205話:譲れないもの
他視点入り
「トラウエン、あの司祭は帰ったの?」
「うん、あっさりとね」
飛竜を下し、コカトリスを操るヴァシリッサの上司、ヴァーンジーン司祭。
歓迎の宴の間も歓談しただけで特に要求もなく去って行った。
ヴァシリッサのように裏がある様子もなく、そのまま見れば敬虔な司祭でしかない。
「逆に怪しいくらいにらしすぎる司祭ね」
僕の記憶を読んだヴェラットは、やはり僕と同じ感想を抱いた。
「暗踞の森でユニコーンの追撃から僕を助けた矢とヴァシリッサはやはりヴァーンジーンの手配で、族長はご存じなかったよ」
「それに動く死体ね。あれをいったいどうやって手配したというの? 妖精王に気づかれず森の中にいつから潜ませていたというの?」
「僕も妖精王があれだけ堂々と出てくるとは思わなかった。当人が動いたからこその隙ができた可能性はある」
「なのにそれさえも読み切って手下を潜り込ませたとしたら…………」
そうだとしたら恐ろしい手腕だ。
こちらの狙いを全て見透かしたうえで、失敗することを予期されていたことになる。
「恩を売られたわ」
「一方的にね」
「けれどそれを私たちは拒めなかった」
「まるで悪魔の手法のようだ」
ヴァーンジーンは優男にしか見えなかった。
なのに悪魔のような欲を見極める嗅覚が備わっていると言うことになる。
僕たちはヴェラットの手に視線を落とす。
そこには吸い込まれそうなほど青い宝石が握られていた。
「魔王石」
「アクアマリン」
ヴァーンジーンがヴェラットへ贈ったのは、神殿に封印されているはずの魔王石だった。
どうやって持ち出したのか予想もつかない。
ヴァーンジーンについてはわからないことが多いことも疑心暗鬼にさせる要因だ。
まずヘイリンペリアムはここから遠すぎて、情報を集めようにも時間がかかる。
「本物で間違いはないわ」
「使ったのかい、ヴェラット?」
「大丈夫、族長には気づかれていないわ」
「君の身を心配しているんだよ」
ヴァシリッサから司祭とは聞いていた。
ヴァーンジーンはジッテルライヒの区長をしており、その有能さゆえにヘイリンペリアムからは追い出されたのだと。
何処まで本当かわかったものではないのだから、有能さではなく狡猾さで追い出された可能性もある。
だいたい何故父ではなくヴェラットに渡したのか。
もしこうして族長に言わず持っていることも織り込み済みなら、僕たちの動きさえ予想済みである可能性がある。
「気を付けたほうがいい」
「けれど使わない手はないわ」
ヴェラットは焦っているようだ。
気持ちはわかる。
今も悪魔召喚の儀式は進んでいるのだから。
「神殿を裏切る本気の表れではない?」
「魔王を使徒として迎えるという?」
「もしくは私たちの族に不和を招くため」
「ヴェラット…………」
「だとしたら好機よ。こちらを下に見ているなら甘んじて暗躍すればいい。それが私たち一族のやり方でしょう?」
確かに表立って父と対立すれば族は乱れる。
だから僕たちは父に従って来た。
「ヴァシリッサの報告で僕がヴェラットを選ぶと予想していた可能性はある」
「宴に参加させてもらえない私に不和の種として狙いをつけたのかもしれない」
「でも僕たちの企みは僕たちしか知らない」
「えぇ、族長を排除しても族を乱れさせるようなことはしないわ」
「一族の悲願を放棄するつもりもないよ」
「興味はないけれど、一族を纏めるためには必要だもの」
同じ意思を共有して、僕たちは頷き合う。
「魔王は平和を導いてくれるかしら?」
「無理だと思う」
魔王も元は理想を掲げた英雄だった。
倒した怪物や争った幻象種を口説いて一つにした功績は計り知れない。
けれど妖精女王の忠告を無視して道を誤り、宝冠のために悪魔を擁し、国を作って巨大となりすぎた。
人類の危機感を煽ったために争いを深化させたその罪は重く、立ち止まって省みることのできなかった過誤は大きい。
