の差し方で個人の特定が可能かもしれないと遺体とともに回収したのだ。
「従卒はこれで九人。残りの六人は生きているといいのですが」
「帰って来た者は?」
「最初の二人以外は…………」
司祭は沈痛な面持ちで首を横に振る。
「あの街はシィグダム王国に自らついたとみて間違いないでしょう。問責の使者を殺した上に、従卒たちも後ろから襲われています」
ローズはあくまで事務的に報告する。
司祭は聖印を握って遺体として戻った者たちの冥福を祈った。
「ビーンセイズの者を王都から排し、新たな王と共にこれからという時に」
この王都は復興の準備段階だった。
ビーンセイズが内部での騒動で傾いたため主権の復活は楽だったものの、その後の長い道のりは誰の目にも明らかだった。
そんな中、隙を伺っていたように、南隣のシィグダム王国が動く。
ビーンセイズに攻撃された時も静観していたというのに、ビーンセイズが傾くと火事場泥棒のように国境の街を奪ったのだ。
「カウィーナが知っている相手だと楽だが」
私は思わずエイアーナ王都に住むバンシーの名を口にした。
フォーレンと一緒にいる時に出会った妖精で、妖精王からいただいた魔法の軟膏で会話が可能になる。
知恵を借りたこともあった。
シィグダム王国の侵攻に対する問責の使者は、カウィーナの守護する家の者だ。
使者の死はカウィーナの嘆きの声で知ったほど。
「それなのですが、どうやらここを去ったそうです」
「何?」
「まず、団長方が不在の間に森から魔女が訪ねてきました。マーリエと名乗る若い魔女です。ご存じですか?」
妖精王の治める暗踞の森で縁があった魔女だ。
「森に派遣した姫騎士団の報告書を持ってきましたので、姫騎士団の方が預かっておられます」
それはたぶんブランカとシアナスだろう。定期連絡は入れるよう言ったけれど早い。
何かあったと考えるべきか。
ローズも話を聞こうとマーリエの所在を求める。
「魔女は今もいるのかしら?」
「情勢不安であるため残った姫騎士方が森へ帰るよう勧めまして」
「そうか、それがいいだろうな」
報告書を読めばわかるはずだ。
「それでその魔女に、例のバンシーが通訳を頼んだそうなのです」
魔女は妖精と対話ができる。
妖精王の軟膏は私が持って行ってしまったせいで、カウィーナは魔女を頼ったようだ。
「使者となった方が亡くなったため、一番近い血縁の者のいるビーンセイズへ居を移すと」
「あ、そういうことか。貴族自体が少なくなったためとは言え、若い身空で」
問責の使者は一人身だった。
カウィーナが憑いた家の貴族は魔王石にまつわる動乱でほぼ死に絶えていたと聞く。
「問責の使者を自ら志願したと聞いたけれど、死の予兆があったのに役目を全うしたのね」
ローズは改めて回収した遺体に目を向けた。
確かに使者が連れて行った従卒は数が多い。
そしてバンシーは死の予兆を教える妖精でもある。
使者が自らの死を予期していたのは予想できた。
「ランシェリス、私たちが仲介になっていられるのも今の内よ」
魔王石に翻弄されたとはいえ、このエイアーナも悪人ばかりではない。
見捨てるに忍びないけれど、部外者の私たちではできることが限られる。
「わかっているさ、ローズ。シィグダムは出方を窺っているに過ぎない。あまり私たちが前に出過ぎては今後のエイアーナが軽んじられるだけだ」
主権を回復したと言っても他国の騎士が前面に出ては面目が立たない。
早い内にシィグダム王国とエイアーナが話し合う必要があるのは明白だった。
が、実情はそんな余裕エイアーナにはない。
そうと知られればシィグダム王国は王都に兵を勧める危険性もある。
「司祭どの、どうも街が主体となって使者を殺した可能性が高い」
「はい…………。寄って立つにはエイアーナ王家に不安がある。そこを口説かれ靡き、そして踏み絵として使者殺害を主導させたかと」
踏み絵とはかつて魔王討伐後、魔王信者捜索のために行われた施策だ。
魔王の絵姿を踏ませて調べ、踏まなかった者たちは投獄されたと聞く。
踏み絵から逃れた者は流浪の民になったとか。
司祭どのは現状のまずさをわかっている。
エイアーナの上層部もこうだったら良かったが、全体的に若いのだ。
主要な者たちが入れ替わってしまって経験が足りず、私たちに頼る状態が危険であることを理解しない。
「ジッテルライヒに帰るのは、何年後になるか」
私の口からは思わずそんな愚痴が漏れた。
「エルフ先生がいるんだ」
黒髪つんつんのディートマールが僕が他のエルフと違うとわかった理由をそう言った。
魔学生はエルフを見たことがあったらしい。
「金髪碧眼で耳はすっと尖ってるんだ」
「マルセルより魔法が上手いだよな」
テオのからかいにマルセルはわかりやすくむくれる。
「エルフは他の幻象種と交わるとそっちの特徴が出るんだよ」
「あ、フォーは…………」
ミアが察して口ごもる。
僕も他人に聞いただけなんだけど、ここは否定しないでおく。
「フォーがなんだって? 変わったエルフなのか?」
「しぃ! エルフ先生と違うのは混血だからだよ」
「ほら、エルフ先生も西のエルフは血がどうとか言ってるし」
エルフ先生、選民意識を隠さないの?
教育者としてそれどうなんだろう。
「他言無用でお願いするよ」
僕がそう言ってフードを戻すと魔学生は存外素直に頷いてくれた。
基本的に素直な十代らしい。
「さて、本題に入ろうか。僕がユニコーンの角に興味があると、君たちになんの関係があるのかな?」
「そんなの、一緒に行こうぜって話だよ」
ディートマールが立ち上がって決定事項のように言ってくる。
それ理由になってないよ。
「ディートはちょっと落ち着いて。まず自分が説明するから。えっへん、おっほん」
糸目のテオが勿体ぶって咳払いをした。
「フォーは領主がケチって聞いたかい?」
「聞いたね。金を積んで紹介者を探した上でまた金を積まなきゃいけないらしいって」
「そうなんだよ! そんな伝手もお金も僕たちなくて」
「マルセル、自分が話すって言ってるだろ」
この魔学生たち、体格はディートマールが一番大きく、決定力もある。
魔法の腕ではマルセルが一番っぽいけど、テオは明らかにマルセルに強気に出ていた。
「僕にもそんな伝手はないよ」
「何か方法があって来たんじゃないの?」
ミアは不思議そうに言ってから、恥じ入るように俯く。
どうやら手がなくてあてずっぽうで僕に声をかけたようだ。
その後は人魚の鱗に惹かれて積極的に寄って来ただけらしい。
「もう、ミアまで話を取らないでよ」
「あ、ごめんなさい」
テオが嘆くように言う姿から、ミアには弱いのが見て取れた。
ちょっと力関係がわかってきたかもしれない。
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