蘇っても同じ人物なら同じことの繰り返しだ。
「静かに二人だけで暮らしたいわ」
「僕もだよ。そうだ、魔王復活の後は二人だけで逃げてしまおうか」
そんな夢物語に二人して笑う。
父を怨んではいても族には情がある。
だから見捨てるのは難しい。
けれど僕はヴェラットに明確な命の危機が及べば、迷うことはないだろう。
「トラウエン…………。ありがとう」
逃避行なんてできない。
それでも二人静かにただ生きられたら。
その思いはお互いの肌を伝って確かに染み入るように伝わった。
ビーンセイズへ向かう分かれ道で、ブランカは馬上から僕に訴えた。
「フォーレン、やっぱり一緒に行こう?」
「僕は一人で大丈夫だよ、ブランカ」
「ですがビーンセイズに幻象種を売買する闇組織があるとわかった今、団長も放ってはおかれないはず」
シアナスも僕への同行を口にするのは、前の町で悪徳換金商から聞き出したことが原因だ。
ビーンセイズにある闇組織が、国の目がなくなって国外にも手を伸ばしているんだとか。
僕はそれに捕まると、悪徳換金商は言っていた。
「一緒にランシェリスさまにご報告して、それからビーンセイズに行こう?」
「ランシェリスたちはエイアーナが傾いたままじゃ離れられないでしょ? もし本当に闇組織あったら潰しておくから」
「それが余計に心配なんです」
シアナスは厳しい声で言う。
一人で向き合いたい問題なんだけどなぁ。
「えーと、じゃあ後から来てもいいから。人殺しはしないよ。事故じゃない限り」
「当たり前です。あなたが魔物認定されれば私たちは剣を抜きます」
「え!?」
驚くブランカにシアナスは額を押さえて項垂れる。
これはシアナスが頷かないと一人でビーンセイズには行けないな。
よし、何か別の方向に話をそらしてしまおう。
「そう言えば、シアナスってどうして姫騎士になったの? 孤児院から選べたんでしょ? ブランカみたいに姫騎士に助けられたとか?」
「そんな話に」
「先輩は憧れの方に近づきたくてね!」
「ブランカ!?」
勢い込んで言うブランカに、シアナスは赤くなって止める。
そう言えばブラウウェルにわかるって言ってたな。
こういうことか…………。
「姫騎士団にいる人? あ、ローズとか?」
「ち、違います!」
ブランカがランシェリスを慕うみたいにって思ったら、違うらしい。
「男の方なんだよ、うぐ…………」
「ちょっと黙って」
「ブランカ楽しそうだね」
シアナスは馬を寄せてブランカの口を片手で塞ぐ。
「男の人で、姫騎士…………あ、従騎士くらいにならないと会えない身分の人か」
「そんなことを推理しないでください!」
どうやら図星みたいだ。
そしてブラウウェルと同じで冷静でいられなくなるんだなぁ。
「でも姫騎士だと結婚できないでしょ? いいの?」
姫騎士はユニコーンも相手にするから乙女ばかりだ。
ブランカは隙のできたシアナスの手を剥ぎ取ると僕に満面の笑みを向けた。
「相手の方も神に身を捧げてらっしゃるから大丈夫だよ」
「わー、純愛?」
「あ、あぁ、あ、愛!?」
声が裏返るシアナスは、わかりやすい上に普段とのギャップが面白い。
「うーん、ブランカ。この話森ではしないほうがいいよ」
「あ、いつの間にか集まって来てるね」
「な、何?」
辺りを見回す僕とブランカに、シアナスはきょろきょろするだけ。
「先輩を面白がって妖精たちが悪戯しに寄ってきてます」
「え!?」
「こらこら、正気を失わせる魔法かけちゃ駄目だよ」
「えぇ!?」
もっと慌てさせようと悪戯を試みる妖精を止めると、シアナスが慌てる。
ちょうどいいや。
「ここの妖精たちは僕が抑えておくから、二人は早く離れて」
「い、行くわよ、ブランカ」
「はい、先輩。またね、フォーレン」
「うん、気をつけてね」
狙いどおりにはなったけど、慌ただしい別れになってしまった。
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